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あれ以来、拓によく絡まれるようになった。幸い大学が違うので四六時中顔を合わせる羽目にはならないが、アルバイト先へ行くと大抵いる。
「……以前はここまで見かけなかったと思うんだけど」
更衣室で顔を合わせたら「おう」と気さくに声をかけてきた拓を微妙な顔で見上げると「そうか? それより今日、八時までだろ。俺もだから先、帰るなよ」などと、結弦の話を流してきただけでなく勝手なことを言ってくる。
「は? 何で」
「食いたい」
「はっ? 嫌に決まってんだろ」
どこの世界に食いたいと言われてほいほい食わせるやつがいると言うのか。
「……ずっと味覚感じられなくて人生半分以上終わったって思ってたんだよな。いっそ生まれた時からだったら諦めもつくけど、うまい味知ってるだけにどれだけきつかったか」
「ぅ」
それはわかる。結弦も食べることは好きだし、うまいものを飲み食いしたら幸福感に包まれる。それが一切感じられなくなるなど、想像すらできない。それを目の前の男は発症してから味わって、いや、味わえないが味わってきたわけだ。もし結弦がフォークだったらと思うとつらさしかない。
とはいえそれとこれとは別だ。
「ただでさえ数少ない上にケーキなんて特に滅多にいないだろ。俺、相当久しぶりにおいしいって感覚思い出したんだよなあ」
「……」
別、だ……同情するとこじゃないぞ俺。
「そういえばお前自身、ケーキだって俺で気づいたんだろ? お前がケーキだって知ってるやつ、俺以外にいないんだよな?」
そう、拓のせいで気づいてしまった。あの時までまさか自分が普通の人間ではなくケーキなのだと思いもよらなかった。実際学校でも、フォークは味覚を失うことで知りえるがケーキはフォークに出会わなければ自覚ないまま気づかないものだと習った。ケーキが持つ味や匂いもフォークにとってしか発揮されないのだという。
そんな感じなので、あまりに珍しい状況に心底驚きはしたものの、頭を抱えて悩むほどではなかった。フォークにだけは今後も出会いたくないなと思うが、そもそも出会ってしまったからこそ、自分がケーキだと知ったわけで。
「俺すら気づいたばかりなのに、いるわけ……、っ待て。お前もしかして俺脅してる? ばらされたくなければって」
「は? そんなつもり……、……ん、……もし、そうだとしたら?」
「卑怯すぎだろ……!」
「……あー。はは。お前って……」
周りに自分がケーキだとばれたらどうなるのだろう。特に変わらない可能性もあるにはある。被食者側であるケーキだけに、周りも特に脅威を感じるわけもなく、ただ単に珍しい生き物がいるくらいの気持ちなのではないだろうか。
いや、珍しい生き物扱いも嫌だろ……。
それに他のフォークがどこに潜んでいるかわからない。もし拓が物理的に結弦を食べないとしても、全てのフォークが皆そうだとは限らない。要は身の危険をさらすことになるわけだ。
食われるって言っても……マジで食われるんじゃなかったし、気持ちよかった、し……、……じゃないだろ俺……! 相手男! しかもフォーク!
だがつらいのは本当にそうだろう。
でも……いや、でも……あーもう、くそ。
「……少しくらいなら」
「ん?」
「ば、ばらさないなら、少し、マジでほんの少しくらいなら、助けてやってもいい。ほんの少しな、ほんのちょっと!」
「……そ、うか。ありがとう。……つか、チョロ……」
「は?」
「いや。お前さ、ほんとバレないよう気をつけろよ」
「お前が言う?」
「いやほんと」
「だいたいお前だってそうだろ。あーっ、っていうかばらされて困るの、お前だってそうじゃないか」
ハッと気づいて言えば、なぜか生ぬるい顔で見られた。
「何だよ」
「……はぁ。いいけど。だいたい別に俺は困らない。捕食者だから怖いって思うのケーキくらいだろ。奇異の目で見るやつはいるかもしれないけど、そういうやつとそもそも親しくしてないつもりだし、もしそうだとわかればこっちから距離空けるしな」
そう言われればそうかもしれない。だが結弦からすれば「陽キャ」という強いカースト上位の発想な気がしないでもない。
別に俺は陰キャじゃないけどな! ないけど! でもそんな強気になんてなれないだろな。
「じゃ、じゃあ何で隠してたんだよ」
「は? 普通自ら率先して言うか?」
「そ、りゃそうだけど」
「まあオーナーは知ってるけどな。迷惑かけるつもりないし、万が一面倒ごと起きてもうざいし、念のためな」
「ふーん……。……あ、もしかして調理からホールに変わったのって……」
「まあ、味、わかんないしな」
拓がにやりと答えたところで、別の従業員が入ってきた。
「じゃあ、また帰りな」
「え? あ、ちょ、今日いいとは言って……」
言ってないと最後まで口にする前に、すでに着替え終えていた拓は更衣室から出ていった。
「何、三坂さんとどっか遊びにでも行く約束?」
入ってきた相手に聞かれ、結弦は「はい」とも「いいえ」ともつかない感じで「あー……」と言葉を濁す。
「佐野くんって三坂さんとそんな仲よかったっけ」
「別に、普通っすよ」
