ヴェヒター

Guidepost

文字の大きさ
139 / 203
5Friday

4

しおりを挟む
 眠っている間に黄馬は懐かしい夢を見た。ずっとずっと小さい頃は、慶一も本当に黄馬に甘えてくれていた。本当に小さな頃であっても一年の差は十分あって、慶一が生まれたのを黄馬は物凄く喜んでいたらしい。家ではずっと一緒に遊んでいて、喋られるようになった慶一もよく黄馬をぎゅっとしながら「にいちゃ、しゅき」と言ってくれていた。
 そんな頃の夢を見て、黄馬は目が覚めてからも微笑んでいた。
 いつからだろうか、慶一があまり表情を見せなくなっていったのは。気づけばあまり喋らない無口で無表情な子になっていた。
 それでもずっと一緒にいた黄馬は、慶一が何も考えていないのでも喜怒哀楽に乏しくなったのでもないとはわかっていた。
 それを上手く表現できなくなっているようで、それが黄馬にとってはよくわからなかった。
 今の慶一に対しても、ここのところずっと気がかりだと黄馬は思っていた。一見変わらないが、去年くらいからちょこちょこ元気がないように思えていたのだ。
 一度直接、何かあったのか聞いては見たが、予想通りといえば予想通りだろうか。慶一は「何も」としか言ってくれなかった。元々あまり頼ってくれる子ではなかったが、ますますそれが顕著になってきている気がした。
 最近慶一はまた少し変わったような気がする。どこかへ出かけるようにもなったようだし、少し笑うようになった気がする。
 慶一が大好きな自分としては、何の役にも立てていない不甲斐ない兄過ぎて切ないが、それでも当の慶一が元気になったのなら十分だとも思えた。
 風紀で一緒になった時に「最近いいことあった?」と聞いたらまた「何も」と言われたが。
 それでもその時、あの慶一が赤くなっていたので、やはりきっといいことがあったのだろうなと黄馬は思い出し、気になりながらも微笑む。
 ベッドから出て準備をすると黄馬は伸びをした。数日前から夏休みに入ったのだが、夏休みが始まっていても風紀の仕事が完全になくなることはない。とはいえ部活と同じだし、嫌だとは思わない。
 風紀委員にスカウトされた時は正直唖然とした。一応周りが全く見えていないというわけではないので、自分がそれなりに人に好かれているほうだとはわかっているが、それと同じように自分の顔がとても普通なのもわかっている。
 別にそれが嫌だと思ったことは一度もないが、風紀委員は文武両道だけでなく容姿端麗という条件も密かにあると聞いていた。さすがに公で決まっている条件ではないが、実際今まで所属していた先輩方は皆見目のいい人ばかりだったようだ。
 風紀の仕事をしてみないかと誘ってきたのは、当時同じ一年だった現生徒会会長の宏だ。同じ一年で何言っているのだろうとポカンとしていると、そのまま風紀室へ連れてこられたのだ。そして当時の会長、その時は風紀委員の一員だとばかり思っていた三年生の前で「彼を勧めたいです」と宣言していた。
 どうやら黄馬以外にも連れてきたことが何度かあるらしく「宏は風紀の人事担当でもするつもりか」と笑われていた。それでも毎回ちゃんと対応してくれているらしく、宏の話を聞いた後、黄馬にいくつか質問してから当時の生徒会長が改めて「真江木くんさえ嫌じゃなければ是非風紀に入らないか」と言ってくれた。
 入ってから気づいた嬉しいことが二つあった。
 一つは普通では中々知り合えなかったであろう、先輩を含めた個性的な皆と友人になれたこと。一応存在が公にされていない生徒会と黄馬が所属する風紀は一緒にいることはほぼなかったため、生徒会役員とはあまり接触を持てなかったが、風紀委員の皆も個性的で面白かった。
 そしてもう一つ。ずっと片思いしていた相手、瑠生が生徒会側ではあるが所属していたということだ。
 高等部に入った頃を思い出しながら部屋を出、風紀共有スペースでお茶を淹れていると基久が「おはよう」とニコニコしながら近づいてきた。

「おはよう、由紀乃。朝から元気だね」

 黄馬もニッコリ笑い返すと「朝好きなんだよな」と言う基久にお茶の入ったカップを差し出した。

「飲む?」
「飲む飲む。黄馬見えて近づいたの、紅茶目当てだから」

 店で買い置きでもしているのか菓子パンの袋を揺らしながら、基久は嬉しげにお茶を受け取った。

「朝食なら下で食べないの?」
「え? 食うよ?」

 黄馬の問いかけに「何を当たり前な」といった表情を浮かべ基久は首を傾げる。

「ああ、そうだよね」

 黄馬はそんな基久を見ながら楽しげに笑った。
 生徒会や風紀をしていると部活はできないのだが、基久は風紀に入っていなければ間違いなく運動部で活躍していただろうと思われる。風紀委員長をしている今でも、普段から体を動かすのは大好きなようだ。だから腹も減るのだろうと黄馬は好ましく思った。

