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第一幕 アンドロギュヌスの鍵
七
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くで一定のリズムを刻む音を聞き、深いまどろみから少年は意識を覚醒させた。
海の香りを濃く含んだ風が頬を撫でる。
(……温かい?)
それが少年にとって不思議だった。
(温かくて、柔らかい?)
ぼんやりと目を覚ますと、自分が誰かを敷いている事に気付いた。
(ああ、だから鼓動が聞こえたのか……)
手を支えて、身体を起こし……ギョッとする。
少年は服を纏っていなかった。
しかも、見慣れた両性具有のものでない、普通の男性体だったのだ。
「……どうして?」
自分自身の身体をじっくり点検して、困惑のために声が揺れる。
「私に何があったというのだ? 大体なんで、生きている! 死んだはずなのに……」
衝撃に震える腕を抱きしめたまま、自分の側にあった鼓動の持ち主を見下ろす。
そこには、少年と酷似した少女が居た。
やはり裸体を晒していたが、少年はそこである事に気付く。
常に感じていた、少年の中の《もう一つの自分》。それが内側に感じられない。目の前の少女の中にあろうことか感じるのだ。
少年は、裸体の少女に触れる事に対して躊躇ったが、決意して肩に手を当てて軽く揺すった。
そして、奇妙な気分のまま自分自身の名前を少女に呼びかける。
「……シュレーン?」
呼ばれて少女は僅かに瞼を震わせると、夢見るような眼差しで、目を開いた。
小さな形良い唇が、驚きの表情のまま少年を呼ぶ。
鈴の音の様な澄んだ声だった。
「…………シュレーン」
互いを呼び合い、そうして我に返る。
「シュレーンっ! スタンお姉ちゃんはっ」
男女二人に別れたシュレーンは、慌てて起き上がるとその姿を探した。必死に捜し回って……瓦礫と化した塔の横に、目的のものを見つけた時、衝撃のあまりその場に座り込む。
「……嘘……でしょう?」
二人のシュレーンが探す少女が、そこに倒れていた。
触れるのが怖い様な危うい手つきで、少女になった方のシュレーンは、スタンの頬に触れる。
「……ねえ、なんで冷たいの?」
「…………」
「回りの景色は何? 何が起きたというの……。だいたい、わたしたちは消えたはずなのに……なんで?」
少女シュレーンの柔らかな頬に涙が伝った。
「ねえっ! シュレーン王子っ!」
「私が知るわけがないだろうっ! 私はお前より前に《死んだ》んだからなっ。私が聞きたいくらいだっ!」
少女シュレーンは泣きながら、横たわるスタンを抱え起こすと、服についた砂を手で丁寧に払い、温めるように抱きしめた。
「……お姉ちゃんを犠牲に《私》が自由になっても意味が無いよ……。酷い……」
二人で呆然とした様子のまま、俯いていると、聞き慣れた……二度と聞きたくない声が耳朶を打った。
「……お前たち……二人になったのかっ」
シュレーンは嫌悪の表情のまま、声の方へ視線を向けた。
「形がどうであれ、その娘の願いが叶ったというわけだっ」
どういうわけか、バイアンは満身創痍の様子だ。
「しかし、しゃくにさわるっ! 長年の計画を、その娘はいともたやすく邪魔をしてくれたっ!
