ヴェヒター

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3Wednesday

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 体が痛い。初めての時も相当痛かったが、先ほどのもかなりつらかった。

 後ろ、切れてないだろうか……。

 慶一はそう思ったが確かめるのが怖いし、恐らく手で触れてもそれが血なのか精液なのかわからないであろう上に目で確認もしたくない。どのみち手を後ろへ伸ばすことすらできそうになかった。

 なぜ自分がこんな目に合わなければならない?

 そう思いつつもなぜか怒りはさほど湧いてこない。元々普段からされていたこともあるが、酷い暴力行為をしてきた睦のほうがよほどつらそうに見えたからだろうか。時折顔を窺うと、まるで「見るな」とでも言わんばかりに噛みついてきていた。それでも垣間見える表情は、怒りと今にも泣きだしそうな子どものそれだと思った。
 結局睦が何と言いたかったのか聞きたかったのか、したかったのかわからない。レイプしたかったのではなさそうだというくらいしかわからない。

 ……だからと言って何もかも受け入れるほど俺は寛大じゃない……。

 怒りはさほど湧いていないとはいえ、許し難いことをしてきたのだ。正直さすがに「まあいいか」とは思えない。
 ただ「……あお、どこに行ったの」と聞いてきて思わず睦のほうを見た時は、そのまま抱きしめ頭を撫でてやらないと泣き出すのではないかとさえ思った。そして最後に睦は「ごめん」と謝っていた。青葉に謝られた時も慶一は大概驚いたが、睦が謝るなどもしかしたらあと数分後に隕石が落ちてくるかもしれない。
 そんなことを考えていると、鍵の開く音がした。一瞬ギクリとしたが、おそらく睦が戻ってきたのだろうと考える。だがやはり体を動かす気にもなれず、慶一はそのままじっとしていた。

「慶一くん……!」

 聞こえてきた声は青葉だった。慶一はびくりと体を小さく震わせた。なぜか青葉に見られたくなかった。

「だ、大丈夫? 慶一くん、大丈夫?」

 青葉は必死になって聞いてくる。

「……見るな。あと触んな」

 見られたくなくて逃げ出そうにも見動きとれない。慶一は顔をまた床に埋めながら呟いた。

「……っむつのやつ……何、で……。と、とりあえず綺麗に、しよ……? 無理やり、されたんだろ……? 傷ついてるかもだから下手に指、つっこめねーし、ごめん、気持ち悪いかもだけどそのまま一旦服、着て? 腰に……それ、むつのだろ……? そのベスト巻くといいよ……」

 ベストは正直助かった。今こうして尻を隠してくれている他にも、下着だけではなく制服のズボンも汚れたかもしれないが、寮へ移動する間ベストが隠してくれた。
 移動は青葉が慶一を背負った。嫌だと思いきり否定したが、実際自分では歩けなかった。

「おんぶがヤなら、抱っこするけど?」

 そう言われ、渋々慶一は背負われた。幸い授業がもう始まる時間になっていたらしく、人目は避けられた。寮では入口で寮長の白根に見つかったが、白根は何か言いかけた後その口を閉じ、事務室の奥へ入っていった。後でもしかすれば聞かれるかもしれないが、とりあえず今はスルーしてくれたのだろうと慶一は心の中で感謝する。
 青葉はそのまま慶一の部屋までずっと背負っていた。

「……重いだろ」
「えー別に! 俺の上半身見ただろ? 俺けっこー鍛えてんもん。慶一くんくらい何でもねーもん」

 明るい口調で青葉は言う。だが風呂へ連れられシャワーで体を流してきた時、低い声で「……ごめん」と呟いてきた。慶一は思わずポカンと後ろにいる青葉を見上げようとしたら、シャワーの湯が顔に当たった。一旦顔を戻すと「何で」と呟く。

「何で、って……」
「お前が謝る意味、わからない。兄弟だからか……?」
「……そう、かな。そうかも……。……ううん、ちげーわ。俺……」

 何か言いかけた後で青葉は黙った。怪訝に思いながらも、とりあえず自分の体のキツさに慶一もそれ以上聞くのを止めた。
 本当なら青葉に体を洗われるのは抵抗あった。ただでさえ人に体を洗われることなど普通ない上に、青葉の兄に犯された後なのだ。慶一は嫌悪と羞恥が入り混じったような、表現しがたい思いに駆られる。
 だが実際は抵抗する元気などなく、浴室から出た後も、バスタオルで大人しく体を拭かれた。さすがに部屋着は自分で着たが、その後青葉は慶一をベッドへ寝かせてきた。

「……お前、何なの……」

 思わずボソリとそんな言葉が漏れた。

「え?」
「……睦と同じように俺をいたぶって遊んでたかと思えば謝ってきたり……こうやって面倒見てきたり……。これも遊びの一種なのか……?」

 ずっとよくわからないと思っていたからか、あまり働かない頭のまま気づけば聞いていた。

「……ごめん」
「……何に謝ってんのか知らないけど、別にお前に謝って貰わなくても、いい」

 慶一はため息つきながら言った。実際、今の青葉に謝られる理由がない。質問に答えるつもりがないならもう別に構わないと思った。
 体がまだ痛むしだるくて仕方なく、慶一はこのままもう寝てしまおうと布団へもぐりこむ。部屋は青葉がエアコンを入れてくれたのか、適度な温度になっていて布団の中で体を丸めても暑苦しくなかった。

「もう、大丈夫だから、出てくれ……。……あと、ありがとう」

 そういえばまだ礼を言っていなかったと慶一が口にすると、青葉がつらそうな顔になる。

「慶一くん……俺、遊びではもう、絡まねぇよ……。それにむつにも……、慶一くんに酷いこと、これからはさせねぇ」

 慶一はぼんやりと青葉を見た。先ほど聞いた答えのつもりなのだろうかとそのまま青葉を見ていると、つらそうだった顔が赤くなっていく。

「……慶一くん……俺、……俺、慶一くんが、好きだ」

 ……好き?

