ヴェヒター

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6Saturday

22

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「裏で見ていてハラハラしました」
「……じゃあ何ですぐ来ねーんだよ……」

 ダイニングの片隅で毛布にくるまり暖かいコーヒーを飲んでいる三里は、ジロリと側にいる永久を睨んだ。

「だって肝試しですし」

 静かに微笑んでくる永久をますます睨んだ後、三里は黙ったまま微妙な顔をした。

「怖かったですか?」
「は? こ、怖くねぇよ何言ってんだよ! びっくりしただけだ」
「そうですか。じゃあ楽しめましたか? そういえば千鶴さんと仲よく手まで繋いでましたね」

 笑みを浮かべたまま言ってくるが、最後の言い方に少しとげがある。

「……あれはだって千鶴さん大丈夫かなって……」
「抱き合ったりもしてましたよね」
「……別に抱き合ってねー。ぽ、ポンポンってされただけだ」
「ぽんぽん、ですか」
「……ぅ」

 一瞬どこか怖いような永久だったが、三里が言う「ポンポン」を聞くと今度はからかうように繰り返してきた。
 確かに普通そんなことをしたりされるはずない。怖がっていたとバレたくない三里は、微妙な顔してただ黙りこんだ。
 永久はまさかのヤキモチを妬いていた。千鶴相手に妬くとは思いもしなかったが、むしろ意外すぎて落ち着かなかったのかもしれないと永久は思う。
 まさか千鶴が三里と手を繋いだり抱きしめ背中をあやすなど、誰が予想するというのだ。その度、座っていた椅子から思わず立ち上がり大きな音を立ててしまい、周りから「しーっ」と言われていた。
 斗真に対しどこか落ち着かない気持ちを抱いていることといい、自分の意外とも言える反応に永久は内心戸惑いつつ苦笑する。

「……とりあえず、お疲れ様でした」

 三里に笑いかけると、永久はその頭をそっと撫でた。
 その頃斗真が地下へ向かっていた。三里があれほど警戒した一階のフロアも「月、おぼろげだな」と外を窺うくらいで何とも思わない。階段に差し掛かると突然仄かな明かりが灯され、それと共に階段の隅で何体もの西洋人形がまるでこちらをじっと見ているかのように佇んでいるのに気づいた。

「……誰の人形なんだろう」

 むしろそこが気になった。だが確か宏には小さな妹がいたはずだと思い出す。
 人形たちはその妹のものだろうか。こんな暗がりで見るからか、人形にあまり愛らしさが感じられないので小さな女の子のもとだとも思えないが、宏のものでもなおさらないだろう。
 階段を降りながら人形を眺めていた斗真が階下へ着くと、そのまま躊躇することなく書斎へ向かった。途中で何やら足音だけが響いてきたりゆらゆら影のようなものが蠢いてきたりしたが、残念ながら微々たる恐怖すら感じなかった。

 ……黒野に小さい頃の失態を指摘されるほうがある意味恐怖だよな。

 それでも思ってたより趣向が凝らされていて、即席のわりに下手なお化け屋敷よりもレベルが高いかもしれないと斗真は楽しく思う。
 家の仕事関係というかついでだろうか、小さい頃から街の夜店などを、浩二郎や他の世話係と回ることも多かった。なのでお化け屋敷といった類もいくつか入ったことあるが、やはり本格的なものと違いお祭りでのお化け屋敷は子どもだった斗真でも全く怖くなかったのを覚えている。
 難なく書斎へ入り、キャンドルを所定の場所に置こうと近づくと、絵画からまるで何やら飛び出したように見えた。プロジェクターか何かを使った演出だろうと思われるが、やり方が上手いなと斗真はニコニコしながら感心する。
 こういった演出が得意そうなのは睦や青葉だろうか。親の仕事柄かデザイン系というイメージがある二人なら、宏の屋敷にあるもので上手く考えてきそうだ。
 懐中電灯を持つと斗真は廊下へ出た。すると向かう側に誰かがいる。
スモークでも焚かれているのか、霧のかかったようなそこを歩こうとすると、それはゆらりと動き出す。西洋ドレスを着たそれは、不自然な様子でゆらゆら揺れたかと思うと、変なバランスでこちらへゆっくり近づいてきた。
 違和感しかなさそうな様子だが、斗真はすぐわかった。

 瑠生さんだ。

 ゆっくりながらこちらへ向かってくるというのにこちらを向いていないため、顔がわからない。だがあんな不安定そうな絶妙なバランスをとりながら歩けるのは、それだけ体を鍛えているからだろう。体幹が鍛えられ、体軸のバランスがとてもいいのだろうと思われた。生徒会や風紀の面々は皆運動能力が高いが、格闘技を習い鍛えているのは瑠生と黄馬だ。

 ……にしてもあの瑠生さんがドレス……?

