ヴェヒター

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6Saturday

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「ろくでもねぇ夢見た……」

 夕食前に起きてきた三里は食事中、ぼんやりしつつ微妙な顔しながら、ようやく我に返ったようにボソリと呟いていた。

「どんな夢なんです?」
「犬とかマジ……っぁあ?」

 隣にいた永久が聞くと、ぼんやりしたまま答えかけた三里はハッとしたように永久を見てくる。そして見る見る内に赤くなりながらますます微妙な顔になった。

「い、いや……普通」
「は?」

 ろくでもないと言っていたにも関わらず普通だと顔を逸らしながら言う三里の夢は、恐らく本当にろくでもなかったのだろうなと永久は思う。自分を見た後の反応だけに、自分の夢なのだろうかと思いつつ「ろくでもない」との形容詞がついているだけに、永久としても何とも微妙だなとそっと苦笑した。

「そーんな三里ちゃんに朗報! もっとナイトメアな現象をこれから君に!」
「しかもリアルに体験!」

 すでに食べ終えた睦と青葉がやってきて三里に抱きつきながら言ってくる。

「ああ? 待て、何が朗報なんだよクソ、ナイトメアって悪夢だろうが……! リアルに体験ってなんだよ! ……っ、肝試しかよ……」
「さすが三里ちゃん、突っ込みからの見事な察し!」
「かわいーねえ」
「るせぇ、離せ……!」

 永久の隣で繰り広げられるそういったやりとりを、永久はむしろ密かに楽しく思い見ていた。無表情とはいえ少々顔か態度に出ているのか、睦と青葉も永久に遠慮せず抱きつきからかっている。

 ……この二人にからかわれている三里さんは確かに不憫だけど、俺は本当に嫌じゃない。

 ムッとしながら何とか二人を引き剥がそうとしている三里を見ながら永久は思う。明らかに自分が大切だと思っている相手に抱きついているというのに、どうにも不快感も嫉妬もない。
 対して斗真が三里をからかう時は抱きつくどころか、もし触れてもせいぜい頬などの一部だ。だというのになぜ斗真に対してはとても気になるのだろうと永久も食事を終えて片づいたテーブルの上に頬杖つきながら思った。

「おい永久! てめぇ俺の真横にいてこの状態に、頬杖でスルーかよどういうことだよ!」

 三里の噛みつくような声にだが我に返り、「ああ、すみません」と少し微笑みながら三里を見る。

「楽しそうだなと思って」
「それ! またお前やこいつらがだろ……! 俺そこのどこにも含まれてねぇだろ……!」
「ふふ」

 食後しばらくゆっくりした後、とうとう肝試しが実施されることになった。三里は内心いても立ってもいられないという思いで一杯だったが、何でもない風を装い「な、何人かで行くんだろ?」と誰ともなしに聞く。何でもない風をいくら装っても、ここにいる全員に「霊の類は怖い」と今ではバレているのだが、本人だけはなぜかバレていると思っていないようだ。

「三里ちゃん、残念ながらお一人ずつです」

 良紀がニッコリ伝えると、顔を強張らせつつ口元だけ何とか笑みを浮かべようとし、むしろ引きつっている。

「そ、そっすか」
「三里ちゃんにじゃあ特別……」

 特別、と言いかけた良紀へ、三里は目をキラキラさせ見返してくる。

「どの順番で行くか選ばせてあげますね」
「いらねえ……!」

 だが良紀の続きを聞いた途端電光石火の素早さで吐き捨てるように言い放っている。そしてハッとなり「い、いや今の間違いっす」と手を振ってきた。

「えっと、真ん中! 真ん中がいいっす。ほら、だって先に行きたい人とか最後が好きな人っていそーだし、俺は別に何でもいーんで、真ん中」
「……うん、そうですね」

 ニッコリした良紀の笑顔がどことなく固まっているように見えるが、実際固まっている。そうでもしないと笑ってしまうかニヤニヤしてしまうか吹き出してしまうかだからだ。
 後の四人はジャンケンで勝ったものから順番に、一番二番と決めていく。

「んじゃ俺ら、準備とかもあるんで!」

 青葉たちが楽しげで明るい様子で言いながら、この場から立ち去っていくのを三里はどこか恨めしげに見ていた。内心で「驚かす役のがいいんじゃ」と思ってみる。どうやら自分以外は希望を募っていたらしい。それを聞いた時とりあえず「ずるい」と思ったし、今も向こうの役のほうがいいのではと思ったが、ただ驚かすにしても例の地下に潜んだりしなければならないような気がして、そっちのほうが嫌かもしれないと思いなおした。
 手にもつキャンドルを三里はじっと見る。ゆらゆら炎がゆれているように見えるが、これはLEDだ。さすがに本物の火を使い放置するのは危険だろうと用意されたものだが、キャンドルの部分は本物のロウでできている。そこから仄かにアロマのいい香りが漂っている。その香りはとても清々しい。

 ……清々しいのに……!

