ヴェヒター

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3Wednesday

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 青葉に「むつは?」と聞かれ、慶一は「何でいちいちそんなこと聞いてくるんだ」と呆れたように答えた。聞かれても言いようがない。
 答えるとしたら「好きじゃない」だろうか。好き嫌いで基本考えない慶一はそっと思う。睦に対しては嫌いというよりも少し主旨が違うだろうが「怖い」だろうな、と。
 だいたいなぜ人をレイプしてくる相手に、そいつらのことをどう思っているが言わなければならないのか。男同士に興味がない上に、人としても普通に考えて好きなわけないだろうと慶一は思う。流河をどう思っているか聞かれた時も「好きなわけない」と答えたが、実際流河のことは嫌いだ。ただ本人以外にそう言いたくないだけだ。
 流河のせいで後ろだけで達するような体になったし、関係ないとは思うが流河に犯されるようになってから北條兄弟も手を出すようになったのではないかとさえ思ってしまう。実際それまでは睦も青葉もからかってくるにしても性的なことをしてきたことなかった。それまで二人からからかわれていた時期といえは中等部であったから余計だろうが。
 また、流河のあの中身のなさが慶一は嫌だ。おそらく慶一を気に入っているというのは本当なのだろう。ただそれもそれこそ「好き」とはまた違う軽くていい加減なものだ。そんな薄っぺらい楽しみで慶一の色々なものを蹂躙してくる流河に、どうして好意など持てようか。おまけに黄馬とつき合っている忌々しい相手の弟なのだ。
 ただ、嫌いと言っても憎悪におかしくなりそうなほどではなく、ただ好きか嫌いかと聞かれたら「嫌い」と答えるくらいの程度かもしれない。元々慶一は兄である黄馬が兄として好きな以外は、人に対して淡泊だ。大抵の相手に対して好きも嫌いもない。強いて答えるなら「普通」だろうか。流河は普通と答えるにはあまりにろくでもなく、鬱陶しいし腹立たしいから「嫌い」だ。
 でも、と慶一は更衣室を出ても「ねー、むつのことはぁ?」としつこく聞いてくる青葉を無視しながらも思った。
 青葉も流河と同じようにろくでもない。だが流河のように普段から何考えているかわからないというところはない。今まさに何を考えているか不明なことをしたり言ったりしてきているが、普段の行動はひたすらまっすぐ、とでも言うのだろうか。
 ただ、例えば流河にキスをされてもいたぶり楽しむためとしか感じられないが、青葉がしてくるキスはどこか違う気もする。そのせいもあり、本来ならわかりやすい性格なのであろう青葉が今はよくわからない。
 そういうものが諸々絡まって、青葉に対しては流河に思うような感情はないが、何か気になる。とはいえ睦に対して思う感情とも違う。
 睦はニコニコすればするほどむしろ怖い。口にする言葉はどれも流河と同じように胡散臭く薄っぺらい。ただ、流河のろくでもなさが一応「明」とするなら睦のそれは「暗」だ。はっきり見えるわけではないが、睦からはとても仄暗い何かが見える気がして慶一は怖いと思っている。前は青葉も睦と同じなのだろうと思い込んでいたが、知れば知るほど二人は似ているようで似ていない。
 基本的には青葉と同じように楽しいことが好きで一見人当たりもいい。もちろん流河や青葉、そして睦は共通して性格の悪さを隠そうとしないが、それでも一見人当たりはいい。
 だが睦の背後にはどうにも底の見えない井戸のような暗さを感じ、慶一としてはある意味流河よりも睦と二人きりで接するのを一番避けたい気がしている。睦が慶一に接触してくる時には今までなら必ず青葉がいた。この二人が一緒なら、正直なところ流河と二人きりよりもマシだと思える。
 流河は二人きりだと心底慶一をいたぶって楽しんでいる。流河が慶一を相手に楽しむのと違い、北條兄弟は慶一を媒体にして楽しんでいた節がある。要は玩具、だ。
 玩具にされるほうが嫌だと普通は思うのかもしれない。だが相手に対し、こちらが全くもってそういう感情を持ち合わせていないなら、むしろ玩具として楽しんでいるほうがまだマシだった。実際流河は慶一に対し快楽が拷問にさえ感じるほどのことをしてくるが、北條兄弟はただひたすら慶一で楽しく遊んでいった感じだった。
 だが恐らく、睦と二人きりだとしたら「玩具にして遊ぶ」という言葉から無邪気さを一切取り払ってきそうな気がする。それを考えるだけでどこか怖い。かといって青葉に「むつは?」と聞かれてもこの感覚を説明しがたいし、説明する気すらない。
 そして青葉に対しての感情が、慶一としては一番自分でもつかみどころなかった。
 性格の悪い子ども。だがどこか憎み切れない。
 今もこうして先ほどから二人きりでいるとか、自分は何やっているのだろうと慶一は思う。これでまた犯されていたとしても、明らかに自分の行動にも問題ある気がする。
 実際は犯してくることはなかった。「もうしない」と言った言葉を、基本素直とはいえあのチャラそうでいい加減そうな青葉は守っている。それも驚きといえば驚きだが、セックスしないわりにしてきたキスが本当によくわからない。
 それこそ流河ならまだ理解できたかもしれない。流河ならキスすら楽しくいたぶるための遊びだと思っているだろう。
 だが睦と青葉はそういう体より心理的な前戯というのだろうか、それをあまりしてこない。そういう部分が慶一を玩具だと思っているのだろうなと一番よくわかる。セックスを最後までする以前は指や舌で慶一をいたぶってきていたが、キスは本当にずっとしてこなかった。それだけに、余計青葉の行動は違和感がある。
 ちらりと慶一が青葉を見ると、視線を感じたのか目が合った。青葉は何が楽しいのか、ニヤッと満面の笑みを浮かべている。慶一は「ふー……」とため息つきながら顔を逸らした。