お前たちは契約を破る事無く果たし終え、その結果をそういう形で得たのだからなっ! しかも役にも立たないただの人間になってしまった」
大きく手を振ると、焼き尽くさんといわないばかりに、横たわるスタンの身体に稲妻を落とした。
とっさに側にいた少女シュレーンが、覆いかぶさる様にしてスタンの身体を庇い、その二人を突き飛ばす様にして、王子シュレーンは瓦礫の影へ避難させる。
「何をするっ! バイアンっ!」
シュレーンは、己の心の片割れである少女と、スタンを背後に庇いながら睨み付けた。
「何をする? 決まっているだろう。《魂》の離れたその娘の身体を処分するだけだ」
バイアンの言葉に、二人のシュレーンは目を見開いた。
「……《魂が離れている》? 生きているのか!」
バイアンは低く笑う。
「生きている? ……いや、限りなく死に近い。考えてみろ、その娘はお前たちを復活させる事を契約の鍵に願った。……鍵は切っ掛け。魔導士でもないただの娘が、お前たちを復活させる代償にその力を持つ《魔神》と何を取り交わしたか。……魔力も何も持たない娘が引換えに出来るもの。それは自分自身しかないだろう?」
その言葉を聞いて、少女シュレーンは小さく息を飲み、シュレーン王子は絶望にわなわなと身体を震わせた。
バイアンはシュレーンたちの反応に満足すると、両手を二人と仮死状態のスタンの方へ突き出し、笑みを深くする。
「ここはもう破棄する。お前たちのお陰でここの場所は各国の上層部に知れ、何者かが差し向けた異形によって、儂自身もかなりダメージを受けた。全て、貴様らのせいだっ!そんなにその娘といたいなら、共に死ねっ!」
巨大な稲妻が走る光球が、音叉の様な唸りを伴ってバイアンの両手から生み出される。
逃げる場所も気力も失い、二人は固く目を瞑った。
バイアンは宙へ浮かび上がり、そんな三人へ向けて生み出した光を叩きつけると、結果を確認する事もなく、嘲笑しながらその場から姿を消す。
凄まじい光の迸りと破壊音が周囲を包み込んだ。
バイアンの置き土産のために瓦礫と化した塔が更に様相を変化させ、飴の様に溶け崩れる。
シュレーンたちが閉じ込められていた石塔のあった小島は、島を形成する陸地のほとんどを破壊しつくされ、すり鉢状の巨大なクレーターが島を縁取るように中央に残るのみとなった。
そのクレーターに、海水が流れ込む。
その姿は既に島とは呼べない代物だった。
その様な酷い状態に島の運命をバイアンは導いたわけだが、肝心の消したい相手である二人のシュレーンと、スタンの身体は無事だということを知らず終いとなる。
「……危機一発……でしたわね?」
互いに庇い合い、スタンの身体に覆いかぶさるようにしていた二人の前に、闇から抜け出た様な女が立っていた。
「……あなたは?」
濡れそぼり、砂まみれの裸体を晒す二人のシュレーンは、のろのろと顔を上げる。
「わたくしの名は、ゲンカ。……あなたたちに何かあったら、その娘が悲しむの。だから、助けた」
ゲンカは艶やかな微笑を浮かべると、足元の瓦礫を一つ掴み、その細腕では想像できない力で握りつぶす。
「……あっ……」
シュレーンたちの目の前で、小さな光がその手の中から生まれた。
「精神は、精神を産み、固体は固体を産む。……わたくしは、あの方たちとは違い、それぞれの《物》を原子転換する事しか出来ないけれど、まあ、それでも十分役に立つわ」
ゲンカの手の中から生まれた光は形を変え、布地として落ちつく。
それは、シンプルな形ではあったが、確かにこの国独自の形式の衣
装だった。
「裸では風邪を引くわ。身体の汚れを落として、これに着替えなさい」
言われて慌てて二人は顔を朱に染めると、海水で汚れを落として、ゲンカに差し出された服を受け取り着用する。
着心地は極上で、瓦礫から出来ているとは想像つきにくい。
衣服を着用した事で、心持ち緊張が溶けて、肩の力が抜ける。
シュレーンは互いの顔を見つめて小さく笑った。
そんな二人にゲンカが声をかける。
「あちらから……」
ゲンカは指で南西の方角を示した。
二人はつられてそちらの方を見る。
「迎えが来る。人間が三人。……その人たちと国へお帰りなさい」
「ですが、私たちは……」
シュレーンは言われて再びゲンカの方へ振り返る。
そこで、ギョッとして慌てて辺りを見渡した。
「……スタンお姉ちゃんが、いない?」
先程まで足元に横たえていたスタンの身体とゲンカの姿が無い。
「私たちを助けてくれたゲンカという女の人も居ないっ!」
「……もしかして、ゲンカさんがお姉ちゃんの身体を持っていった? なんで……お姉ちゃんの味方ではなかったの?」
半分パニックを起こして捜し回っていると、二人を呼ぶ声がした。
「……王子っ! ご無事かっ!」
普段王子として行動してきた方のシュレーンが、呼びかけに応じて立ち止まり、振り返った。
「……アルザス殿? 貴方が来られたのか」
その目に、すり鉢状になった底に滑り降りる様にして近づいてくる、男二人と女一人の三人組が映る。
歩く度に、水しぶきをたて、その部分の海水が赤土で濁った。
歩み寄ってくる三人のうち、大剣を背に背負った男が、シュレーンの問い掛けに答え、軽く会釈をした。
