ヴェヒター

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3Wednesday

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 咄嗟に離れがたく、気づけば「もうちょっとだけいて欲しい」などと言っていた。だが「何で」とか「帰る」とか言われるだろうなと思いつつ、青葉はどうにも気恥ずかしくて目を合わせられないでいると「いいけど……」と慶一の口から返ってきた。

「え?」

 思わずポカンと見返すと、慶一も「え?」と困った様子を見せてきた。

「あ、いや……いいの?」
「別に冗談なら帰るけど……」
「え、ちょ、待って帰らないで……っつーか、あの、嫌じゃなければ俺が慶一くんの部屋行っていい?」

 慌てて慶一の制服をつかむと今度こそ「何で?」と返ってきた。

「その、俺の部屋だと睦が勝手に入ってくることあるから……」
「……変なことしないなら別にいいんじゃないのか?」
「ぅ。ま、まあそうなんだけど!」

 指摘されて青葉は耳が熱くなった。もちろんそういうつもりではない、けれども「あわよくば……」くらいの妄想にも近い希望くらいは持ちたい。そんな気持ちを見透かされたようで微妙な顔になった。
 嫌だと言われるかなと慶一を見ると、呆れているようだがまた少し口元を綻ばせてきた。

「まあ、構わない」

 マジでっ?

 声にならないほど驚き嬉しく思った青葉は、思わず慶一に抱きつきそうになった。だがそれを察知したのか慶一はサッと移動し歩き始める。青葉もむぅっと唇を尖らせたが、気を取り直して後へ続いた。
 慶一の部屋へ入ると、前に睦と一緒になってこの部屋で慶一を犯したことが思い出された。それ思うとすごく申し訳ないと思うし、居たたまれない。だがそれと共に慶一とのセックスを思い出し少しそわそわした。
 気を紛らわせようと別のことを考えたら、今度は流河を思い出す。あの時、慶一は流河に恐らく犯された後だった。手首についた跡が今でも腹立たしく思う。そして流河に犯された後だというのにその慶一をまた犯した自分が信じられないと強く思う。

「……どうかしたのか?」

 奥へ入り勉強机の上に鞄を置いた慶一は、青葉を怪訝そうに見てきた。

「……俺、ほんと慶一くんに酷いことばかりしてるなって思って。そりゃ慶一くん、俺のこと好きになれるわけねーよね」

 俯きながら言うとため息が聞こえてきた。

「……お前は謝った上にもうしないと言ってきたし、俺はそれを受け入れた。だから、もう、いい……」
「慶一くん……男らしい」
「……」

 思わず呟くとまた呆れたような顔してから慶一は机の側にあるクローゼットへ向かい、扉を開ける。そして一瞬だけ考えた後で着替え出した。「もういい」と言った上に信用してくれているのだと、我が道を行く青葉でもわかった。
 特別室とはいえ決して広くない部屋で、青葉はどこへ座ろうかと逡巡した。いつもなら遠慮せず人のベッドだろうがその上にどかっと座っていただろう。

「何してんの」
「どこ、座ろっかなって」
「……じゃあこのクローゼットのとこにでも」

 青葉に言われ、慶一も少し困ったように首を傾げていた。いくら無口でも友人は普通にいるようであるが、部屋へ呼ぶことはないのだろう。実際どこへ座ってもらえばいいかそういえばわからないといった様子を見て、青葉はだが嬉しくなった。

 ……俺がもしかしたら慶一くんのちゃんとしたお客ナンバーワンなのかも!

 そう思うと嬉しくて、ニコニコしながら言われた通り床へ直接座る。

「……床は、ないよな……」

 青葉が座ったのを見て慶一がハッとなっている。

「え? そんなことねーよ? 普通に友だちの部屋に何人かで集まったりしたら皆そりゃベッドに競い合うよう座ろうとするけどさ、床でも直接座るよ」
「へえ、そんなものなのか……」
「うん。だからここでいーよ!」
「……クッションとか、なくて悪い」

 慶一は少し困ったように言うと、備えつけの小さな冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。

「何、飲む?」

 そして普通に青葉に聞いてきた。先ほどから普通の会話をしている上で飲み物まで出してくれるのだと思うと、青葉はますます嬉しくなった。本当に拒否されていない、受け入れてもらっている感じがする。

「んー。よかったら後で生徒会か風紀のスペースでコーヒー飲も? 俺、淹れるし」
「え? ああ、うん」
「今はいいや。ありがとう、慶一くん」
「……ちゃんと礼も、言えるんだよな……」