「え、ちょ、今の何だよ! ひでぇ」
「……別に。お前が煩いからため息ついただけ……。それとも顔を逸らしたことか? 見てればいいのか?」

 この際だとばかりにじっと青葉を見ていると、なぜか青葉のほうが顔を逸らせてきた。

「俺、教室に用あった。慶一くんは風紀行くんでしょ? じゃーね!」

 そのまま慶一の答えも待たず走っていってしまった。どのみち一学年下の青葉とは、例え風紀室ではなく教室へ戻るつもりだったとしてもフロアが違う。やはり青葉が何となく変だと思いつつまあいいか、と慶一は歩き始めた。
 風紀室へ戻ると、ちょうど委員長の基久に恐らく資料を渡している睦が見えた。青葉がああして柔道部で遊んでいるとはいえ、最近何やら忙しそうである生徒会は、こうしてちょくちょく誰かが基久に資料などを持ってきている。それも大抵拓実がいない時だ。
 それに関しては、拓実だと仕事を回してくる理由を明確にした上でないと受け取ってもらえないものでも、基久は快く受け入れるからだと思われる。
 基久は後で拓実に「また何でも受けて」と怒られていつもニコニコしている。ただ引き受けてヘラリとしているのではなく、本人の仕事が早いので拓実も実際のところあまり憤慨していない。それでもたまにオーバーワークになることもあるようなので、慶一ができることならと声かけてはいるが、基久も拓実もそれ幸いと無茶な仕事を回してくることもない。

「慶一くん、お帰り。どこ、行ってたの?」

 慶一に気づいた睦がニッコリ笑いかけてくる。だが目が笑っていないような気がして慶一は「別に……」と顔を逸らした。いつもろくでもない雰囲気を感じてはいたが、今ほどではないと慶一はそっと思う。それほど何とも言えない、威圧感にも似た怖さを今の睦から感じとっていた。

