ヴェヒター

Guidepost

文字の大きさ
135 / 203
4Thursday

43

しおりを挟む
 一応今まで誰かとつき合ったこともあるので、自分では恋愛絡みに鈍いと三里は思ったことなかった。

「多分ご自分で自覚されるよりも少し前から俺のこと気にされてたんじゃないですか」

 だから永久から淡々と言われた時は、ポカンとした後で赤くなった。

「あ? んだよそれ、うぬぼれか?」
「……好きに思ってくださっていいですけどね」

 ムッとして言い返すも、永久は動じることもなく少しだけ口角を上げながらサラリと返してきた。

 ほんっとどっちが年上かマジ行方不明になんだけど……!

 三里は微妙な気持ちになりながらも嫌ではなく、そっと顔を逸らす。
 正直なところよくわからなかった。最初はとりあえずひたすら嫌われていたから自分も嫌いだと思っていた。でもそこまで嫌われる意味がわからなく、やたらと気になっていたのは自分でもわかっている。
 永久がすごく好きな今でも変わらず別の意味で好きな瑠生のことを、永久も好きだからライバル視されているのかなどと思ってみたし、実際永久に対しても口にした自分が、今振り返ると穴を掘って入りたいくらい恥ずかしい。
 あの永久が同じ相手を好きだから許せないと思うなど、どこをどう間違えたら考えられるのか。ましてや三里に対してライバル視。今でも日々どこか、からかわれているように思えるほどの永久が、三里をライバル視。片腹痛い、と三里は微妙になる。
 今三里が把握している永久を考えれば到底あり得ないと思うのだが、当時はただ本当にわからなかったのだと、とりあえず自分に言い聞かせる。
 ところで嫌われていた理由がおそらく、三里が馬鹿で口が悪くて女癖が悪そうだからということだったのだろうなと改めて思っても真顔でむかつく。おまけにいくらかわいいとはいえ、ついこの間まで小学生をやっていた妹が三里に憧れているからという理由に関しては、考えたら理不尽でしかない。
 とはいえそのことは永久がちゃんと三里に謝ってくれているので、何も言う気はない。

「アンタを家へ連れてこいと千代が煩いんで、今度よかったら俺の家へ遊びにきませんか」

 ある日そんなことを言ってきた永久に対し、三里は少し笑った。あからさまに嫌そうに言ってきているのがわかったからだ。

「んな嫌なら誘うなよ」
「別に嫌ってわけではありません。……いえ誤魔化しても仕方ないですね。はい、嫌ですね」
「……」

 嫌だろうなとわかっていても、面と向かって言われると微妙な気持ちになる。三里が変な顔をしていると、永久は少し笑いながら「すみません」と謝ってきた。

「さすがに今はアンタが俺の妹をどうこうするなんてこと少しも思いませんよ。ただ俺の妹はかわいくておしとやかですので、ひょっとしたらアンタの心が動かないとも限らないですし、あと妹にアンタと仲よくしているところを見せるのも、兄としては変に気恥ずかしいものなんです」

 その言葉がどちらかというとむしろ嬉しい響きに思え、三里はその時赤い顔して何かしどろもどろになりながら永久へ言った気がするのだが、よく覚えていない。

 俺の心が動いたらお前は嫌なの? 俺とつき合っていること、妹へちゃんと告げた上で妹の前で俺と仲よくしてくれるの?

 心の中ではそんな風に考えてふわふわしていたように三里は記憶しており、後で自分が乙女みたいで微妙になった。
 とりあえず、嫌われていると思い切りわかっていた時に好きになるはずないと思うのだが、改めて考えると本当にいつから実は永久が好きだったのかよくわからない気がする。
 前に一度出くわした一年生が「一ノ倉は素っ気ないが、いいやつ」と言っており、その時は理解不能だった。だがだんだんわかる気がしてきた頃から、もしかしたら意識していたのだろうか、と三里は首を傾げた。
 自覚したのはちゃんと覚えている。ラベルのことを持ちかけた日だ。そして自覚さえしたら、三里の行動はわりと早かった。当たって砕けようと思っていたからかもしれない。
 それが今では両思いでつき合っているなど、少し前の自分は理解できないだろうなと三里は思った。
 永久は一見とても冷たいし寡黙だが、知れば知るほど優しい部分もあり、素っ気ないながらもちゃんと人の話を聞いており誠実でもある。嫌っていた三里を妹に言われ、ちゃんと気にするようにしてくれていたからこそ、印象も改めてくれたわけだ。

「何でしょうね、本当に嫌いだったんですが、アンタがおかしなくらい不憫というか、変なことにばかり遭遇してるのを見るとつい手助けしてたりね」

 生徒会共同スペースのソファーで今、一緒に書記の資料を作りながら永久は苦笑しながら言ってきた。

「んだよそれ……」
「気にするようにしてからアンタの反応、わりと見てましたよ。チャラそうなアンタが本当に嬉しそうな様子で、瑠生先輩のお茶やケーキを口にしてほわっとしているのを見ると、それなりに調子、狂いました」

 そう言われ、三里はまた顔が熱くなるのを感じると同時に、永久が他の人は名字呼びなのに瑠生に対してだけ「瑠生先輩」なのが妙に気になる。

「……永久って何で瑠生先輩好きなんだよ」
「そうですね、色々どうかと思う部分もお持ちですけども何でしょうね、気高そうというか凛としたところでしょうか」
「え? 凛と、してる?」

 ポカンと三里が永久を見れば、なぜか少しおかしそうに「ええ、まあ」と頷いていた。
 三里は瑠生の様子を思いだす。生徒会メンバーにはとても柔らかくて優しい兄のような存在だが、他に対しての態度は正直どうみても、怖い。それを知っていてもなお、三里は今でも瑠生のことが好きだと思っている。もしかして永久もどこか同じような感覚なのだろうかなとそっと思った。