 ペットボトルから直接水を飲み、また冷蔵庫へ戻した後、慶一はベッドの上へ座った。そしてぼそりと呟いてくる。

「ええ? いくら俺性格悪いっつってもそれくらい言えるし!」

 むぅっと唇を尖らせると、慶一は「そうだな」と頷いてきた。

「前も思った。……今でもやっぱりお前らのしたことはろくでもないことだと思ってるけど……」

 慶一が言いにくそうに言葉を繋ぐ。受け入れた、と言われた後だけにその言葉に青葉が少し落ち込んでいると続けてきた。

「でも、俺もちゃんと拒否していなかった」
「え?」
「……もちろん歓迎したことはないし態度では出していたとは思う。……でも、ちゃんと『嫌だ』『止めろ』とはっきり言ったことは、なかった」

 まだ続くのかと思い青葉は黙っていたが慶一はそれ以上は続けてこない。少し怪訝に思い青葉は慶一を見た。

「どういう意味? そりゃまあ慶一くん、口にしてなかったのかもだけど、慶一くんが言うように態度に一応出てたから嫌がってるだろうことはわかってたよ? それでも俺らは……構わずやってたけど。……それに慶一くんが無口なの知ってるし」
「それでも俺はちゃんと言葉にするべきだったと、思う……。自分でも無表情なほうだろうし無口なほうだろうなとは思ってる」
「ほう、じゃなくて相当無表情で無口だよ」
「……。だから、その……もちろんお前らのしたことは悪いけど、でも……俺もあまり責められない……。……それに……」

 それに、と言うと慶一はますます言いにくそうにしながら顔を伏せた。青葉もさらに怪訝な顔で慶一を見ると、心なしか赤くなっているように見える。

「慶一くん?」
「それに……俺も……欲に勝てなくて…………欲しい、と……」

 青葉は立ち上がった。そしてベッドの上に座っている慶一をぎゅっと抱きしめる。

「慶一くん、そんなこと言わなくていいよ! それはだって仕方ない……俺らがそうなるよう仕向けたんだし、慶一くんは俺らを責める権利しか、ないよっ? だからそんな風に思わなくていいから! まるでそれじゃあレイプの被害者じゃん。ちげぇよ? 慶一くんは俺らをひたすら責めていい」

 何言い出すのかと思った。別に慶一が好きだからといって聖人君子になれるわけもなく、相変わらず普段は好き勝手やっている。だけれども今慶一が言ったことは見逃せなかった。
 慶一をレイプしておいて偉そうに言えることなど何一つないが、それでも青葉は基本的にレイプを含め実際の暴力が本当は好きではない。力で無理やりねじ伏せるような輩は自分も含めてだが、弁解できることなどなど全くないと思っている。
 暴力を受けた被害者が自己嫌悪や周りからの二次被害でたまに陥るのが「もしかしたら自分にも非があったのでは」ということだが、話はまた別だと思っている。もしかしたら何らかの着火点にはなることもあるかもしれない。だが実際暴力を振るった時点で、何もかも加害者が悪いということだけは間違いない。

「慶一くんは何も悪くないし、悪いのは俺たちだから。その考え方はほんっと捨てて」
「青葉……」

 青葉の名前を呟く慶一の声に、少し驚いたような響きが混じる。

「そ、それにあれだ、そんなこと言ってっと俺、性格悪いからさー『だったら別に今もしていいよね』とか言い出しかねないよ!」

 妙に真剣に言ってしまった自分に気づくと、青葉は少し恥ずかしくなりわざと茶化すようにつけ足した。少し強張っていた慶一の体から逆に力が抜ける。

「……わかった。思わない」

 そして抱きしめている青葉を引き離すと、ふわりとした笑みを見せてきた。
 青葉の顔がとてつもなく熱くなる。心臓が痛くてどうにかなりそうだった。

「青葉?」
「……そんな笑みとかほんっと見たいけど今は見たくなかった」
「は?」
「慶一くん、俺、もーほんと心臓痛い……。すげぇ痛い。どーしていーのかわかんねぇ」

 今まで絶対見せてくれることのなかった優しい笑みを見て、それをあの慶一が自分に見せてくれたのだと思い、青葉は嬉しさを通り越してひたすら切なかった。
 嫌われていないだけでも本当によかったと思えるはずが、切なくて堪らない。

 何で慶一くんは俺を好きになってくれないんだろう。何で俺はあんなことをしてしまったんだろう。何で慶一くんを色んな意味で傷つけられたんだろう。何で過去に戻れないんだろう。何で慶一くんは……俺の慶一くんじゃないんだろう……。

「え、痛い? 大丈夫なの、か……?」
「だいじょばない……、違う、でもこれ、違う。俺、慶一くんが好きで……どーしていーのかわかんねぇの。好きだ。慶一くん、好き。もうほんと俺、駄目。好き……」

 今すぐにでもまた飛びつき抱きしめたいのを堪える代わりに俯いた青葉は、言葉が溢れて止まらなくなった。伸ばしてきた慶一の手がぴくりとした後、動きを止める。言葉もなく、そしてまるで時間も止まったかのようだった。
 心臓が、痛い。
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