ヴェヒター

Guidepost

文字の大きさ
90 / 203
3Wednesday

49

しおりを挟む
 青葉とつき合うことになってからしばらく経ったある日、慶一が放課後教室を出て二階へ向かおうとしている途中、階段で腕をつかまれた。また青葉かもしくは睦だろうかと微妙な顔で振り返ると、そこに立っていたのは流河だった。途端、慶一はその腕を振りほどこうとする。

「酷いね、その反応」
「……そうされてもおかしくないこと、お前してきてるだろ……」

 じろりと睨むも、流河はニッコリしてくる。

「でもあんた、北條兄弟からも散々な目にあってるよね? なのに何であいつらはよくて俺は駄目?」
「別にいいとは言ってない」
「でも弟くんとつき合うことにしたようだし、睦とも普通に接してない?」
「……謝ってもらったし……」
「え、じゃあ俺も謝るけど」

 流河の言葉に、慶一はますます流河を睨んだ。

「……いらない」
「何故?」

 何故、と言いながら流河は慶一を引き寄せようとする。

「はな、せ」

 もう一度腕を振りほどこうとしたところで慶一はバランスを崩した。腕は一旦離れたものの、そのまま階段を踏み外して落ちそうになる。

「おっと。危ない」

 だがすぐに流河が慶一の体を支えてきた。思いきり下に落ちそうになったせいで慶一の心臓は打ち鳴らされたような状態になり、足に力が入らなくなっていた。

「……わ、悪い」

 とりあえず助けてくれた流河に何とかそう言うも、慶一はそのままその場にへたり込みそうになる。

「そこで悪い、って言っちゃう慶一は今後も俺につけ入れられちゃうよ?」

 流河はニコニコしながら慶一を支えるようにして一旦下まで階段を降りると慶一を立て抱きしてきた。

「ちょ、何考え……おろせ」
「暴れないでね。身長は変わんないんだからさ。つかあんたのがほんの少し高い? まあ俺のが絶対ガタイはいいと思うけどね。それでも暴れたら落としちゃうし落ちたあんたも間抜けだよ。あと騒いで誰かに注目されたいなら、まあどうぞ」

 楽しげに言われ、慶一はぐっと喉をつまらせ大人しくなった。それでも暴れるべきなのかもしれないが、色々と面倒くささが勝る。
 するとそれをいいことに流河が反対側の校舎へ移動していく。途中で「さすがに重い。あんた軽いほうだろけど女じゃないしね。足は元通りになった?」と聞きながらおろしてきた。言われて先ほどまで力が入らなかった足を思い出す。
 無言で頷くと、そのまま引っ張られた。そうして反対側校舎の資料室の一部屋へ慶一を連れ込むと、置いてある椅子に座らせた。

「慶一、あんた隙しかないね」
「……」
「弟くんとつき合ってんのに、こやって俺にさらわれてさ、このままレイプされたら弟くん、どう思うだろうね?」
「お前こそ、そう言うならしてくるな……」
「あんたさ、睦にこないだ酷いことされたんだろ? ああ、何で知ってるって顔してきたね。別にあいつらから聞いたわけじゃないよ。たまたま多分それであいつらが言い争ってるとこに居合わせただけ。知ってる? 弟くん、普段からは想像できないくらい本気で怒ってたよあれ。なるべく抑えよう抑えようってしてたみたいだけど。大好きなお兄ちゃん相手に」
「……青葉が……」

 青葉は慶一には「むつを嫌いにならないで」くらいしか言ってきていない。酷いことはもうさせないから嫌いにならないでやって、と。
 慶一の心臓がきゅっと痛んだ。だがその痛みにどちらかというと甘ささえ感じられ、慶一は怪訝そうに俯く。

「大好きなお兄ちゃんですらそうなのに、俺に襲われたら弟くん、どんな風になっちゃうだろうね?」

 その言葉に慶一は流河を睨もうとしてふと気づいた。
 面倒だからと暴れることもなく連れて来られた自分のろくでもなさ。今まではそれでも誰かに迷惑をかけることは少なくともなかったとは思う。だが流河が言うように、多分今の青葉はものすごく怒るだろうし、嫌な気分になるだろうことは馬鹿でもわかることだ。

