ヴェヒター

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6Saturday

13

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 朝から三里は永久とハワイにある酒造会社に顔を出していた。
 日本酒はハワイでも歴史がある。最初にハワイに日本酒をもたらしたのは日系移民だ。そこから酒造が創設され、欠かせないものとなっていった。
 ジョイ・オブ・サケという全米日本酒歓評会の主催地でもある。残念ながらもう終わっているが、どのみち三里は未成年なので行けないが、父親は出向いたことある。
 今回はハワイへ行くと三里が父親に言うと「時間があれば挨拶しておくといい」と言われていた。
 永久についてきてもらい、挨拶を済ませると三里は「ついてきてくれてありがとうな」とニコニコ笑いかける。

「これくらい構いません。ではどうしましょうか。戻ります? それともぶらぶらしますか」
「えっと……んじゃどっかぶらぶらしながら帰る」

 今度はムッとしたような顔で言ってくる三里を、永久はおもしろく思いながら「わかりました」と頷く。三里としてはムッとしたつもりではなく、ゆっくりデートのようにぶらぶらとするのがとてつもなく嬉しいのだが、諸手を挙げて喜ぶのが何となく恥ずかしいし悔しい気もして、おまけにデートだと喜ぶ自分が女みたいな気までして、どうにも複雑になっていた。それを正直に伝えるのも馬鹿ばかしいと思うのだが、永久を見るとどうにも考えが全部ばれていそうな気がして微妙になる。

「……お前、何か楽しんでる?」
「気のせいです」

 普段冷たい表情をこれでもかと見せてくる永久がニッコリ笑いながら返してきたので、やはりばれているのだろうなと三里はそっと顔をそらしつつ思う。

「何ですか?」
「何でもねーよ。……なぁ、ぶらぶらっつっても、どこ行く?」
「何も考えず歩くのもまたよくないですか」

 静かに笑いかけながら、永久が手を差し出してきた。三里はその手をじっと見た後、きょろきょろ周りに顔を向け、またその手を見る。

「何してるんです?」
「え、いや、あの、その手、何だよ……」
「何って、三里さんと繋ごうかなと」
「え」
「嫌でしたら結構で――」

 言いかけながらひっこめようとした永久の手を、三里は慌ててつかんだ。

「嫌じゃねえよ!」

 言った後、顔が熱くなるのがわかった。だがもう永久がニコニコしてこようが何でもいいやと開き直り、三里はぎゅっと永久の手を握ったまま歩きだした。夕食までまだ時間があるし、ゆっくり帰ろうとそして思っていた。
 だんだん日が傾いてきた頃には、宏と千鶴は広間で寛いでいた。それに気づいても、他の皆も同じく何となく集まってきたのは同じなので特に何も言わない。誰かが用意したお茶と菓子を堪能しながら、相変わらず銘々は同じスペースでありながら好きに過ごしていた。
 黄馬の側でゆったりお茶を飲んでいた瑠生は、だがふと立ち上がると黄馬に軽くキスをした後「お前の弟と喋ってきていい?」と聞いてきた。

「? うん。いってらっしゃい」

 黄馬は首を傾げた後ニッコリ微笑む。瑠生はもう一度キスをした後、その場から離れて行った。もちろん目の前でキスする二人は今さら珍しくとも何ともないので、誰も気にしていない。
 慶一は目が覚めた瞬間、自分がどこにいるのかわからなくてぼんやりしていた。だが直ぐに思い出し、その上なぜ自分が眠っていたのかも一気に脳を過り、一人で赤くなっていた。
 体は知らない内に綺麗になっていて、ありがたいとは思うがやはり恥ずかしいし微妙な気持ちになる。落ちていて完全に無防備な自分の体を青葉がどんな顔をして綺麗にしてくれたのだろうと実際微妙な顔して、フラフラ服を着ながら思った。
 部屋を出ると、とりあえず階下へ向かった。広間に皆集まっているようだが寝起きだし、今青葉を見たら変な顔をしそうだと思い、そっと一瞬だけ覗いた後、テラスの方へ向かった。
 やたら広い庭に面しているそこは、少し遠くにプライベートビーチも見えていた。丁度太陽が落ちていくところで、慶一はその壮大な光景に感嘆しながら、ここで働いているらしい人がわざわざ持ってきてくれた飲み物をありがたく頂きつつ、庭に向いているゆったりしたロッキングチェアに座った。

