黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第四章

名残を無視しつつ

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「ん…っ」

こつん、と突くような蛇のそれとは程遠いキス。俺の唇を飲み込むような深いそれに息が上手く出来ず、くぐもった声が漏れた隙間を逃さず舌が捩じ込まれた。

「ンっ?!んんっ..!」

口腔を無遠慮に蹂躙していたベルの肉厚な舌が、縮こまっていた俺の舌を舐めたと思ったら絡め取られ、強く吸われて頭の芯が痺れてしまう。
離宮でされた時よりも濃厚なキスは飽く事なく続けられて、いよいよ酸欠になりかけた矢先。

「はっ…!....あ?」

漸く離れたと思ったのに、口端から溢れて伝い落ちた唾液を追うようにベルは舌を這わせ、蛇の時の定位置である俺の首筋に吸い付いたのだ。

「?…いっ!」

チリっとした痛みを感じて一瞬牙を立てられたのかと思ったけど、次いでぬるりとした舌に撫でられて、擽ったさに似た甘い痺れに濡れた吐息が漏れてしまった。

「はぁ…っ」

「ユキヤ」

舌全体で首を舐め上げられ、たまらず仰け反った喉元を金髪の毛先がくすぐって、更にベルの存在を濃厚に感じる。

「ふふ....お前は、どこもかしこも甘いな。どんな美酒よりも癖になる。魔力も肌も...まるで媚薬だ」

漸くお前に触れられた、と。愉悦に塗れた低い声が耳元で囁かれた。そして耳たぶを喰まれ嬲られて、ふるりと睫毛が震える。

もうやめろセクハラ悪魔!これ以上は駄目だ、そんな厭らしい手つきで俺に触るな!

喉から出てこない否定の数々が、ぐるぐると頭の中に渦巻いてる。どうして、どうしてベルを弾けないんだと疑問と焦りが増せば増す程、抵抗も出来ないなんて。

「やめ…ろ、って…!」

ベルの髪を引っ張って顔を引き剥がそうとするも、震えて力の入らない指では全く効果がない。俺はきつく閉じてしまっていた目をこじ開け、ベルを懸命に睨みつけた。けれど。

(?!)

この悪魔の不遜で尊大な表情なら嫌ってほど見てきたけど、こんな目も表情も、俺は知らない。ルビーよりも濃い赤は、マグマのような熱さを孕んで俺の視線を、意識を絡め取る。

「ベリ、ア…」

「お前が欲しい、ユキヤ。俺を受け入れろ….そして俺のモノになれ」

夜着の襟元に手を掛けられ、グッと力がこめられる。破かれると直感するも、なす術もない俺は再び息を詰め反射的に目を閉じてしまった。

(...あれ?)

だがしかし、急に服にかかっていた手や自分の体に掛かっていた重みが消えた。つまり、ベルの気配が消えた…?というか…鳩尾の辺りに小さな重みは残ってるような...。

俺は、そ?っと目を開けてみた。すると人型のベルではなく、憮然とした黒蛇がトグロを巻いて胸の上に鎮座していたのだった。

「え...え?あれ?」

今さっきまで俺を支配していた動悸息切れも見事吹き飛び、目を丸くして凝視してしまう。ど、どうして?ウォレン師匠の『縛り』は解けたんじゃなかったのか?

『あのクソッタレの術、自動修復しやがった!』

…え?

一旦切れた術が再生するって。そんな事ってあるの? でも蛇の首?には術の輪がしっかりあった。しかも、掛けられた当初の太さに近くなってる!何で?

『ふざけんなよユキヤ!破るなら完全に破れ、この未熟者がっ!!』

ベルは威嚇音付きで牙を剥き怒りを示してるけど、想像するに…。うん、流石は『黒の魅了師』の術。ベルの魔力で脆くなってても、俺の中途半端な魅了では短い時間だけ縛りの効果を消すに止まった?…みたいだ。

(た…助かった…!)

じわじわ湧いてくる安堵と、少しだけ複雑な気持ちを吐き出す様に、俺は深くため息をついた。あちこちに残留するベルの名残とか、それに伴う体の熱りとか諸々を懸命に無視しつつ。
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