「そういえば由紀乃は旅行、今年も行かないんだね」
「あー……うん。そうだね」

 一緒に座ってお茶を飲み、基久は美味しそうにパンを食べる。その間に黄馬が旅行の話をすると、基久はなぜか少しだけ元気がないような表情になった。

「? どうかした?」
「ああいや。どうもしないな。俺の実家旅館だしさ、この時期は忙しいのもあってできるだけ帰って手伝いたいってのもあるしな」

 黄馬も基久も三年で受験を控えているが、他の生徒会、風紀の三年と同じように焦ることは何もなかった。

「そうか。お疲れ様。芳木くんと一緒に帰るの?」

 基久と、副委員長であり二年生の拓実は幼馴染で家も近い。だからずっと昔からつき合いがあると黄馬も聞いていた。
 それを少しだけ羨ましく思っていたこともある。瑠生とも考えればある意味幼馴染と言えるのかもしれない。それを言うなら初等部からこの学校にいる皆がそう言えるかもしれない。ただ、家が近所でずっと仲よかった、一緒だったという状態に憧れるのだ。

「……わからないな。声、かけてみたけど今年は帰るかどうかも決めてないって言われて」
「そっか」

 どこか、がっかりした風の基久を見て、何となくもしかしてと思ったが、黄馬は何も言わないでおく。幼馴染は幼馴染で色々あるのかもしれないなと勝手に内心思ったりした。
 しばらくすると、その拓実が部屋から出てきた。

「おはよう、芳木くん。よかったらお茶飲まない?」

 黄馬がニッコリ声をかけると、少しだけ笑みを浮かべてくる。

「ありがとうございます。でもこのまま食堂へ向かおうかと思っていて。十時からの風紀会議にはまたここへ来ます」
「そっか。いってらっしゃい。うん、あとでね」

 丁寧で淡々とした返答してくる拓実に手を上げていると、基久が立ち上がった。

「ちょ、食堂行くなら俺も! あ、黄馬、カップは後で洗うから……」
「いいよ。いってらっしゃい。芳木くん、構わず出てっちゃったよ」
「え、マジか。あーもう。わりぃ、お茶、ごちそうさま!」

 困ったような顔した後、基久がニッコリ笑いながら黄馬を見てきた。そしてその後に出ていった拓実の後を慌てて追いかける。多分追いついたところで拓実に「パン食べててまだ食堂で食べるのか」くらいは言われてそうだなと黄馬はおかしく思い、笑う。

「兄さん、どうしたんだ……?」

 するといつのまにか部屋から出ていたらしい慶一が怪訝そうに黄馬を見ていた。

「え? ああ、由紀乃がちょっとおかしくて。おはよう、慶一」
「? うん……おはよう」
「慶一はコーヒー淹れるの?」

 素っ気ないながらもちゃんと「おはよう」と返してくる弟に満面の笑みを向けながら、黄馬が聞くとコクリと頷いてくる。
 少し前に理由は知らないが、慶一は生徒会会計の睦にカートリッジタイプのコーヒーメーカーを貰ったらしい。それはカートリッジになっているコーヒー豆をセットするだけで簡単にそれなりのコーヒーが淹れられるものらしく、慶一は顔にはあまり出さなかったが、かなりそれが嬉しかったようだ。風紀共有スペースに置かれて以来、黄馬からしたら嬉しそうにコーヒーをちょくちょく一人で淹れている。
 慶一が嬉しそうなので黄馬も嬉しいことは嬉しいが、自分が淹れてあげられないのは少し寂しいなとも思っている。
 慶一がコーヒーを淹れている間に、風紀書記一年生の斗真が眠そうに目を擦りながら「おはようございます」と部屋から出てきた。まだ眠そうなぼんやりした姿であっても、斗真は本当に愛らしく見える。

「おはよう、双葉。よかったらお茶、飲む?」
「え? いいんですか? 飲みたいです! 黄馬さんの淹れてくださったお茶が飲めるなんて僕、朝から幸せです」
「……コーヒーもいる?」

 いつもは自分から話しかけることの滅多にない慶一が何の心境の変化か、嬉しそうにニコニコしている斗真に聞いてきた。

「え……! 慶一さんの淹れたコーヒーもですかっ? 何だか盆と正月が一度にきたみたいです。はい、頂きます! 両方飲みたいです!」
「え、両方だとお腹ちゃぷちゃぷになりそうじゃない?」

 飲み物ですらすぐ一杯になりそうな小柄な斗真の言葉を聞いて黄馬が苦笑しながら言うと、ぶんぶん首を振ってきた。

「とんでもない、嬉しすぎて一気に吸収しちゃうと思います!」

 それに対しても嬉しそうに言い返している斗真を、慶一が少し微妙な顔で見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...