「綺麗だよね」

 だが頭上から声がしてハッと体を起こす。見上げれば瑠生がいた。一瞬微妙な顔したものの、慶一は「はい」とだけ答えまた座り直す。すると瑠生が横にある同じ椅子に座ってきた。慶一は思わずギョッとなり、瑠生を見る。

「何?」
「……いえ。というかそれは俺が言うことです。……何か用ですか?」
「んー。……君は俺のこと、嫌い?」
「……は?」

 唐突に何言い出すのかと、慶一は再度瑠生を見直すも、瑠生は隣に座ったものの遠くの落ちていく太陽を見つめたままだ。黙っていると諦めるのかと思ったが、瑠生は動かない。小さくため息ついてから、慶一は口を開いた。

「三澄さん自体を特に嫌っているわけではないです」
「まわりくどいな。黄馬とつき合っているから嫌いってこと?」

 瑠生の言葉にまた黙るが、やはり瑠生はそのままだ。慶一が答えるまでは動かないといった様子に、一瞬自分がここから立ち去ろうかと思った。だがあまりにも大人げないなと考え直す。

「……それに近いです。正直俺からしたら三澄さんは何考えているかわからないですし。……まぁ俺が言うなって感じでしょうけど」
「そう。でも俺、黄馬と別れることないよ? それでも君はずっと俺を避けたまま? 面倒くさくない?」
「……面倒とかいう問題ですか……」
「そういう問題だよ。俺も別に黄馬がいればそれで十分だけど、黄馬の側にはある意味一生君がいるだろ? 兄弟だものね。だったら仲よくしたほうが俺も君も面倒じゃないし、何より黄馬が喜ぶよね?」

 瑠生はそこでようやく慶一を見てニッコリ笑ってきた。その笑顔はどうみても爽やかなお兄さんといった風だ。

「……胡散臭い」

 だが思わず慶一はぼそりと呟いてから口を押さえる。

「ふふ」

 それに対し瑠生は笑ってくるだけだったので、またため息ついてから座りなおした。

「三澄さんの言っていることはわかります。正直別れたらいいのに、とも思います。でも俺も別に兄さんを悲しませたいんじゃない。むしろ幸せになって欲しい。できれば別の人とですが、それが無理なのだとしたら仕方ない、とも思っています」

 普段無口な分、これだけ言うのも疲れる。いや、相手が相手だから疲れているのかもしれない、と慶一は思いなおした。とはいえ疲れる半面、思っていることを言ったのはどこかすっきりもする。

「俺の何が嫌い?」
「……胡散臭いところでしょうか。あと俺の兄さんに対してどこか……」

 まともじゃない、と言いかけてさすがにそれは言い過ぎか、と口を閉ざす。

「まともじゃない?」

 だが本人に言われ、微妙な顔しつつもコクリと頷いた。

「ごめんね、それは俺も自分でわかってるけど、黄馬が本当に好きなんだ。それは間違いないから、君の兄さんを傷つけることや泣かせることはしないよ。そこは信じて欲しいな」

 またはっきり言われると、慶一としても頷くくらいしかできない。実際つき合っているのは黄馬なのだ。最終的に自分は何も言えないくらい、わかっている。

「……大切な兄さんなんで……本当に大事にしてください」
「うん、ありがとう。それはもちろん」

 瑠生がまたニッコリ微笑む。他からみたら本当に素敵な笑顔なのだろうとは慶一も思うが、やはり自分としては胡散臭さしか感じなかった。

「胡散臭い?」

 今度は瑠生のほうから聞いてきた。

「……そうですね」
「でも俺はこんなだし、案外自分を隠してるわけでもないよ」
「……そうかもしれませんね」
「流河のほうがわかりにくいでしょ」

 瑠生の口から流河の名前が出て、慶一は一瞬だけピクリと反応した。

「……弟が君に何したのか、あいつが言ったんじゃないからはっきりと知らないけど……何となくはわかる。……ごめんね? でもあいつはあれでも不器用なんだ。まあ、だからといって何してもいいというわけじゃないけどね。まだ怒ってる? 憎んでる?」
「……いい思い出ではありませんが、今はもう……気にしてません」

 完全に気にしていないわけではない。それでも慶一は自分のため、青葉のため、そして流河のためにも気にしないようにしている。記憶はちゃんと上書きされていくものだと思っているし、そうでありたいとも思っていた。
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