「……あと何で瑠生先輩だけ名前で呼んでんの」
「え……? いえ別にさほど……って、ああ」

 怪訝そうな顔をした後で、永久は少しおかしげに三里を見てきた。

「ああって、何だよ」
「アンタ、結構ヤキモチ妬きなんだな、と」
「はっ? ち、ちげぇわ! 何でって気になっただけだろ!」

 永久に言われ、三里は赤くなってジロリと睨んだ。

「そうなんです?」

 だが永久にじっと見られ、自分が誤魔化しを上手くできるはずなかったと実感する。ばっと顔を逸らすが結局落ち着かなくて呟いた。

「いや、妬いた」
「……アンタはほんと」

 永久がおかしそうな顔して囁くと、三里の髪を撫でてきた。

「多分、瑠生先輩に一目置いていたってのもあるかもです。でも本当にあまりちゃんと意識していたわけでもないですし、今でも別に特別というつもりでもないです」
「マジで」
「ええ、マジ、ですね」

 そして顔を合わせるとお互い少し微笑み合い、ゆっくりと唇を合わせた。

「ちょっとちょっと、二人ともここ、共同スペースだって覚えてます?」

 しかし不意に聞こえてきた声に、三里が焦って顔を離した。

「よ、良紀せんぱ……っ」
「……ええ、わかってます」

 動揺する三里と違い、永久は相変わらず淡々と悪びれることなく、むしろ邪魔されたからかムッとしたように頷いている。それに対し良紀はどこか楽しそうに二人をニコニコ見てきた。

「おや、何でしょうね。永久、ちょっと変わりました?」
「……そうです?」
「ぶっきらぼうなところは相変わらずですけど、ね。というか書記の仕事なら俺にも声、かけてくれたらいいのに」
「かけに行きましたよ。いらっしゃいませんでした」

 永久が少し笑みを浮かべながら言うと良紀はさらに嬉しそうな顔になる。

「ほら、それ。前は永久の笑みなんて嫌味であろうと滅多に見れませんでしたからねえ。ああ、それとすみません。睦と青葉が宏と千鶴ちゃんの同人誌を作ってるのをね、手伝っててね」
「は、え? ど、うじ、んし?」

 三里がポカンとしていると、良紀は次に三里を見てきた。

「三里ちゃんは相変わらず見た目とのギャップ込みでかわいいですね。ああ、そういえば青葉、いつのまにやら慶一とつき合ってますねえ。ずっと片思いでもするのかと思ってましたが」
「あ? ……ぁあ、そっすね」

 そういえば青葉が慶一を好きらしいと教えてくれたのも良紀だったなと三里は何となく思い出す。あの時はなぜわざわざそんなことを教えてきたのだろうと思っていた気がする。ちょっかいをよくかけられていたからだろうかなどと三里は思っていた。

「ほんと、人を好きになるってわからないものですね」

 ただニッコリ言われ、三里は真っ赤になって顔を逸らした。

「ああ、何というかまるで俺がかわいいカップルをからかっているみたいですね。この資料、あとは入力だけでしょう? 俺がやっておきますから、二人はキスの続き、部屋でどうぞ」
「はっ? ちょ、何言っ」

 良紀の言葉に三里が思いきり否定しようとしたら「ありがとうございます、では」と永久が立ち上がり、三里の腕をひいてきた。

「え、ちょ、永久、いいんか?」

 永久の部屋近くまで引っ張られた三里がハッとなって聞くと「何がです?」と永久は首を傾げてくる。

「いやだって、キスの続きとか、何かその……」
「だってその通りじゃないですか」

 永久は笑みを浮かべながら三里を自分の部屋へ引き込んだ。部屋の中へ入ったらもしやすぐに抱きあい……? と三里は思ったが、永久は安定のようで普通に三里を部屋に招き入れると「先ほどソファーで飲み物飲んでいたから別にいらないですよね」などと言いながら椅子に座って机をごそごそしている。ああそうだろうとも、と思いベッドに座りながら少し期待した自分を微妙に思っていると、永久が何やらいくつかの紙を差し出してきた。

「?」
「デザイン、いくつか考えてみたんです。アンタにも見てもらいたくて」
「え、マジで。すげぇ」

 ドキドキしながら見たいくつかのデザインは、三里からしたらどれも最高だと思えた。書道のことは永久を通じて関心を持つようになった今でもやはりよくわからないが、それでも自分が好きかそうじゃないかはわかる。永久の作品は本人への好意抜きにしても三里にとって、とても好きだと思えた。

「これ、このグッてなってる感じいいよな。ああでもこっちのさ、この丸みのとこもかっけぇ。いやでもこっちのさ……」

 夢中になってそれらを見ながら思ったことを言っていると、いつのまにか隣に座っていた永久が頬にキスをしてきた。

「……っ?」
「ああ、せっかく見てくださってるのに邪魔してすみません。そういえばもうすぐ皆で旅行ですが、三里さんは夏休みの課題、ちゃんと終わらせてるんですか?」

 真っ赤になって永久を見ていた三里は次に「は?」という顔をする。

「当たり前だろ? あんなもん、夏休みの数日でほぼ終わらせたに決まってんだろ。後に残してたら落ち着かねーだろが」

 三里の言葉に永久が楽しげに微笑んだ。

「……んだよ」
「いえ。アンタらしいな、と。偉そうなくせに真面目で、頭悪そうなくせに驚くほど頭、いいですよね」
「ぁあ? んだよそれ……! 俺を持ちあげてんのか地面に叩きつけてんのかどっちだよ……」

 三里が微妙な顔すると、永久はますますおかしそうに微笑み、優しいキスを三里の唇へ落としてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...