ヴェヒター

Guidepost

文字の大きさ
162 / 203
6Saturday

7

しおりを挟む
 基本的にこちら側の生活を送っていればおのずと名前が挙がってきたり、挙がらずともそういった店に出入りするようにはなる。
 斗真と良紀はそんな話して、お互い調べられる範囲で該当する学校関係者がいないか確認させていた。特に例の店「M2」は双葉組のシマ内にあった。それに関して斗真は思いきり世話係である浩二郎に、ここぞとばかりに嫌味を言わせてもらっていた。

「生徒会のお一人に手間かけさせて気づかせさせるなんて。自分とこのシマのことも把握できてない情けない跡取りにさせるつもりか」
「申し訳ありませんでした、若。実際把握されてませんもんね、この私がしっかりせざるを得ませんでした、本当に申し訳ありません」
「……」

 浩二郎は間違いなく申し訳なさそうに謝っている。なのにこの何とも言えない感じ、と斗真は微妙な顔になる。

「……黒野は何でいちいち俺……じゃない、僕に対してそんなに失礼なんだ? 解雇されたいという遠まわしなお願いなのか?」
「とんでもない、若をこれほど大切に思っているヤツなんて私をおいて他におりませんよ?」

 店がわかった時にそんなやりとりをしていたのだが、報告を受けている今も微妙な気分にさせられていた。

「さすがにうちは非合法カジノには手を出しておりませんので、とりあえずクラブ系を中心に調べさせておりました。本来なら若にも実際その場でご確認いただくのが一番なのでしょうが、良紀さんならまだしも若ですからね。仕方ないとこちらで確認を取らせてもらっております」
「お前いちいちほんっと余計だな? 最後の箇所、言う必要あったのか?」
「私が確認を取らせていただいたことですか?」
「その前に決まってるだろ……! 若ですからねってなんだよ」

 とぼけたような浩二郎の言葉に斗真はジロリと睨みつける。どう見てもかわいらしい顔している斗真だが、本気で睨むと家の者たちも大抵は青い顔になる。だが浩二郎は淡々としたままだ。

「そのままですが。若の容姿でああいった店にいくら四代目の後継ぎといえども入られるとでも思っているんですか?」
「……お前の脳にはオブラートに包むという言葉はないのか……?」
「包んだつもりでしたが」
「……本当にいつかしめる。とりあえず続きをさっさと聞かせろ」
「はい。顧客名簿をまず――」

 浩二郎曰く、双葉組のシマでのクラブやそれよりもレベルの落ちるバー、あとは一応息がかかっている飲食店などに何度か出入りしている学校関係者は数名いた。
 これは斗真としても意外ではなかった。斗真の実家は学校からさほど離れていない上、その周辺で飲めるところと言っても限られている。そして学校関係者のほとんどは通勤者だ。
 若者も集まる街が近いのもあり、見回りがてら教師が帰りに飲食店へ寄ることも多々ある。大抵はただの飲食店に寄る程度だろうが、中にはたまにそういった飲み屋へ行くこともあるだろう。
 浩二郎が渡してきたリストに斗真は目を通す。そこに添付されている写真を見て、斗真は浩二郎から素性を聞かなくとも誰が誰かは一応わかった。風紀をやっている関係、教師の顔はさすがに把握している。

「鈴原先生に橋崎先生……こっちの一緒にいるのは岸島先生と江口先生か。そして山岸先生に……碓氷先生まで」

 自分たち風紀や生徒会顧問である碓氷の顔を見つけた時はさすがに斗真も微妙な顔になった。

「……あんなに存在感薄いのにな」
「別にこういった店に行くのに存在感は関係ないでしょう」
「そりゃまあそうだけど。お……僕らの顧問だからな」
「若」
「何」

 何か発見したことでもあるのかと、真顔になった浩二郎を斗真は見る。

「どうでもいいことかもしれませんが……」
「何だよ」
「いちいち俺というのを言い直すのやめてもらえませんか。俺でいいじゃないですか」
「……ほんっとどうでもいいな? 普段は僕と言ってるんだ、お前の前で素が出ようが統一してるほうがいいだろ」
「はぁ……。ああ、そうですね。お好きにどうぞ」

 ニッコリ微笑む浩二郎だが間違いなくその前にため息ついている。本当にいちいち癇に障る、と斗真は荒んだ笑みを浮かべ浩二郎を見た。だが黙ったままもう一度写真を見直す。
 数学教師の鈴原は普段からいつもどこか眠そうで携帯をよく弄っているイメージがあるが、写真でも女性ながらに一人でぼんやり酒の肴に携帯を弄っている。他の写真でも同じ店で飲んでいるようだ。その店の常連かと思われる。実際その場で見てはないが、普通に酒と雰囲気を楽しむためにそこにいるといった感じがした。

「その人は多分本当にそういう場が好きなんじゃないですかね。そこも静かに飲む客が多い店です。客層は男女ともに同じくらいでしょうか。ナンパ目的といった客はいなさそうです」
「女性客もそれなりにいるのか。やはり鈴原先生のように一人なのか?」
「そうですね、わりと鈴原先生のようにお一人で来られている女性客は多いです」
「ふーん」

