たまらなく甘いキミ

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 どうやら知らないうちにフラグを立てていたらしい。
 その日、結弦は酒が回って少々鈍くなった頭をぐるぐるさせながら思った。

 だって誰がそんなこと思う?

 そもそもこの飲み会も最初は行く予定なかった。飲み会自体が嫌いなわけではないが、あまり楽しめそうになかったからだ。
 アルバイト先であるカフェはおしゃれな雰囲気の店であり、従業員もおしゃれな感じの人は多い。高校の頃に比べたら髪を染めたりカットにも多少気遣ったりして少しはあか抜けたかもしれないが、それでも結弦はどちらかと言えばそのおしゃれな雰囲気にあまり馴染んでいない側だと自分でも思っている。そんな人種中心の飲み会など、色が浮くどころか目立たな過ぎて見えない勢いではないだろうか。
 一応陰キャほどでもないつもりなので他の従業員とも普通に話すが、飲み会をわいわい楽しむほどでは少なくとも、ない。
 だが前から気になっていた野村さんという、同じ年の女子が参加すると聞いて魔が差した。もしかしたらもう少しくらい親しくなれるかもしれないと思ってしまい「参加します」と気づけば答えていた。
 その野村さんは拓たちのそばで他の何人かと一緒に楽しそうに話していた。結弦はといえば、いつもの人たちというか、調理担当の先輩の仲間に入れてもらい、仕事中とたいして変わらない会話の中、ついいつもより飲み過ぎてしまったようだ。
 途中、トイレから戻ってきた拓に先輩の誰かが話しかけ、拓もそれに対してそれなりに答えたりして結弦のそばにいたことは何となく覚えている。

「な、んで……」

 だがそこから何がどうなって、気づけば知らない部屋で拓にキスされることになったのか皆目わからない。

「ん……? 何で、だろな……」

 いつも挨拶してくれるものの、感じる威圧感だけでなく淡々とした雰囲気の拓が、熱い吐息を漏らしながら、かすれた声で囁いてきた。どう考えても色気の無駄遣いだ。

「ちょ……、ほん、と……何、で……」

 男相手どころか誰ともキスしたことない結弦は、ただでさえまだ抜けていないアルコールのせいで脳が働いていない。抵抗という行動どころか言葉そのものすら浮かばずされるがままだったが、じわじわ覚醒してきているのもあり、疑問しかなかった。
 涙目になっていたことも意識していなかったが、一旦唇を離してきた拓がまた熱い吐息を漏らしながら結弦の目元を舐めとってきた。

「佐野な、すごく酔ってた」
「は、ぁ」

 今もまだ頭がぐるぐるしながらも、かろうじて相槌に近い反応はできた。

「それで盛大に転んで……部屋の中で」

 二次会へ移動しようと皆が靴を履いたり外へ向かっている中、いつの間にか相当酔っていたらしい結弦は座布団に足を取られて転んだらしい。後で思い返したら絶対恥ずかしくて死ねそうなやつだが、酔っている今もわりと居たたまれない。

「て、ゆー……、か、のむ、らさんに……見られ……」
「野村さん? ああ、あの子。うん、見てたんじゃないか、多分。知らんけど」

 もう二度と酒は飲まない。

「飲まな、いし、バイト、もやめる……」
「そこまで気にしなくて大丈夫だろ。皆心配してただけだし……、な」

 な、と言いながら拓がまたキスしてきた。だが今度は濃厚なキスではなく、軽く合わせる程度だった。

 ……いやいや、軽くだろうがマジで、何で。

「で、だ。佐野、手根部……手のひらのここ、擦りむいたみたいで……」

言われて気づいたが、確かに左の手根部辺りがひりひりする。見れば赤くなっている。

「ほんの少しだけど血がさ、出てて……」

 先ほどからこの人は何の説明をしているのだろうと、結弦はじわじわ覚醒しつつまだ働かない頭で思った。なぜこうなったという説明をしてくれるのかと思ったが、結弦の間抜けな出来事を教えてくれているだけの気がする。

 無口そうだから説明下手とか? いやいや、いつも誰かが周りにいるような人が何だそれ。でも、まあ知らなかったより、は……知ってたほうが、マシ、なのかな……。

 知らないほうが何もなかったのと同等に、結弦は明日以降もアルバイトを続けられる。だが知ってみると、知っておいてよかったと多少思う。少なくとも「飲み会で醜態とご迷惑を」と他の従業員に謝っておくことはできる。

 野村さんにも……無駄な淡い気持ち抱かなくて済むかも、だし……。

 気になっている女性にとんだ間抜けなところを見られたと知ることは正直つらすぎるが、知らないまま能天気に接するよりはこれもマシな気がする。
 ただ、本当にこの人は何の説明をしているのだろうとまた結弦は思った。

「そ、んなこと、より……」
「そこから、な……ものすごくいい匂いが、して……」
「え?」

 どこから?
 何の話?

「そ、こ?」
「うん。お前の傷ついた手のひらから。お前の血から。甘くておいしそうな匂いが」

 拓が珍しく笑いかけてきた。その笑みに結弦はぞわっとした。怖そうな感じの人の笑顔が怖いというのとは違う。背中に何かが走り抜けていったかのような感覚がする。

 何を言ってる?
 この人は一体何を?

 甘くて。
 おいしそうな。
 ぐるぐるしていた頭の中に、誰かが冷水をぶちまけてきたかのような冷たさを感じる。ヒヤッとした感覚がそのままさらに、何かが走り抜けた背中を伝った。

「何とか耐えようとしたけど……お前は自分の家を教えてくれないし、っていうか完全に酔ってたしで、結局俺が連れて帰るって言った……まあ、要は結局耐えられなくてな」

 耐えられない?
 何に?
 何が?

「はぁ……ほんと、無理だろこんなん……俺、元々は甘いもの苦手だったのにな。お前の甘さは最高にやばい……」

 ──ケーキって言われるだけあって甘いって聞くけど、甘いもの苦手なフォークだったらどうなんだろな──

 まさか?
 まさか。
 いや、そんなこと、ある?
 それにだって、俺は?
 でもこの様子は……。

「も、しかしてみ、三坂くん……って……フォ……」
「ああ、そうだな。フォーク、だ」

 立ててしまっていたらしいフラグが回収される音がした。
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