ヴェヒター

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4Thursday

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 あの後普通ならそのままどちらかが押し倒し、あれなことを始めるのが定石なのではないだろうかと三里は翌朝目が覚めた瞬間思った。実際自分の中ではわりと期待していた。
 だが最高にドキドキするキスを永久からされた後、永久は三里から離れてしまったし、そうなると三里もどうしていいかわからず、預かった冊子を持って自室へ戻るしかなかった。
 とはいえ嬉しくて仕方なかったのは間違いない。自分のことがとてつもなく嫌いだったはずの相手を好きになるという、それこそとてつもなく不毛な感情を抱いてしまっていた三里は、初めから諦め気味だった。だというのにその相手は三里のことを嫌いじゃない上「興味がある」と言ってくれたのだ。
 眠れないのではないかとさえ思っていたが、それは危惧する必要なかったようだ。遊園地などの疲れが急に出たのか、夜は電池が切れたみたいに速攻で寝落ちていた。だからこそ、目が覚めた瞬間こうして色々ぐるぐる頭に永久のことが回っている。

 ……でも待てよ? 興味があるとは言ってたけどよ……好きって言われたんじゃねーよな……? だから何もエロいことしなかったのか? でも好きじゃねぇ相手にあの永久がちゅーとか、する?

 ぐるぐる考えてもわかるわけもなく、三里は仕方なく起きあがった。少なくとも興味は持ってもらっているのは間違いない。キスしようと思える存在ではある。それだけでもかなり三里としては嬉しいことだった。
 部屋を出ると「ああ、三里」と宏の声がする。見れば宏がニコニコこちらへ歩いていた。

「今君のところへ行こうとしていたところだったんだ。ちょうどよかった」

 俺もちょうどよかった……!

 笑顔で三里に近づいてくる宏を見ながら、三里は心の中でそっと叫んだ。行こうとしていたということは部屋に、ということだと思われる。宏が部屋に来ると思った瞬間、千鶴のあの無表情な顔がじっと三里を見てくるところしか浮かんでこない。
 間が悪いと言われる自分だが、案外そうでもないのではないかと三里は内心ニヤリと思った。

「例のことなんだけど……どうする? このまま三里の部屋で話そうか?」

 だがそう続けてこられ、三里は青くなりながらぶんぶん首を振る。

「あの、もし生徒会が関わる案件なんだったら、別にこの共同スペースで構わないっす」
「そう? だったら……そうだね、ここで話そうか。例の店、間違いなさそうだから」

 焦る三里に優しく微笑み、宏は言う。それを聞いた途端、三里は真顔になった。
 そうじゃないかと思っていたが、間違いないと言われるとやはり心の中にまるで錘が落ちてきたような気持になる。即座に思ったことは「親父は知っているのだろうか」ということだった。
 二人は共同スペースにあるソファーではなく、会議用によく使うテーブルへ向かった。

「店自体もあまり目立つところにないね。入口もカモフラージュされていて一見わからない。だが少なくとも間違いなくハーブを売っている店であるようなのは調べて確認できているよ。ただし証拠となるほどのものはないけどね。あと、逆に言うとハーブを売る店で大量の酒を契約するのもおかしいよね? 人の出入りも、ちなみに目立たない。時折入っていく者も目立たないよう入っているように見えるよ。そして一旦入るとすぐに出てくる者は稀だねえ。出てくる者は皆どこか挙動がおかしい気がするね、そして。興奮気味だったり酩酊気味だったり。それでも気をつけて様子を窺っているからこそ気づく程度で、気に留めていなかったらわからないだろうね」

 宏はいくつかの写真とともに語ってきた。三里は微妙な顔で写真と宏を見比べる。

「あとあの店に関わっている業者についても調べてみたよ。三里のお父さんの会社以外でもなにか契約しているところがあるか。例えば料理に関しても取引行っている決まった業者はないみたいで、その点でも普通のバーを経営ってわけでもなさそうな気がするよね。もしかしたら自分で買い物へ行く程度なのかもしれないけど、それにしても扱う酒との規模が違いすぎる気がするよ。そして業者の出入りがほとんどないのがむしろ違和感を感じるねえ」

 宏に話してからそんな日数は経っていない。だというのに一体何をどう調べたらそういったことを調べた上に写真まで手に入るのか。

「ん、どうかした?」
「え? あ、い、いえ。いや、その、何でそんなに色々……」

 調べられるんっすか。

 そう聞こうと思ったが、何となく聞くのも怖い気がして三里は口を閉じた。

「え?」
「いや、その、色々ありがてぇっす」
「ただ、店の中には入れてないからね。こればかりはさすがにね。三里がいいなら良紀にも協力してもらおうと思っているんだけど」
「良紀先輩っすか」
「うん。まあ良紀というよりは、良紀のある意味ご家族さん、かな?」
「あー……」