「……ふぅん? ……ああ、ちょっと、いい?」

 そのまま生徒会室へ戻ればいいと思っていたが、逆に睦は慶一に近づいてきた。

「……よくない。仕事がある」
「嘘嘘、終わったからぶらぶらしてたんだよね、知ってるよ!」

 ニコニコ明るい口調だが、やはりどこか怖い気がして、慶一は何とかこの場から逃れようとした。だが結局簡単に睦に連れ出される。

「……どこ、行くんだよ」
「今さら? いつも行ってるじゃん」

 いつも……。

 慶一は体にゾクリと一瞬悪寒が走った。そう、いつもだった。だから怖いはずない。いつも睦と青葉は慶一で楽しく遊んでくるだけだ。セックスをある意味強要されるようになっても、行為そのもので酷いことはしてきたこともない。行動は酷いし嫌だと散々思ってはいても、実際に慶一は痛い目にも怖い目にも合っていなかった。

 なのに。いつものことなのに。何で、こんなに怖いんだ――。

 見えない暗い、井戸の底。

「い、やだ……」
「ん?」
「嫌だ、行きたくない。嫌だ……!」

 入口まで歩かされたところで、慶一は珍しく抵抗した。

「煩いんだよ……今さら抵抗しても楽しくねーから……黙ってくれる?」

 それに対し睦はいつものようにはしゃぐこともなく、慶一の耳元でボソリと呟いてきた。慶一の体が固まる。
 中での行為についてはやはり本当に怖かった。直接床にうつ伏せにされると、いきなり尻を高く掲げられる。いつも以上に無理やり下を脱がされ、ほぼ解されることもなく入れられたせいか、終わった後も動くことができなかった。
 だがそういった行為より、睦が側にいる状態のほうが怖くて、慶一は逃げることもせずひたすらぎゅっと目を瞑ってやり過ごしていた。時折痛みで漏れる自分の声にすら怯えた。早く終わって欲しいとひたすら願っていた。そうして睦の精液を中に感じた時はむしろ泣きそうなほどホッとしたくらいだ。
 腰も尻も、そして床についている足も、あちこちが痛い。心なしか心臓まで痛い気がした。
 だが。

「……慶一くん……お前さ、あおのこと、どー思ってんの?」

 睦の口から思ってもみないことを言われ、慶一は思わずポカンと顔を上げて後ろを見た。

「俺の顔見ろなんて言ってないよねぇ? 言葉、ちゃんと聞いてんの?」

 イライラしたように睦が聞いてくる。慶一は怯えたように首を振った。するとその表情に睦はどこか満足したような顔をした後で「また勃ってきた」と、今度もいきなり慶一の中へ硬くなったそれを入れてきた。鋭い痛みは鈍痛に変わっている分、今度は感じたくない感覚を感じた。

「っぁ、う」
「慣らしもせずに突っ込んだってのに、こんなにしちゃってさぁ? 慶一くんってマジ淫乱だよねー」

 中に一度出されているせいで、そこはぬるぬるした感触だけでなく嫌な水音も立ててくる。しかも感じたくない感覚はじわじわ慶一を侵してくる。

「俺の質問に答えてくんねぇ? ねー聞いてる?」

 わざとゆっくり腰を揺らしながら、睦は軽い調子で聞いてくる。とはいえやはり言葉の響きに不穏さを感じた。ただ、怖さすらもゾクゾクした快楽と相まって慶一の中を揺さぶってきた。

「ぁ、あ……っ、あっ」
「喘ぎ声いらねーし。答え、教えて? ねえ、慶一くん」

 そんなことを言いながら、睦はいきなり思いきり奥のほうへ激しく突き立ててきた。

「ひっ」
「ほんと、淫乱。かわいいけどねぇ? あーそっかぁ。気持ちいーと喋れない? だったらそうだね、動くのやめるわ。あ、そうだ! 俺の髪留めてるピンあるでしょ、それ代わりに慶一くんのちんこの穴に突っ込もうか? どうー?」

 冗談じゃ、ない……!

 慶一は体を強張らせた。

 考えろ、いや、考える、な……? とりあえず睦に聞かれたことを口に、しろ……!

 自分の心に必死になって命じると、慶一は快楽と恐怖で掠れた声を絞り出した。
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