 写真から見ても店は女性従業員のいる店ではなく従業員は男性のようだが、別に男性店員が目当てという客層ではないようだ。本当に酒やその雰囲気を楽しむタイプが多いのだろう。
 そのまま次の写真を見る。英語教師の橋崎は明るいので生徒からそこそこ人気があるのだが、斗真からすればなんとなくチャラいイメージがあった。写真での橋崎も、バーの従業員である女性と楽しげに話している様子が写っている。別の写真を見ると、橋崎は飲み屋ではなくパチンコ店で台を打っている。

「ああ。橋崎、でしたかその先生は。どうやらそれなりのギャンブル好きのようですね」
「ふーん。……借金抱えるほど?」
「多少消費者金融も利用しているようですが、まだそこまでというわけでもないみたいです」

 ギャンブルか、と斗真は一応心に留める。
 担任を受けもっている岸島と江口は何度か一緒に出かけているようだが、頻繁というほどでもないらしい。普段からわりと仲よさそうだと斗真も知っている。

「その二人は普通にたまの仕事帰りに食事したついで、って感じですかね。食事はいつもこちらの先生……江口先生ですか? のお知り合いのお店でされているようです。その後で時間があれば気軽なバーで一杯飲む程度でしょうか」
「確かに普通」

 何となくそういえば江口が生徒からもそれなりにモテていたことを思い出す。ただ、橋崎とはまた違う感じのようには思える。背の高い先生ではあるのだが、生徒たちから逆にかわいがられている気がしないでもない。
 岸島は橋崎のような軽さはないが、やはり明るい先生として親しまれていたような気がした。
 山岸は日本史を担当しているわりに色黒で腹筋すら割れてそうだけあり、運動部の顧問をしている。この学園では運動部はさほど活発でないので珍しいなと斗真は思っていた。

「その人は山岸先生、でしたっけね。わりとそういったクラブにも慣れている感じがしました」
「慣れてる、か」

 運動部、確かサッカー部だったか。その顧問をしているくらいだから活発な性格なのだろう。あと、あの学園に勤めている教師の中には元々裕福な家の者もそこそこいるのでクラブ慣れも珍しくはない。
 斗真は最後に碓氷の写真を見た。

「碓氷、先生、でしたか。その人は定期的にその店へ通っているようです」
「へえ……」

 意外過ぎてむしろぼんやり写真を見る。その店は派手さこそないものの、女性のいる店ではある。ピアノが置いてあり、演奏や歌といった演出もあるが、要は女性が酒を注ぐ系の店だ。人は見かけによらないとは言うが、と思いつつ、斗真は浩二郎を見た。

「何か気づいたことはあるのか」
「私は先生方を存じ上げないので何とも。今のところ特に際立ってこれはと思うこともありません。とりあえずお一人ずつあえて何か言うとすれば、鈴原先生は誰よりも無害そうな気はしますが、一人でやたら携帯をひたすら弄っているところはどうなんでしょうね。橋崎先生は軽い感じがしてむしろ当てはまらなそうですが、ギャンブル好きという部分が気になります。岸島先生は江口先生と来る以外は見たことがないのである意味対象外かもしれません。江口先生も我々の店へ来るのが目的というより友人の店が目的じゃないか、と。山岸先生は先生のわりに妙に慣れた様子が気になりますかね、クラブは安くないですからね。碓氷先生は若からすると珍しいのかもしれませんが、彼を知らない私からすると別に違和感はありませんでした。まあ彼も先生のわりに定期的にクラブへ来るところが違和感といえば違和感でしょうか」

 浩二郎はほぼ一息で淡々と言ってのけてきた。名前をしっかり覚えていることに今さら驚くことはないが、やはり色々と侮れないというか……と斗真は微妙な顔しながらも黙って聞いていた。

「で、若のご意見は」
「……とりあえず先入観をなるべくなくして考えたいとは思う。資料はまとめておいてくれ。生徒会で使ってもらおうと思う」
「了解しました」

 斗真は数枚の写真をまたじっと見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

従順な俺を壊して 【颯斗編】

川崎葵
BL
腕っ節の強い不良達が集まる鷹山高校でトップを張る、最強の男と謳われる火神颯斗。 無敗を貫き通す中、刺激のない毎日に嫌気がさしていた。 退屈な日常を捨て去りたい葛藤を抱えていた時、不思議と気になってしまう相手と出会う。 喧嘩が強い訳でもなく、真面目なその相手との接点はまるでない。 それでも存在が気になり、素性を知りたくなる。 初めて抱く感情に戸惑いつつ、喧嘩以外の初めての刺激に次第に心動かされ…… 最強の不良×警視総監の息子 初めての恋心に戸惑い、止まらなくなる不良の恋愛譚。 本編【従順な俺を壊して】の颯斗(攻)視点になります。 本編の裏側になるので、本編を知らなくても話は分かるように書いているつもりですが、話が交差する部分は省略したりしてます。 本編を知っていた方が楽しめるとは思いますので、長編に抵抗がない方は是非本編も……

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

処理中です...