 三里の脳内に何度か見かけたことある、とても人相のよろしくない大人たちが浮かんだ。

「で、でもあまり情報が漏れるのは」
「それはそうだね。その辺は俺も良紀もちゃんと対応させてもらおうとは思ってるよ」
「……だったら、俺に何の問題もねぇっす」

 三里はぼそりと呟いた。
 問題がないわけではない。生徒会が抱えている案件的に、はっきりするならいいことなのだが、これである意味疑問が増したということにもなる。
 そんな風に宏が調べてもなお、明確でない部分のある一見店としてわからないようなところと、一体どういう流れで契約を交わすことになるのか。基本的にはスーパーやデパートなどの大手小売業者、もしくは名の知れた店舗への卸がほとんどなのだ。

「……三里、先に調べさせてくれてありがとう。三里はお父さんにこの件を相談するといい。別に怪しい経営に手を貸しているわけじゃない。ただ酒の売買を行っているだけだから問題はないよ」
「宏さん……」

 そう言われると確かにそうだ。酒を卸しているからといって関わりあるわけではない。だが、契約の経路が不思議すぎてどうにもひっかかる。

「三里のお父さんがその店と万が一妙な関係性があるのなら、三里に資料を渡す前に既に確認して証拠は隠滅していると思うよ。そんな軽率な方じゃないと思うけどね、あの人は」
「……ぁ」
「むしろ三里がこれを持ちかけたらお父さんならきっと即座に契約経路を確認して事情を把握しようとすると思うよ。それで後ろ暗いことがあってもなくても、多分今後卸すことはなさそうだけどね」

 宏が言うことの悉くがもっともすぎて、三里は激しく頷いた。言われてみるとそうとしか考えられないというのに、何を悩んでいたのだろうとさえ思える。
 すごくさりげなく言われたが、だが三里は言われるまではそんな風に考えられなかった。言われると簡単なことのようにしか思えないのにと、三里は唖然となる。

「ありがとうござい、ます」
「こちらこそありがとうね。資料はコピーもとってないよ、安心してね」
「あ、いえ、はい」

 一旦宏に預けていた資料を受け取ると、三里は頭を下げた。

「頭は下げないでね。実際俺も助かってる。とりあえずお父さんに報告してからどうなったかも、もしよければ教えてもらってもいいかな、事業にさしつかないことでいいんで」
「は、はい、もちろん」
「それを確認してから生徒会での会議をさせてもらおうかなって思ってるんだけど大丈夫?」
「はい。あと良紀先輩にはいつ言ってもらってもいいっす」
「わかった」

 三里はその後、また部屋へ戻った。そして昨日永久から預かった冊子と一緒に資料を保存する。ちなみに冊子は昨日部屋に戻ってきてすぐに目を通していた。思っていた以上に永久の作品が格好よくすごいと、書道のことがまださほどわかっていない三里もただただ感嘆のため息をついていた。
 メールを確認すると永久から作品データが来ているのに気づいて妙にドキドキする。

『データ、送ります』

 ただそれだけの文しか添付されていないというのに、その文字すら妙に愛おしいような気がして三里は自分を微妙に思う。
 永久は今日、何しているのだろうかなどと、まるで乙女みたいなことを思ったり、どうにも自分が痛々しい気がする。
 ふるふると頭を振ってから、永久に礼とそのデータを父親に送る旨返信し、実際父親にもメールを送った。その際、週末に会社へ行くことも伝える。
 週末はどのみち永久も旅行でいない。永久がいる可能性があるなら、できる限り会える可能性を潰したくないとつい思ってしまう自分がまたまた痛々しいが、もう気にしないことにする。
 しばらくして、またメールに返信があるのに気づいた。二件だ。間違いなく一つは父親だろう。

 もう一つは…...。

 急いで受信先を見ると、やはり永久からだった。三里はとりあえず仕事に関わることだからと父親からのメールを開く。決して楽しみを後にしたのではないからなと誰にともなく言い訳する。
 父親からは『了解した』ときていた。週末のことを思うと気持ちが下がるが、三里は首を振り永久からのメールを開いた。

『データの件了解しました、よろしくお伝えください』

 え、それだけ?

 先ほどデータを添付してきてくれていた時は短い文ですら上がったテンションが、今度は上がらない。どうやら人間は贅沢にできているようだ。
 あからさまにしょぼんとなっていると、下へスクロールできると気づいた。

『よければ今度はゆっくり部屋で映画でもみませんか』

 一体どんな顔でこの文を打ったのだろうかなどと検討違いなことを思いながら、三里は思わずニヤニヤしてしまう。例え深い意味などなくても嬉しいものは嬉しい。

『今日でもいいか?』

 そして気づけば、またもや堪え性のないところをまざまざと永久に見せつけるような文を返信していた。
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