王子とチェネレントラ

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43話

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 朝目覚めた後、隼はぼんやりと昨日氷聖に会った時にした会話を思い出していた。

「狼くんが過ったりした?」
「隼くんは駄目なの?」

 駄目というか……。

 隼はそっとため息つく。そもそも男同士というのは建設的でないのではないだろうかと思う。別に他の人がどんな性を好もうが構わない、というか気にならない。最初の頃に学校で同性同士の恋愛も多いと雅也に聞いた時は正直驚きはしたが、別にそれが不快だと思ったことはない。だが自分のこととなるとそういうわけにはいかない。

 ……いや……。

 違う。そもそも隼は勉強以外にあまり関心なかった。だからそういうわけにいかないというのは少し違う。

 ……何だろう、何かの言い訳にしているのだろうか。

「学校は勉強するだけの場所じゃない、か……」

 以前凪に言われたことがまた頭を過る。そういえばこの間、母親にも言われたような気がする。
 隼はベッドから起きあがると、眼鏡をかけてから部屋を出た。部屋にいるだけの時はこうしてよく眼鏡で過ごしている。先輩たちがそんな姿を見たら色々煩いだろうが、雅也は何も言わない。
 少し首を傾げてじっとドアを見た後、隼は雅也の部屋のドアをそっと開けた。まだ朝も早い時間だからだろう、雅也は目を覚ますことなくぐっすりと眠っている。その寝顔を見て隼は少し微笑んだ。
 この間雅也がベッドを何故か濡らしてしまった時に一緒に眠ったのだが、朝起きて隼の額に額がくっつくようにして眠っている雅也に気づくと、何とも言えない気持ちになって微笑んだ。そして雅也の頭をそっと撫でたのを思い出す。見た目はどうみてもいかついのに寝顔は性格が出るのだろうか、今もとても静かでいてむしろかわいらしい。

「ねえ、そんな隼くんは誰か好きな人、いる?」

 氷聖の言葉が浮かぶ。

 ……好き?

 好きとは、結局のところどういう感情なのだろう。以前つき合っていた彼女のことは好きだった。だが別れようと言われても別に悲しくなかった。お互いの事情など優先するなら仕方ないなと思えたし、友人として今後もつき合っていけると思ったから平気だった。
 ひたすらマイペースで強引な凪たちは迷惑でしかないと思っていたが、気づけば隼の中にとても入り込んできている。
 彼らに持つ感情は、好き、になるのだろうか?
 偉そうにしながらもまっすぐで本当はとても頼れる凪。
 適当で軽いが色んなことを見ていて案外色々考えてくれる氷聖。
 明らかに腹に何か抱えていながらもとても尊敬できる和颯。
 日々下手すれば鬱陶しいほど絡んでくる彼らが「興味なくなった」と隼から離れていけば、今は寂しいと思うようになっているだろうか。

 ……少し寂しいかもしれない。

 だが好きという恋愛感情とは違う。
 そして雅也。雅也も凪たちと同じようにマイペースなところもあるし最初はやはり強引で迷惑だと少し思っていた。
 だが知れば知るほど大きな犬のようでとてもかわいいなと思うようになっている。言い方は悪いが餌を与えている気分だったりする。まだ雅也が彼女とつき合っていた頃も、夜になるとどこからか餌をもらいに帰って来て自分の定位置に着くところが本当に犬みたいだった。
 ずっと犬を飼ってみたいなと思っていたし、と隼はベッドへ近づいた。
 もし今懐いてくれている雅也がやはり「興味なくなった」と隼から離れていったら寂しいだろうか。

 ……。

「……ん……ぁあ、ああ? な、な、なん、何で、何で、こ、ここに、な、なるがいやがんだよ……っ」

 ジッと見ていたら気配でも感じたのだろうか、不意に雅也が目を覚ました。一瞬ぼんやりした顔の後で覚醒したのか、途端に真っ赤になって飛び退った。

「て、ていうか、な、何かあったのか? 何でそんな泣きそうな顔してんだよ、どうしたんだよ!」

 だが隼の顔を見るとまだ赤い顔色のまま心配そうにまた近寄ってきた。

「……え? 俺そんな顔してた?」

 言われて隼が首を傾げると、雅也がいつものようにジロリと睨んでくる。

「してた! そんな眼鏡かけててもわかるんだからな! 何だよ、何かあったんじゃねえのか? つか何時だよ……まだ早ぇだろ……ほんと何かあったんかよ」

 隼をジロリと睨んだ後、ベッドに置いてある時計を見た雅也がため息ついて横になった。

「……あーそうだね、まだ時間早いよな。……もっかい寝る」
「? おお」

 怪訝そうな表情の雅也を軽く押しながら、隼はベッドに乗り上げ眼鏡を外した。

「もちょっと詰めて。ここで寝る」
「……っは?」

 ここでと隼が言った途端、雅也が焦ったようになりまた真っ赤な顔色で隼を見てきた。隼は構わず入り込むと、同じように向き合ったまま横たわる。

 ……うん、落ち着く。

 それに雅也の反応は面白いしかわいい。そして本当はとても優しくて雅也は色々気にかけてくれる。最初は名前すら覚える気がなかったようだけども。
 ニコニコ頭を撫でたくなる。

 ……それ以上もしたくなるだろうか? キスくらいだとあまり何とも思わないからなあ、それ以上。もしなるのなら、俺はもしかしたら……。

 氷聖が暗に示してきたように雅也が好きなのかもしれない、と思った。ペットとして好ましく思っているだけでなく。
 とはいえそれは隼の勝手な気持ちだ。雅也は前に男同士に興味ないと言っていた。だとしたら雅也に対してどういう風に思っているかなど、突き詰める必要ないように思える。

 このままでいい。

 隼は目を瞑った。

「……あ、あのさ……あんまそば、来んな」

 だが雅也の声を聞いてまた目を開ける。そして赤い顔色だが確かに困った表情を浮かべている雅也を見た。

「どうして」
「ど、どうしても!」
「何で。雅也、俺を友だちだって言ってくれたのに、そうじゃなくなったとか?」
「は? な、に言ってんだよ! そ、そもそもダチ同士で一緒にくっついて寝ねぇだろ!」

 ……そういえばそうかもしれない。

 自分はやっぱりそういう風に雅也を見ているのだろうかと隼は怪訝に思う。この間一緒に眠ったのもあり、今も全然違和感なかった。

「そうだね。ここで寝るの迷惑だった?」
「め、迷惑じゃねえよ!」

 淡々と言い、起きあがろうと思った隼は雅也の声に少し驚いた。それくらい何故か雅也が必死な感じがした。

「どうしたの」
「何だよ、お前のがどうしたんだよ! クソ。何でいきなり俺の部屋来んだよ。つか何なんだよ、クソ」

 今まででもしかしたら一番赤いかもしれないと隼は唖然として雅也を見た。そして近寄り頭を撫でようとする。

「だからあんま来んな! マジ来るなよマジ、もう、クソ……」

 雅也の様子に戸惑って視線を移すと、雅也の下腹部が見えた。そしてああ、と思う。

「悪い。でもその、自然現象だし俺は別に気に……」

 朝起きた時に勃つくらい誰でもあると隼が言いかけると「違ぇよ!」と雅也は顔を覆った。

「お前が! 目が覚めたらお前いるから……、そんでそんな近くに来るから……」
「……俺? 何でまた」

 隼が怪訝そうに見ると雅也は顔を覆ったまま舌打ちをした。

「……クソ……! 俺……俺、なるが……好きだ」
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