残りの男女はシュレーンにとって見知らぬ者たちだったが、相手はシュレーンを何処かで見た事があったのか、又は国王から渡された似顔絵で知っていたのか、驚いた表情をする事もなく、黙って会釈をする。
アルザスは、シュレーンの前に立つと、新たな来訪者に頓着する事なく、懸命に何かを探している様子の少女に気付き不思議そうに首を傾げた。
「……あの娘は? 王子と共にここに捕らわれていたのですか?」
シュレーンは、少し考えてこう答えた。
「……私の、大切な友人です。紹介しよう」
そう言って、背後を振り返り呼びかけた。
もう一人の自分へ。
「多分、ゲンカさんを探さなければ、お姉ちゃんは見つからないよ?」
瓦礫の向こう側を背伸びして覗き込んでいたシュレーンは泣きそうな表情で振り返り、自分の半身の方へ戻ってくる。
泣きすぎて、目が充血していた。
探しながら泣いていたのだろう。
アルザスは少女の姿を見て、目を丸くする。
「……これは……」
双子と言っても過言無いような相似だった。
(……王子に妹王女がいる事は聞いていないが……。だが、それにしても……)
シュレーンたちにとってこの相似は元々同一人物だったのだから当然の事だったが、シュレーン自身の抱える問題を含め、ここで起きた事情を知らない者にとっては困惑する事には違いない。
極一部を除いて、シュレーンは《王子》と呼ばれる立場だったから性別を疑われた事が無かったのである。
また、常にサラシを巻くなどして身辺に気づかってもきていたから、アルザスが気付かないのも当然だろう。
「私の母方の遠い親戚の娘で、《ルリ》と言う。……スタンギールさんは、私と彼女の共通の友人だ」
アルザスはそれで合点がいったという様子で破顔する。
「ああっ! 名前が《ルリ》だから、《るりりん》なのですね? ……こちらが、その方ですか」
シュレーンはちらりと複雑な表情を見せたが、それに気付いたのは娘の方のシュレーンである。
呼び名が半身と違う事で少し戸惑ったが、軽く頭を下げて答えた。
「……では、キリーさんは?」
アルザスは、先にこちらへ向かったはずの娘の名前を口にする。
シュレーンはお互いに視線を交わし、やや俯いた。
「……シュレーン王子?」
シュレーンは問いかけられて、再び泣きそうな表情になった半身の肩を抱くと、しっかりと顔を上げる。
「……《行方不明》です。助けてくれたのは、彼女だったのに……」
海の香りを濃く含んだ風が頬を撫でる。
(……温かい?)
それが少年にとって不思議だった。
(温かくて、柔らかい?)
ぼんやりと目を覚ますと、自分が誰かを敷いている事に気付いた。
(ああ、だから鼓動が聞こえたのか……)
手を支えて、身体を起こし……ギョッとする。
少年は服を纏っていなかった。
しかも、見慣れた両性具有のものでない、普通の男性体だったのだ。
「……どうして?」
自分自身の身体をじっくり点検して、困惑のために声が揺れる。
「私に何があったというのだ? 大体なんで、生きている! 死んだはずなのに……」
衝撃に震える腕を抱きしめたまま、自分の側にあった鼓動の持ち主を見下ろす。
そこには、少年と酷似した少女が居た。
やはり裸体を晒していたが、少年はそこである事に気付く。
常に感じていた、少年の中の《もう一つの自分》。それが内側に感じられない。目の前の少女の中にあろうことか感じるのだ。
少年は、裸体の少女に触れる事に対して躊躇ったが、決意して肩に手を当てて軽く揺すった。
そして、奇妙な気分のまま自分自身の名前を少女に呼びかける。
「……シュレーン?」
呼ばれて少女は僅かに瞼を震わせると、夢見るような眼差しで、目を開いた。
小さな形良い唇が、驚きの表情のまま少年を呼ぶ。
鈴の音の様な澄んだ声だった。
「…………シュレーン」
互いを呼び合い、そうして我に返る。
「シュレーンっ! スタンお姉ちゃんはっ」
男女二人に別れたシュレーンは、慌てて起き上がるとその姿を探した。必死に捜し回って……瓦礫と化した塔の横に、目的のものを見つけた時、衝撃のあまりその場に座り込む。
「……嘘……でしょう?」
二人のシュレーンが探す少女が、そこに倒れていた。
触れるのが怖い様な危うい手つきで、少女になった方のシュレーンは、スタンの頬に触れる。
「……ねえ、なんで冷たいの?」
「…………」
「回りの景色は何? 何が起きたというの……。だいたい、わたしたちは消えたはずなのに……なんで?」
少女シュレーンの柔らかな頬に涙が伝った。
「ねえっ! シュレーン王子っ!」
「私が知るわけがないだろうっ! 私はお前より前に《死んだ》んだからなっ。私が聞きたいくらいだっ!」
少女シュレーンは泣きながら、横たわるスタンを抱え起こすと、服についた砂を手で丁寧に払い、温めるように抱きしめた。
「……お姉ちゃんを犠牲に《私》が自由になっても意味が無いよ……。酷い……」
二人で呆然とした様子のまま、俯いていると、聞き慣れた……二度と聞きたくない声が耳朶を打った。
「……お前たち……二人になったのかっ」
シュレーンは嫌悪の表情のまま、声の方へ視線を向けた。
「形がどうであれ、その娘の願いが叶ったというわけだっ」
どういうわけか、バイアンは満身創痍の様子だ。
「しかし、しゃくにさわるっ! 長年の計画を、その娘はいともたやすく邪魔をしてくれたっ!
