ヴェヒター

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3Wednesday

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「慶一くん、旅行行くよね」
「行かない」
「何で!」
「何でも」

 校内のカフェを使ったことないという青葉と慶一を連れてきていた睦は「さっきから同じことばっか言ってんじゃん」と青葉を馬鹿にしたように笑った。

「だって仕方ねーじゃん。慶一くんが生徒会旅行に行くっつってくんねーんだもん」

 先ほどまでは「便利かもだけどコーヒーの風味がいまいち」などと言っていた青葉は、慶一の首を縦に振らせることに必死なのか紙コップのコーヒーを知らない内に飲み干していた。

「馬鹿じゃね、あお」
「んで俺が馬鹿なんだよ!」

 実際馬鹿にするように笑った睦に、青葉はムッとした顔を向ける。

「だってさ、そんなもん、いつものごとく無理やり連れてったらこっちのもんじゃん」
「あ、そっか」
「……そうか、じゃない……。……ふーん、青葉は俺を無理やり連れてくんだ」

 慶一は微妙な顔した後で、じっと青葉を見た。途端青葉は慌てて首を振る。

「し、しねーよ? 無理やりはもうしねぇっつったし! しねえからこーやってお願いしてんじゃんよー、今のはノリじゃんかよー」

 ぐだぐだ言いながら、青葉はテーブルに顔を伏せた。だが慶一は無視したまま黙って紙コップの中身を飲んでいる。

「慶一くん、コーヒーどう?」

 同じように青葉をスルーしながら睦がニコニコ聞くと、慶一は少し首を傾げた。

「……青葉の淹れたやつのが美味しい……」
「っだろっ? だろっ?」

 ぼそりと呟く慶一の言葉を聞くなり、青葉は復活したのかカバッと顔を上げて嬉しそうにしている。睦はそんな青葉の頭を「何か煩い」と横にぐいっと押し、自分も残りのコーヒーを飲み干した。

「そりゃそーだけどさ。でも手軽じゃね?」
「……それは確かに。どういう機械でやってるのだろう。俺でもできるかな……」
「できるんじゃね? つか家庭用で馬鹿でも扱えるすげぇ手軽に使えて、しかもそこそこの味っつーカートリッジタイプのコーヒーサーバーが世間にはあるらしいんだよねー」

 別に自分が作ったわけでもないのに睦が得意げに言う。

「本当か」

 だが全く自分で上手く淹れることが叶わない慶一にとっては聞き捨てならない情報だった。

「ホント。知りたい?」

 ニッコリ言う睦に、慶一はコクコク頷く。青葉からしてみれば「そんなもの俺がいくらでも淹れてやる」と思うのだが、どう見ても何かたくらんでいるであろう睦に気づいたので様子を窺うことにしたのか、黙っている。

「その中でもマジいい商品俺、見つけちゃったんだよねえ。ホント、知りたい?」
「……教えてくれ」

 それがあれば部屋でも風紀室などでも自分が飲みたい時、誰にも頼まずとも自由に飲める。そう思うと、熱いコーヒーや紅茶が不意に飲みたくなる慶一としては聞き捨てならない。自分でネットか何かで調べてもいいのだろうが、如何せん基本的にそういった機械に疎いため、どれがどうなのかまずわからないだろうことは一瞬で判断できる程度には、慶一は自分をよくわかっている。

「いいよー大好きな慶一くんだからね、教えてあげる、つか俺がプレゼントしてあげよう。……交換条件は生徒会の旅行な」
「えらい! むつ超賢いっ!」

 睦の言葉をずっと黙って聞いていた青葉はぐっと手を握り締めて叫んだ。少し離れたところに座っている一般生徒が何事かと三人を見てきたが、どのみち先ほどからチラチラ見られてはいるので慶一以外の二人は気にしていない。

「……くっ」
「だいたいさー、何でそんなに旅行行きたくねーの?」

 悔しがるような慶一に睦が聞くと、青葉も「そうだそうだ」とばかりに頷く。慶一はとてつもなく微妙な顔してそんな二人を見た。

「……一つはお前らがいるからだけど」
「ええっ? 何でだよひでぇ! 慶一くん俺の彼氏なのにひでぇ!」
「だよねーほんとひどーい」
「……散々酷いこと俺にしておきながら……」
「ぅ……。で、でも今はしてないじゃん! もうそれこそ蕩けるくらいかわいがってるじゃん!」

 青葉の言葉に慶一は「う、るさい」と顔を逸らす。だが耳が赤くなっているのを見て青葉に「かわいい、慶一くんほんとかわいいかわいい」と抱きつかれて固まっている。

「ちょっとあお、俺の前ではウザいから自重して。でないと俺も慶一くんにちゅーするからね」
「は? 何でだよ! 駄目!」
「つかさー、ほんと今はあおの言うよーに別にひでーこと、してなくね? なのに何で」
「……酷いことはしてないかもだけど……今現にろくでもないだろ……人前で平気で抱きつくようなヤツと、悪ふざけしようと考えるヤツと一緒に旅行したくない……」
「あー」