結弦は苦笑しながら自分も着替え終え「じゃあ」と同じく更衣室を出た。
「……以前はここまで見かけなかったと思うんだけど」
更衣室で顔を合わせたら「おう」と気さくに声をかけてきた拓を微妙な顔で見上げると「そうか? それより今日、八時までだろ。俺もだから先、帰るなよ」などと、結弦の話を流してきただけでなく勝手なことを言ってくる。
「は? 何で」
「食いたい」
「はっ? 嫌に決まってんだろ」
どこの世界に食いたいと言われてほいほい食わせるやつがいると言うのか。
「……ずっと味覚感じられなくて人生半分以上終わったって思ってたんだよな。いっそ生まれた時からだったら諦めもつくけど、うまい味知ってるだけにどれだけきつかったか」
「ぅ」
それはわかる。結弦も食べることは好きだし、うまいものを飲み食いしたら幸福感に包まれる。それが一切感じられなくなるなど、想像すらできない。それを目の前の男は発症してから味わって、いや、味わえないが味わってきたわけだ。もし結弦がフォークだったらと思うとつらさしかない。
とはいえそれとこれとは別だ。
「ただでさえ数少ない上にケーキなんて特に滅多にいないだろ。俺、相当久しぶりにおいしいって感覚思い出したんだよなあ」
「……」
別、だ……同情するとこじゃないぞ俺。
「そういえばお前自身、ケーキだって俺で気づいたんだろ? お前がケーキだって知ってるやつ、俺以外にいないんだよな?」
そう、拓のせいで気づいてしまった。あの時までまさか自分が普通の人間ではなくケーキなのだと思いもよらなかった。実際学校でも、フォークは味覚を失うことで知りえるがケーキはフォークに出会わなければ自覚ないまま気づかないものだと習った。ケーキが持つ味や匂いもフォークにとってしか発揮されないのだという。
そんな感じなので、あまりに珍しい状況に心底驚きはしたものの、頭を抱えて悩むほどではなかった。フォークにだけは今後も出会いたくないなと思うが、そもそも出会ってしまったからこそ、自分がケーキだと知ったわけで。
「俺すら気づいたばかりなのに、いるわけ……、っ待て。お前もしかして俺脅してる? ばらされたくなければって」
「は? そんなつもり……、……ん、……もし、そうだとしたら?」
「卑怯すぎだろ……!」
「……あー。はは。お前って……」
周りに自分がケーキだとばれたらどうなるのだろう。特に変わらない可能性もあるにはある。被食者側であるケーキだけに、周りも特に脅威を感じるわけもなく、ただ単に珍しい生き物がいるくらいの気持ちなのではないだろうか。
いや、珍しい生き物扱いも嫌だろ……。
それに他のフォークがどこに潜んでいるかわからない。もし拓が物理的に結弦を食べないとしても、全てのフォークが皆そうだとは限らない。要は身の危険をさらすことになるわけだ。
食われるって言っても……マジで食われるんじゃなかったし、気持ちよかった、し……、……じゃないだろ俺……! 相手男! しかもフォーク!
だがつらいのは本当にそうだろう。
でも……いや、でも……あーもう、くそ。
「……少しくらいなら」
「ん?」
「ば、ばらさないなら、少し、マジでほんの少しくらいなら、助けてやってもいい。ほんの少しな、ほんのちょっと!」
「……そ、うか。ありがとう。……つか、チョロ……」
「は?」
「いや。お前さ、ほんとバレないよう気をつけろよ」
「お前が言う?」
「いやほんと」
「だいたいお前だってそうだろ。あーっ、っていうかばらされて困るの、お前だってそうじゃないか」
ハッと気づいて言えば、なぜか生ぬるい顔で見られた。
「何だよ」
「……はぁ。いいけど。だいたい別に俺は困らない。捕食者だから怖いって思うのケーキくらいだろ。奇異の目で見るやつはいるかもしれないけど、そういうやつとそもそも親しくしてないつもりだし、もしそうだとわかればこっちから距離空けるしな」
そう言われればそうかもしれない。だが結弦からすれば「陽キャ」という強いカースト上位の発想な気がしないでもない。
別に俺は陰キャじゃないけどな! ないけど! でもそんな強気になんてなれないだろな。
「じゃ、じゃあ何で隠してたんだよ」
「は? 普通自ら率先して言うか?」
「そ、りゃそうだけど」
「まあオーナーは知ってるけどな。迷惑かけるつもりないし、万が一面倒ごと起きてもうざいし、念のためな」
「ふーん……。……あ、もしかして調理からホールに変わったのって……」
「まあ、味、わかんないしな」
拓がにやりと答えたところで、別の従業員が入ってきた。
「じゃあ、また帰りな」
「え? あ、ちょ、今日いいとは言って……」
言ってないと最後まで口にする前に、すでに着替え終えていた拓は更衣室から出ていった。
「何、三坂さんとどっか遊びにでも行く約束?」
入ってきた相手に聞かれ、結弦は「はい」とも「いいえ」ともつかない感じで「あー……」と言葉を濁す。
「佐野くんって三坂さんとそんな仲よかったっけ」
「別に、普通っすよ」
結弦は苦笑しながら自分も着替え終え「じゃあ」と同じく更衣室を出た。
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