お前たちは契約を破る事無く果たし終え、その結果をそういう形で得たのだからなっ! しかも役にも立たないただの人間になってしまった」
大きく手を振ると、焼き尽くさんといわないばかりに、横たわるスタンの身体に稲妻を落とした。
とっさに側にいた少女シュレーンが、覆いかぶさる様にしてスタンの身体を庇い、その二人を突き飛ばす様にして、王子シュレーンは瓦礫の影へ避難させる。
「何をするっ! バイアンっ!」
シュレーンは、己の心の片割れである少女と、スタンを背後に庇いながら睨み付けた。
「何をする? 決まっているだろう。《魂》の離れたその娘の身体を処分するだけだ」
バイアンの言葉に、二人のシュレーンは目を見開いた。
「……《魂が離れている》? 生きているのか!」
バイアンは低く笑う。
「生きている? ……いや、限りなく死に近い。考えてみろ、その娘はお前たちを復活させる事を契約の鍵に願った。……鍵は切っ掛け。魔導士でもないただの娘が、お前たちを復活させる代償にその力を持つ《魔神》と何を取り交わしたか。……魔力も何も持たない娘が引換えに出来るもの。それは自分自身しかないだろう?」
その言葉を聞いて、少女シュレーンは小さく息を飲み、シュレーン王子は絶望にわなわなと身体を震わせた。
バイアンはシュレーンたちの反応に満足すると、両手を二人と仮死状態のスタンの方へ突き出し、笑みを深くする。
「ここはもう破棄する。お前たちのお陰でここの場所は各国の上層部に知れ、何者かが差し向けた異形によって、儂自身もかなりダメージを受けた。全て、貴様らのせいだっ!そんなにその娘といたいなら、共に死ねっ!」
巨大な稲妻が走る光球が、音叉の様な唸りを伴ってバイアンの両手から生み出される。
逃げる場所も気力も失い、二人は固く目を瞑った。
バイアンは宙へ浮かび上がり、そんな三人へ向けて生み出した光を叩きつけると、結果を確認する事もなく、嘲笑しながらその場から姿を消す。
凄まじい光の迸りと破壊音が周囲を包み込んだ。
バイアンの置き土産のために瓦礫と化した塔が更に様相を変化させ、飴の様に溶け崩れる。
シュレーンたちが閉じ込められていた石塔のあった小島は、島を形成する陸地のほとんどを破壊しつくされ、すり鉢状の巨大なクレーターが島を縁取るように中央に残るのみとなった。
そのクレーターに、海水が流れ込む。
その姿は既に島とは呼べない代物だった。
その様な酷い状態に島の運命をバイアンは導いたわけだが、肝心の消したい相手である二人のシュレーンと、スタンの身体は無事だということを知らず終いとなる。
「……危機一発……でしたわね?」
互いに庇い合い、スタンの身体に覆いかぶさるようにしていた二人の前に、闇から抜け出た様な女が立っていた。
「……あなたは?」
濡れそぼり、砂まみれの裸体を晒す二人のシュレーンは、のろのろと顔を上げる。
「わたくしの名は、ゲンカ。……あなたたちに何かあったら、その娘が悲しむの。だから、助けた」
ゲンカは艶やかな微笑を浮かべると、足元の瓦礫を一つ掴み、その細腕では想像できない力で握りつぶす。
「……あっ……」
シュレーンたちの目の前で、小さな光がその手の中から生まれた。
「精神は、精神を産み、固体は固体を産む。……わたくしは、あの方たちとは違い、それぞれの《物》を原子転換する事しか出来ないけれど、まあ、それでも十分役に立つわ」
ゲンカの手の中から生まれた光は形を変え、布地として落ちつく。
それは、シンプルな形ではあったが、確かにこの国独自の形式の衣
装だった。
「裸では風邪を引くわ。身体の汚れを落として、これに着替えなさい」
言われて慌てて二人は顔を朱に染めると、海水で汚れを落として、ゲンカに差し出された服を受け取り着用する。
