詩集『刺繡』

新帯 繭

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黴た感情論の中で

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世の中は科学的根拠で動いている
科学はこれっぽっちも分からないくせに
社会は科学で満たされようとしている
まるで無機質な化学物質に覆われたように
人々は確かな根拠の中でしか生きられない

感情は黴の生えたパンのようなものだ
ただ一つの塊が少しずつ浸食していく
世界を動かしているのは政治家ではない
SNSによる偏った世論の電子音に過ぎない
私情という名の感情を否定しておきながら
自らの屁理屈を感情に任せて解き放っている
それは立派な感情論の端くれという事実
それすら気付けない程に世界は感情に侵される

コントロールの利かない脳の働きによって
少しずつ世界は養分を吸い取られていく
それは時に腐敗や異臭すら放つようになる
その部分を大きく削いで取り除いたとしても
時既に遅く毒気付いて口にするとお腹を壊す
きっと感情は社会にとって邪魔なものだ
放っておけば勝手に物を使えなくしてしまう
浸食された其れは廃棄されるしかないのだ

それでも黴は必要不可欠なものだ
チーズを作ったり肉を熟成させたり
ゴミを分解して浄化して土に帰してくれる
失われれば今回から崩壊してしまう要素なのだ

ときに年寄りは感情論で話をする
忙しい無機物の若者には理解ができない
そこより若くなると途端に有機的になる
寧ろバイオを通り越して生もののようだ
感情という黴を用いなければ加工すらできない
熟成が利かずに腐って自壊して消滅してしまう
その自覚すら持ち合わせていない

感情とは人間に付いた黴である
それは私たちを侵し喰らい尽くす
それでも操作すれば美しい加工品を作り出す
自分たちの傷んだところを浄化してくれる
死にそうな心すら養分に有効活用してくれる
そして自分も成長できる正に共生体だ
私たちは無数の黴と生きている
感情は一属一種の希少な黴で未来の懸け橋
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