 睦がおかしげに笑うが、青葉は「おかしくねーよむつ! そんなこと言わねーで、慶一くん!」と膨れている。

「……後は兄さんたちが一緒にいるとこ見たくない」
「あー」

 だが続けてきた慶一の言葉に、今度は青葉もおかしげに笑いだした。青葉も睦も内心「どちらかというとほぼそれだろ原因」と突っ込んでいるが、懸命にも口にはしていない。ただ今の言葉で、とりあえずコーヒーサーバーを餌に必ず連れて行こうと二人はそっと目配せして結託した。

「珍しいね、君らがここにいるの」

 ふとそんな声がしたかと思うと、いきなり睦は背後からぎゅっと抱きつかれた。それを青葉と慶一は同じように唖然と見ている。

「テメェ……いきなりざけんな……」

 抱きつかれた睦は一瞬ポカンとした後で少し赤くなりながらも心底忌々しげに体に巻きついてきた腕を引き離して振り返り、相手を睨みつけている。

「じゃあ抱きつくねって言ってから抱きつけばいいの? 変じゃない?」
「煩い、揚げ足とんな!」

 まだポカンと睦と、そしていきなり現れた流河のやりとりを見ていた青葉だがハッとなって「ちょ、待て」と手を上げた。

「まさか、むつ、こいつとデキてんの……?」
「は? んなわけねーだろ、ざけんな、あお!」
「デキてはないよ、まだね」
「まだ?」

 青葉と慶一の声が揃う。睦だけは「まだじゃねえ、今後ずっと! だろが!」とますます流河を睨んでいる。

「大丈夫、慶一のことは変わらず好きだよ。弟くんに飽きたらいつでも言ってくるといい。いつでも、いくらでもブっとぶくらい気持ちよくさせるよ?」

 ニッコリ言う流河の言葉に、慶一は無言のまま引いたような顔を流河へ向ける。一方青葉は「させるかよ殺すぞ。第一俺が飽きさせねぇし!」と思いきり流河を睨みつけている。

「つかこいつの言葉聞いたろ。こんなことデキてる相手の前で言うわけねーだろ。俺とこいつはデキてねぇ。つかマジでヤってねーから勘違いすんな」

 ムッとしたように言う睦だが、青葉の目から見れば頭を撫でられていることにまんざらでもなさそうに見え、あまり説得力が感じられない。睦が寝ていないというなら多分そうなのだろうとは思うが、関係性には疑問を挟みたいところだと口を開こうとした。

「……俺ら、用事思い出した」

 だが慶一はそう言うと立ち上がり「青葉」と名前を呼びかけてくる。

「え? あ、う、うん」
「は? 何それ、聞いてねーけど」

 慶一は睦の言葉に「だから今言ってる」とだけ答えると青葉を促してその場を離れた。残された睦がポカンとしていると「あれじゃない、気を使ってくれたとか?」と流河が空いた椅子にニコニコ座る。

「何の気だよ……!」

 嫌そうに突っ込む睦に流河はまた笑いかけた。

「まぁまぁ。あんたらが旅行行くのそういえば凄く羨ましい。代わりに今度俺と旅行、行こう?」
「は? 意味わからない」
「そこで俺をこき使いながらゆっくり映画でも泳ぎでも何でも楽しむといい。たっぷり甘えさせてあげるけど?」
「……今、ラテのダブル買って俺に持ってきてくれるなら考えてもいい」
「了解」

 睦の言葉に流河は楽しげに笑った。
 慶一に腕をひかれてカフェから離れた青葉は「どうしたんだよ」と言いながらも慶一に自ら手を持たれたことに少し喜んでいた。

「何か、二人にしたほうがいい気が、した」
「……。慶一くんさー、他に関してはそんな風にたまに勘働かせてくんのに、何で自分のことに関しては呆れるくらい鈍いの?」

 慶一の言葉を聞いて一瞬黙った後、青葉は微妙な顔で慶一を見てくる。

「別に……鈍いつもりは……」
「まー、鈍いっつーか適当すぎっつーか。ま、いーけど。慶一くんが適当でもその分俺がすげぇまとわりつくから」
「……邪魔にならない程度にしてくれたら」
「何それ! ほんともー素っ気ない!」

 青葉は憤慨しながら慶一を抱き寄せた。

「ちょ、ここ、公共の……」

 慌てて振りほどこうとする慶一に青葉は笑いかける。

「じゃーこっち来て! ほら、ここなら人目につかねーから。ちょー、大丈夫、えっちなことしねーって! だって二人きりの時に一杯、させて貰うし」

 ちゃんと嫌だと言いかけた慶一に、青葉はさらに笑いながらひっぱり、廊下の片隅に慶一を引き寄せた。

「な、に言って」

 赤くなる慶一をまた抱き寄せると青葉は囁いた。

「嘘じゃねーじゃん。……ね、人歩いてねー上にここなら誰か通っても死角でしょ? ちゅーしていー? 駄目? 嫌ならしねーよ」

 屈託のない笑顔で囁かれ、慶一は一旦俯いた。そして顔を上げると少し笑う。

「嫌じゃ、ない」
「ほんと? 慶一くん、マジ好き」
「……俺も、嫌いじゃない……」
「もーいい加減違う言葉聞かせてね!」

 そんなことを言いながら二人は顔を近づけた。そして笑いあいながら唇を交わしあった。
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