 基本的にはとても優しくて温厚そうなお兄さんといった瑠生だが、ドレスをニコニコ気軽に着てくれるほど温厚ではない。それだけ肝試しに力を入れていたのかなと斗真は考えてみるが、黄馬のため以外に瑠生が力を入れるとも思えない。

 まぁ、多分十中八九は宏さんに言われて仕方なくなんだろうな。

 瑠生は宏をかなり尊敬しているのか、同級生だというのにずっと敬語だ。三年間近くにいるのでとても親しげではあるのだが、未だに敬語で話している。そして頼まれると弱いようだ。
 怪しげなドレスの人物はある程度こちらへ向かってきたところで動かなくなった。
どうするのだろうと思っていると霧のようなものが濃厚になる。いくら冷静に色々考えられていても、視界はどうすることもできない。見えない間に消えるのかなと思っていたら、突然目の前に生気のない女性の顔が現れた。

「……っ?」

 それはすぐに消えたが、さすがに斗真もびっくりした。そして思わず笑みを浮かべる。
 霧のようなものが晴れるとそのまま歩き、ダイニングへ向かった。

「すっごくおもしろかったです!」

 キラキラした目で伝えると、宏が「それはよかった」と微笑んできた。側では千鶴が鉛筆を弄っている。睦や青葉も「だろ?」と楽しげだ。

「でもお前マジビビらねーんだもん。黄馬先輩よりはマシだったけどさー」

 睦が言ってきた言葉に斗真が「マシ?」と首を傾げると、青葉が楽しげにその後を続けてくる。

「お前もさすがに最後のはびっくりしてただろ。ビビりはしてなかったんが残念だけど。でも黄馬先輩、最後のすら驚かなくて『へえ』とか感心してるだけなんだからあの人やべぇ」
「そうなんですね。三里さんはいかがでした?」
「三里ちゃんはハマりすぎー。俺らでも心配になったくらい。最後までは無理だったんだよねー。三里ちゃんマジビビり過ぎてたし、とわが気づけば駆けつけてたしねー」

 睦が楽しげに言ってくるが、恐らく三里は本気で心底怖がっていたのだろうなと伝わった。

「あ、んじゃ次慶一くんだよね! ねーねー、慶一くん終わったら俺速攻二人きりになっていい?」

 何考えているか明確ではないが、どう考えてもろくでもなさそうだと全員が思う。が、黄馬以外は「バカップル好きにすれば」くらいにしか思っていない。ただバカップルなのはほぼ青葉だけであるので、慶一は本当にお疲れ様だなと斗真は内心苦笑した。
 黄馬がここにいたら何か言ったかもしれないが、その黄馬は別室で待機している瑠生と一緒にいるようだ。

「じゃあそろそろ彼に連絡入れてくださいね」

 ライトやプロジェクターなどの操作は主に良紀がしているようだ。少し離れたところから声が聞こえてきた。斗真はそこへ向かおうとして、部屋の片隅にいる永久と三里に近づく。

「三里さんお疲れ様でした! 大丈夫ですか?」

 にこやかに声かけると、毛布にくるまっている三里の手がそこから少し出て永久の服をぎゅっと持った。普段あれほど偉そうというか好き勝手な喋り方している人物とは思えない様子に、斗真はついまた嗜虐心がざわめく。まだ怖かった気持ちが抜けていないのもあるが、その上、警戒している斗真に声をかけられての反応だろうと思ったため、むしろますます近づいた。

「顔色、まだ少し悪そうですね」

 そう言って顔を近づけると、三里から変な呼吸が聞こえてきたと同時に「双葉」と注意を促すような永久の声がした。
 斗真は永久に対しニッコリ微笑むと、黙って離れる。そしてそのまま良紀の元へ向かった。
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