 慶一はぼんやりとしたままその言葉にうんざりし、内心ため息つきそうになった。睦に犯されつつひたすら質問されていたことを思い出す。

 ……何なんだ? 流行ってんのか……? これも遊びの一種なの?

 だが青葉が「遊びではもう絡まない」と言ったところだったことを思い出す。そして先ほどの睦と違って真剣な様子の青葉や、赤い顔が実際全然笑っていないことにも気づく。

「……好き……?」

 つい疑問のように口に出た。

「……うん、好き。あんなに酷いことばっかしてたくせに、今俺、慶一くんの側にいるだけで何もできねーくらい心臓痛い。……あの、ね……、マジで俺、むつにも酷いことさせねぇから……だから俺もむつも嫌いにならないで。勝手なことしか言ってねーの承知で言いたいこと言ってる。ごめん。でもすげぇ、好き。たまらなく、好き」
「な、に、言って……」

 俺のこと、好き? 兄さんじゃなくて、俺のことが好きだって、言ってんの?

 睦や流河が言ってくる「好き」は全く心に響いてこなかった。なのに青葉の言葉は慶一の胸に直撃するかのように入ってくる。

 ……すげぇ好きって、何で……。

「何で、俺……?」
「え……? そ、そんなの理由なんてわかんねーよ。慶一くんの色んな表情が見てぇって思ってるうちに気づけばすげぇ好きになってた。見えねー表情に何隠されてんのかなとか、顔色変わんねーのに反応かわいいなとか、無口だけど結構色々思ってることありそーだけどそれ、俺も共有できねーかなとか、何かちょっとずつ思ってたら知らねーうちに好きだったんだよ!」

 途中からだんだん青葉はまるで逆切れでもしてるかのようにムッとし出した。その様子が妙におかしくて、慶一は少しだけ吹き出した。

「な、んで笑うんだよ!」
「……悪い。……ありがとう、好きだと言ってくれて。でも俺は青葉のこと、どう思っていいかわからない」

 自分でも驚いたが、あの青葉に間違いなく「好きだ」と言われ、慶一はどこか嬉しささえ感じた。ずっと小さな頃から周りに「兄と違ってなぜ」と言われ続けていたからかもしれない。実際黄馬のことは慶一も素晴らしい人だと思っているので異議はなかったが、こうして黄馬を知っている上で黄馬ではなく慶一が好きだと言ってくれる人がいる。それが嬉しかったのかもしれない。
 だが慶一は青葉のことを本当にどう思っていいかわからなかった。睦に答えたことははぐらかしでも何でもない。嫌いではないことだけはわかる。むしろ今は幸福感さえ少し感じる。だがこの感じも、自分を好きだと言ってもらえたからに過ぎない気がする。

「そ、そりゃそーだよ、な。だって俺、嫌われても仕方ねーことしかしてねーもん」

 言われた青葉は苦笑しながら俯いた。だがまた少しつらそうな顔していたのが一瞬見えた。

「嫌いじゃない……少なくとも、お前のことは嫌いじゃない」
「そっか……ありがと、慶一くん。俺みたいな性格悪いのに散々嫌なことされたのに、嫌いじゃねぇとかむしろすげぇよ」

 慶一の言葉に青葉は「えへへ」と笑った。

「あ、あのさ。性格悪いついでに、お願いある……。むつ、多分すげぇ酷いことしたよ、ね? だけど俺、そんなことするヤツでもむつも好きなんだ。……兄として。だからごめん、絶対酷いことしねぇようにさせるから、むつのことも嫌いにならねーで……」

 また少し真剣な様子で言ってくる青葉に、慶一は思わずコクリと頷いた。

「っ、ほんとありがと、慶一くん! ……も一個、いい?」
「……何」

 先ほどまでだるくて痛む体のせいで何もしたくない考えられない眠ってしまいたいと思っていた慶一だが、今はもう普段の調子が戻ってきていた。まだ体は痛いが、何気に相当沈んでいた気持ちが随分楽になっている。

「いきなり好きになってとは言わねえけど、俺、……がんばって、いい?」

 楽になったのは恐らく目の前の相手のせいなのだろう。好きだと言われたから以外にも、ろくでもないことばかりしているくせに青葉はそのまっすぐな部分だろうか、どこか一緒にいて気分を上げてくる何かがある。大抵は恐らく呆れすぎて落ち込んでる気分さえ落ち込んでいられないからだとは思うのだが。
 今も慶一は呆れたように苦笑しながら「……ああ」と呟いた。青葉はまるで悪戯を褒められたかのような少しびっくりとしつつも嬉しげな笑みを顔じゅう一杯に広げてきた。
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