着心地は極上で、瓦礫から出来ているとは想像つきにくい。
衣服を着用した事で、心持ち緊張が溶けて、肩の力が抜ける。
シュレーンは互いの顔を見つめて小さく笑った。
そんな二人にゲンカが声をかける。
「あちらから……」
ゲンカは指で南西の方角を示した。
二人はつられてそちらの方を見る。
「迎えが来る。人間が三人。……その人たちと国へお帰りなさい」
「ですが、私たちは……」
シュレーンは言われて再びゲンカの方へ振り返る。
そこで、ギョッとして慌てて辺りを見渡した。
「……スタンお姉ちゃんが、いない?」
先程まで足元に横たえていたスタンの身体とゲンカの姿が無い。
「私たちを助けてくれたゲンカという女の人も居ないっ!」
「……もしかして、ゲンカさんがお姉ちゃんの身体を持っていった? なんで……お姉ちゃんの味方ではなかったの?」
半分パニックを起こして捜し回っていると、二人を呼ぶ声がした。
「……王子っ! ご無事かっ!」
普段王子として行動してきた方のシュレーンが、呼びかけに応じて立ち止まり、振り返った。
「……アルザス殿? 貴方が来られたのか」
その目に、すり鉢状になった底に滑り降りる様にして近づいてくる、男二人と女一人の三人組が映る。
歩く度に、水しぶきをたて、その部分の海水が赤土で濁った。
歩み寄ってくる三人のうち、大剣を背に背負った男が、シュレーンの問い掛けに答え、軽く会釈をした。
残りの男女はシュレーンにとって見知らぬ者たちだったが、相手はシュレーンを何処かで見た事があったのか、又は国王から渡された似顔絵で知っていたのか、驚いた表情をする事もなく、黙って会釈をする。
アルザスは、シュレーンの前に立つと、新たな来訪者に頓着する事なく、懸命に何かを探している様子の少女に気付き不思議そうに首を傾げた。
「……あの娘は? 王子と共にここに捕らわれていたのですか?」
シュレーンは、少し考えてこう答えた。
「……私の、大切な友人です。紹介しよう」
そう言って、背後を振り返り呼びかけた。
もう一人の自分へ。
「多分、ゲンカさんを探さなければ、お姉ちゃんは見つからないよ?」
瓦礫の向こう側を背伸びして覗き込んでいたシュレーンは泣きそうな表情で振り返り、自分の半身の方へ戻ってくる。
泣きすぎて、目が充血していた。
探しながら泣いていたのだろう。
アルザスは少女の姿を見て、目を丸くする。
「……これは……」
双子と言っても過言無いような相似だった。
(……王子に妹王女がいる事は聞いていないが……。だが、それにしても……)
シュレーンたちにとってこの相似は元々同一人物だったのだから当然の事だったが、シュレーン自身の抱える問題を含め、ここで起きた事情を知らない者にとっては困惑する事には違いない。
極一部を除いて、シュレーンは《王子》と呼ばれる立場だったから性別を疑われた事が無かったのである。
また、常にサラシを巻くなどして身辺に気づかってもきていたから、アルザスが気付かないのも当然だろう。
「私の母方の遠い親戚の娘で、《ルリ》と言う。……スタンギールさんは、私と彼女の共通の友人だ」
アルザスはそれで合点がいったという様子で破顔する。
「ああっ! 名前が《ルリ》だから、《るりりん》なのですね? ……こちらが、その方ですか」
シュレーンはちらりと複雑な表情を見せたが、それに気付いたのは娘の方のシュレーンである。
呼び名が半身と違う事で少し戸惑ったが、軽く頭を下げて答えた。
「……では、キリーさんは?」
アルザスは、先にこちらへ向かったはずの娘の名前を口にする。
シュレーンはお互いに視線を交わし、やや俯いた。
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