ヴェヒター

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2Tuesday

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 雫はポカンとなりそうな自分の顔を何とか引きしめていた。
 桂真が「土産はないからな」と言いながら田舎へ向かった翌日、特にすることなく朝からいっそ外出許可でも取って出かけようかと一階の事務室へ向かったら誰もおらず、白根寮長は自室にいるというメモが貼ってあったので五階にある白根の部屋へ来たら、慧が白根に軽く詰め寄るように向き合っていたからだ。

「な、にしてんだ……?」

 引きしめようにも声に怪訝な響きは出ていた。ただその声に気づいた二人は同時に雫を見てきた。

「な、何でもない!」
「やあ真栄平。何っていうか……そうだ、いいこと思いついた。真栄平の同居人が丁度出てるんだよな。だから有馬くん、真栄平の部屋に行けばいいと思うぞ」
「はっ?」
「え? ちょ、白根さん何の話してるんっすか?」

 白根の言葉にとてつもなく不機嫌そうな顔した慧をチラリと見た後、雫は結局ポカンとした顔を白根へ向けた。

「えーっとな。有馬くん、君、言うなって顔で見てんのはわかるけどな、俺も正直部屋に泊めるわけにはいかないんだって。わかるだろ。君許したら他に元々泊まりたがってた寮生の口実作っちゃうだろ」
「……ぅ」
「ほんっと何の話してんっすかっ?」

 慧が白根の部屋に泊まりたがっているとしか聞こえない。だが慧が白根に興味を持っているとは思えない。そもそも男に興味ないはずだと雫は思う。
 それでも落ち着かないのは、普段から慧が誰かと話しているだけでも落ち着かないのだから仕方ない。何でもどうでもいい性格だと自分では思っていたが、実は独占欲が強いかもしれないと、好きだと自覚してから思うようになってきた。
 雫が怪訝な顔を向けると、白根が口を開く前に慧がムッとした顔した後で「すみませんでした」と白根に言いながらこの場を離れようとした。意味わからないままだが、慧に会うのも久しぶりの気がしていた雫は、慧の腕をつかむ。

「何すんだよ、離せ」
「まぁまぁ。ほんといいと思うけどな、有馬くん。じゃあな。あとこのフロアにはほとんど今は寮生残ってないとは思うけど静かにしてくれよ」

 白根はニッコリ微笑むと、手を振って部屋の中へ入ってしまった。残された二人は一瞬同じように白根が入っていったドアを見ていたが、お互いハッとなる。

「結局何だったんだよ」
「煩い。何でもないっつっただろ」

 雫が聞き直すも、慧は言い捨てるようにしてたたつかまれている腕を振りほどき、歩き出した。

「でもお前別に白根さんと特に親しくしてなかったじゃねぇか」
「それが何だ」
「なのに泊まりたがるって、何だよ」
「別に泊まりたがってない」

 白根に言われたからもあるが、お互いさすがにシンとした廊下で声を荒げることはない。とはいえ歩きながら淡々と言い合う。
エレベーターの中では何となく二人とも黙ってしまったが、出るとまた言い合った。

「そいやお前ダチんとこも渡り歩いてんだって? 何してんの? お前の部屋に化けもんでも出んの?」
「ふ、っざけんな。んなわけないだろ」

 挙句、冗談で言えばむしろ真顔で返ってきた。

「んだよ。……そういやお前ってよく誰かといるよな? お前ってさー……」

 ふと思ったことを口にしだすと慧は「何だよ」と言いながら妙にじっと雫を見てきた。
 その視線に思わずドキリとなった自分が何となく微妙になる。慧が好きなのだと自覚してもこればかりは仕方ない。元々雫は女が好きなのだ。男相手に何でじっと見られただけでドキドキしてるのだと内心自分に突っ込みたくもなる。

「言いかけて止めんなよ!」

 だが慧の言葉で「ああ」と続けた。

「お前って……寂しがり屋なの?」

 改めて自分で口にしておきながら「ないわ」と吹き出しそうになった。

 何だよ寂しがり屋って。このやたら腹立たしいけいが寂しがり屋? ……いや、でも……案外そんな気もする。こいつマジ大抵誰かといにはなくてるし。

 そう思うと妙に慧がかわいく見えてくるから好きという感情は厄介だと雫は思う。

「な、何言ってんだ? 引くわ……」

 嫌そうな言葉を返してきながら、慧も予想外だったのだろう。そっぽ向いても見える耳が赤い。
 怒ったり戸惑ったりしても赤くなるところもそういえばかわいいなと思えたので、雫はわりと重症かもしれない。