「……俺、風紀室へ行くから……」

 慶一が立ち上がろうとすると流河がそれを留めてきた。

「まぁまぁ。ここまで来たんだし、せっかくだから俺ともう少し話そうよ。慶一とは体でのおつき合いしかほぼしてきてないしね?」
「……っ」

 唇を噛みしめつつ、それでも立ち上がろうとしたが押しとどめてくる流河の力のがいつも通り上だった。

「昔から培ってきた性格もあるだろうけど、慶一をさらに無気力っていうか抵抗しても無駄だって体に覚えさせたのは俺だという自覚はあるよ。わかっててそうしたからさ」

 座らされて大人しくなった慶一に、流河は楽しげに言ってくる。その言葉に慶一は流河を睨んだ。

「何も知らない慶一の体に無理やり男の味と快楽、それに有無を言わせない力と恐怖、色んなこと、一気に叩きこんだからそりゃ、無気力にもなるよね」

 それをわかっててやったと笑顔で言い切る流河に対し、慶一はただ無言で睨むくらいしかできなかった。

「あんたとのセックスもほんとよかったけど、ハッキリ言ってあんたの反応がほんっと俺の嗜虐心とか楽しいスイッチ擽ってくるんだよね。でもさ、弟くんとつき合うんだろ? 俺こういう性格だから意外かもだけど、人のものには手を出さないっていうか興味ないんだよね」

 途中まで言われていたことに静かに憤りを感じていたが、興味ないと言われて慶一は怪訝そうに流河を見る。

 それって……。

「あれ? ちょっと嬉しそうな顔した? それはそれでムカつくなぁ。まあ、そういうことだからさ、安心しなよ。俺、あんたを犯すこと、一応しないからさ」
「……一応?」

 慶一がまた怪訝そうに流河を見ると、ニッコリ微笑まれる。

「そ。一応。だって反応が楽しいって言ってるだろ。弟くんがまた楽しい反応してくれるんだよね。だから基本人のもの、興味ないとはいえ、一応。まあでもさ……そういうことだからあんたは俺に対して今までほどは構えなくても大丈夫じゃないかな」
「……今の言葉を聞いて信用しろ、と? それにお前はいつも言葉に気持ちがこもってない……。だからさっきも謝られたくもなかったし」
「お、言うようになったね? いいことだよ。でもほら、考えてみてよ。そりゃ適当なこと普段言ってるけどさ、俺、あんたに嘘ついたことある? いい加減なことは言っても多分嘘をつかれたって思ったことはないんじゃない?」
「……」

 少し考えてから慶一は渋々頷いた。性格の悪さを隠そうともしてこない流河は、いい加減な上に基本適当に人当たりいい態度を取っている。だが確かに嘘をついてまで人を誤魔化そうとしてきたことはない。気持ちのこもっていない謝罪をしたとしても、多分本当にそう思っていないなら「二度としない」とは言わないだろう。

「じゃ、じゃあ何で一応なんだよ。人のものに手を出さないんだろ……」
「だからあんたを無下に犯さないってば。でもからかうくらいはね、そりゃ反応とか楽しいんだからするよね。俺、慶一のこと気に入ってるしさ? あそうそう。ここに連れ込んだっての、弟くんに送ってんだよね。もうすぐやって来るんじゃないかな?」
「は?」
「とりあえずさ、犯さないよ。だから慶一もさ、もうちょっと無気力っぽいとこ、変えたらいいと思うよ。じゃないと弟くんもかわいそうでしょ?」

 優しく言うと、流河は慶一の頬に手をそっと当ててきた。そしてそのまま引き寄せると慶一にキスしてくる。

 ……おま、犯さないって言っておきながらいきなり……っ。

 そう思いながら抵抗しようとした時「てめぇ……!」という青葉の声が聞こえた。いつもならここで青葉が引き剥がしてきて流河に対して怒り、慶一はそれを見ているだけだっただろう。だが鈍くて人のことがあまりよくわからない慶一でも、流河が何を言わんとしているかはわかった。

「っやめ、ろ」

 青葉が流河に飛びかかる前に、慶一は何とか流河を引き離す。

「抵抗、またちゃんとすることにした?」
「……する。お前のことは、もうそんな嫌いじゃない。けどもちろん体どころか唇だって許さない。……お、れが許す、のは青葉だけだから、二度とする、な!」

 その時の青葉の顔は多分忘れようにも忘れられない気がする。

「そういう慶一もやっぱりかわいいし好きだよ」

 流河は変わらずニコニコしたまま、慶一の頭を撫でると「弟くん、顔、変なことになってるよ」と言った後に資料室を出ていってしまった。その場に残された慶一は居たたまれなさに消えてしまいたくなる。
 抵抗しようと思った。それは間違いない。だがあんな風に言うつもりではなかった。あれは気づけば口が滑っていた。思わず言っていた。

 死ねる。

 そう思いつつ耳と頬の熱さを感じながら、慶一は顔を逸らしたまま立ち上がろうとした。とりあえずこの場から出ていきたかった。
 だがその前に青葉に抱きつかれ、動けなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...