 三里は内心舌打ちした。
 最初に向かったのは黄馬だった。この明るい広間からキャンドルだけを手に、暗くしてある屋敷内を歩いてまず階段を降りる。そして書斎を目指す。キャンドルを置いたら代わりの明かりとしてそこに置いてある懐中電灯を持ち、ダイニングへ向かう。
 三里はここに来てから一度も地下へ降りたことない。初日に「女性が歩く」などろくでもない話を聞いたのだ。立ち入れるわけなかった。
 しかし永久に付き合ってもらい、一度くらいは歩いておけばよかったと今心底後悔していた。地下がどうなっているのか全くわからない。それだというのにこんな小さな火、ではなくLEDの灯りだけで歩くなど、どう考えても無理だろと三里はとてつもなく微妙な顔で思った。
 歩く女性のことは今一切頭から追い出している。何も考えないようにしている。
 だが結局他のことを考えようにも、先ほどから地下は嫌だの、何で屋敷を全体的に暗くするのかだの、そんなことばかり考えがいくので全く気は紛れない。

「じゃあ行ってくるね」

 ニコニコしながら広間を出ていく黄馬はしかし、全くもって余裕というかいつもと変わらなさ過ぎて三里は微妙になる。

「……お、い。黄馬先輩ってすげぇ柔らかそーでビビりそうなのにあれ、怖くねーのか……?」

 思わず普段なら同じ見回りグループでありながらも滅多に話しかけることない慶一に聞いていた。

「……柔らかそう、はやめろ……。ああ、兄さんはああいうの全然平気だな……」

 慶一は無表情そうな顔を少しだけ嫌そうにした後、呟くように言ってきた。

「多分今も昼間沢山の人がいる場所を歩いているのと変わらない感覚で地下へ降りてるだろうし、どんな仕掛けにあってもそれを他人事くらいの感覚で楽しそうに見ていると思う」
「……お前の兄貴ある意味大丈夫か?」
「……俺の天……兄さんに対して失礼なこと言うな。ちょっと母のお腹に『怖がる』という感情を置き忘れてきただけだし『悲しい』とか『痛い』とか心の機微くらい人並み以上に備わってる」
「ぉ、おう。わ、悪かった、な……。……ていうかお前無口なくせに兄貴に対してだと妙に喋るのな」
「……」

 三里が微妙な顔して言うと、慶一は少しだけムッとしたように顔を逸らす。だが耳が少し赤くて三里はさらにポカンとなった。
 こんな感じのヤツとは思ってなかったな。
 そう思ったが、やはり同じ見回りグループの永久のこともわかっていなかったことを改めて思い出す。
 戸惑いつつも、なまじ見た目が美形である男子の密かな恥じらいに、少しドキドキしている自分に気づき、三里はその自分にドン引きしていた。そしていつもなら会話に入ってくるであろう斗真がただニコニコこちらを見ているだけである事実に対し密かに怯える。
 しばらくするとSNSで「次どうぞ」と簡素なメッセージが皆に届く。その感情の籠っていない一言に、三里はまた怖さを思いだした。
 今までここにいてひたすら無言でぼんやりクッションを抱えていた千鶴が無言で立ち上がる。

「千鶴さん、大丈夫っすか?」

 怖さを思い出しつつも広間を出ようとした千鶴に気づき、三里が声をかける。千鶴は振り返り少しの間の後にコクリと頷いてきた。その様子はどこか儚げにさえ見え、色々一杯一杯な三里ですら心配になる。
 とはいえ千鶴は相変わらず無表情なまま、戸惑うことなく部屋を出ていった。

「……趣旨、ちゃんと把握、してるんだ……」

 それを見送っていた慶一がぼそりと呟いていた。言わんとしていることが激しくわかるため、三里は一瞬怖いことも忘れ笑いそうになった。頭はいいのは間違いないのだが、千鶴を見ていると本当に色々と大丈夫なのだろうかと思ってしまうのだ。
 今回の遊びも意味を把握しないままぼんやりしているのかと思っていたら、予想に反してちゃんと驚かされ役として広間を出ていった。
 そう、広間を出ていった。

「……地下へ向かって書斎にある例の絵画の下にキャンドルを置いてくるって、わかってる、かな……」

 広間を出ていったのを見届けただけであることを三人とも一斉に気付いたところで再度慶一が呟いていた。
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