 ……ま、どうせなら恥ずかしくてとか好きで赤くなって欲しいけどな。

 そのうち慧の部屋の前に着いた。

「……じゃーな」

 一瞬考えた後、無視することでもないと思ったのか、慧はぶっきらぼうに口にしながら解錠してドアを開けた。

「あー」

 言いかけて雫はそのままドアの縁をつかんでさらに開け、先に入っていた慧の後に続く。

「な、何だよ!」
「いや、マジで化け物いねーのか確認?」
「は? 馬鹿なのか?」
「化け物っつーか霊くらいならいるかもだろ」
「……っ」

 さらに言い返してくるかと思えた慧は意外にも何も言わず、中へ進むと自分のベッドだろう、そこにドサリとふて腐れたような顔をして座り込んだ。何だったらそのまま押し倒したいなと思いながら、雫はぶらぶら中を見る。
 部屋の中は特に自分のところと大した違いはない。家具は皆同じだからというのもあるが、慧や潔太も雫のところと同じく、あまりものを色々飾るタイプでもないからだろう。
 だがふと慧のベッドと思われる隣にある書棚を見た雫は少し笑いそうになった。書棚にアップルスペシャルが一本、飾られるように置かれている。

 冷蔵庫へ入れろよ、どんだけアップルスペシャル好きなんだよ。

「お前座ってんのって、お前のベッド?」
「それがどうした」
「ぶふ。だったらやっぱお前か」
「は?」
「これ。どんだけアップルスペシャル好きなんだよ、何飾ってんだよ笑える」
「は……、…………っこ、これはっ、これはか、飾ってんじゃない! た、たまたます、捨てんの、忘れ……っ」

 煩い、くらいは返ってくると思っていたら、何故か妙に動揺してくる。

「何慌ててんだ? しかも捨てるって何だよ馬鹿なの?」
「煩い! お前に貰ったもんなんて飲めないし捨てるつもりだったんだよ!」

 慧の言葉を聞いて雫はポカンとなる。

「え? は? え? ちょ、待ってあれ俺がやったやつなんか?」
「え……? ……ぁ」

 そして雫の言葉に、今度は慧がポカンとした後で何やら気づいたような顔をした。

「ち、違う。間違いだ。間違い!」
「何が間違いなんだよ」

 言いながらも雫はああ、と理解した。そこにあるジュースは間違いなく雫があげたジュースなのだろう。そしてそれを忘れていたというよりは、はっきり覚えているからこそ慧は動揺しながらも弁解してきた。今は確かにうっかりしていたのだろうが、少なくとも雫の言葉を聞いても最近買ってから置いたものだと思われていると気づかないくらい、慧はそこに雫のジュースがあると意識していたとしか思えない。
 だが雫に「あれ俺がやったやつなんか」と聞かれて初めてその後買ったものであると思われていたのだと気づいたようだ。
 雫の中がとてつもなく疼く。

「お前って俺のこと好きなの?」

 ベッドへ近づくと、雫は慧に覆いかぶさるようにして聞いた。

「は? キモいこと言うな! んなわけないだろうが」
「……へえ? じゃあ何で俺がやったジュース置いてんの」
「ち、違う! わ、忘れてただけだ。お前がよこしてきたもんだからそんなもの、すぐ忘れてただけだ!」
「そう言うならすぐ捨てりゃよかっただろうが」
「忘れてたんだよ! 煩い!」

 好きなのかと聞いたら慧は本当に嫌そうな顔をしてきた。明らかに本気で嫌だと思っている顔だ。だがまた顔が赤い。

 ……なあ、今度の赤いのはじゃあどういう意味なんだ?

「こないだ俺言ったよな。もう謝らねえって。お前に対しては謝らねえしいきなり、する」
「はっ? っちょ……っ」

 雫の言葉に対し何か言いかけた慧の唇を、雫はそのまま自分の唇で塞いだ。
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