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第六章
顕現
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詠唱を終えた次の瞬間、印章が俺を中心に一際光り輝いた。
『あ……』
俺に巻きついていた大蛇が流砂みたいに消え、代わりに逞しい腕が取って変わった。
ひやりとしていた蛇から熱を持つ体温が、背後から俺の体に染み込んできて…。なんだか少しだけ安心する。
「でっ…、悪魔公…!?」
「そ、なっ!こっ、殺される!!」
突如浮かんだ印章から現れた悪魔公。
更には、優勢かと思われた上位悪魔を俺が圧倒し、とどめにヤツを遥かに凌ぐ存在の出現だ。
オンタリオの貴族達は度肝を抜かれ、大半は腰を抜かして震え上がっている。が、何とか動ける者達は、床を這いながら我先に大扉へと駆け寄った。
けれど、ベルかラウルの仕業だろうか。同じく恐怖した衛兵達が謁見の間から脱出しようと必死になるも、堅く閉ざされたそれらはびくともせずパニックに陥っている。
「なんとも見苦しいと言うか…。でもまあ、仕方がないかな?」
なんせ伝説上の人物…というか、黒の精霊王とも言うべき存在だ。それを目にした者達の恐怖と絶望は、自分だとて分からなくもない。
まあ、混沌となった群衆は、この際放っておいてもいいだろう。
「ヒ…ッ、お、王…ッ!!そん、な!」
玉座ではラウルが目を極限まで見開き、はくはくと喘ぎながら恐怖で歯をかち鳴らしていた。
それはそうだろう。悪魔のヒエラルキーを考慮しなくても、伯爵と王では格も力も何もかもが桁違いだ。しかも、今さっきまで散々扱き下ろしていた黒大蛇が悪魔公だったってオチだもんな。
杖を支えにしてなんとか立ち上がったバティルも、こちらを見て金縛りにあった様になっている。だが、座したままな国王と王太子には近寄ってない…いや、俺達に恐怖して近寄れないのだろう。
気づけば、バティルを護らんとラシャドと近衛騎士数人が玉座の階下に集っていた。
恐怖を必死で押し殺し、他の者達と違い、素顔を晒した俺に対しても、以前と変わらぬ敵意を向けている。…どうやら彼奴等は『魅了』に縛られているのではなく、心からの忠誠を奴に誓っているらしい。
『はぁ、それにしても…』
一体どうしてウォレンさんの思念が届いたのかは分からないけど、あれがなければ真面目に大惨事になる所だった。…って、あれ?俺の真の力がとか、ここまでの道のりとか言ってたけど。もしかしてあの人、今まで俺の事盗み見聞きしてた!?
『……ん?』
なんか、回された腕が更に力を増して、身じろぐ事もできない。というか、ベルの胸筋とか腹筋とかの形がわかる位の密着度って!?
確かに『魅了』で魔力大減少してるし、ベリアル召喚で喉酷使したけどさ、そ…そんなに支えてくれなくても大丈夫…なんだけど…?
「…ベル…?」
唯一動ける顔を斜め後方に傾けると、ちょっとだけ久しぶりな人外の超絶美丈夫が、俺を見下ろしている。
但し、滅茶苦茶不機嫌で眉間にはくっきり縦皺刻んで、上部に影掛かってた顔で。トドメに、鮮やかな真紅の瞳孔が線みたいに細くなっていた。
『うげっ!?』
不味い、ベルかなり怒ってる!
うん。自分のやらかしは自覚してるし、蛇の時から不機嫌だったし、詰る事山ほどあるって言ってたから、そりゃそうだろうなぁ…。
「ほぅ…。どうやら、テメェの馬鹿さ加減がよく分かってるみたいじゃねぇか」
現実逃避など許さない、ドスの効いた低音に引き戻された俺は、僅かに口端を引き攣らせ最適な言葉を必死で探す。
だけど、言い訳は駄目だし謝罪?御礼?と考えが纏まらない。
「あ…あの、ベル。その…!」
内心ダラダラと汗を流す俺を再びギロリと睨み、ベルはふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「この俺にここまで手間掛けさせる奴なんざ、お前が初めてだ。ついでにここまで馬鹿な奴もな」
「うぅ…!」
「まぁいい。諸々後回しにしてやるが、忘れんなよユキヤ。対価と報酬とは別に、お前への『仕置き』も追加だからな…?」
「…っ…!?」
ぐうの音も出ない俺の耳元にベルは顔を寄せ、思いっきり低音のエロイケボイスで囁くと耳たぶを柔く喰んだ。
「ひゃっ!?」
ダブルの刺激にゾワっとなって、思わず変な声が漏れてしまい、慌てて唇を引き結ぶ。
俺の反応に蛇の時みたいに双眼を細め、喉奥でククッと笑ったベルを睨みつけたが、「そんな潤んだ目で頬染めて、誘ってんのか?」とセクハラ発言されて終わりだ。くそぅ!
ってか、今は戯れ合ってる場合じゃない。未だベルに身体を拘束されてるけど、気持ちを立て直してシェンナ姫とザビア将軍を確認してみる。
先触れも無しでいきなり悪魔公を召喚したから。パニックを起こして無いか心配だったけど、顔が多少赤くなってるだけで二人とも比較的落ち着いていた。
反対に、侍女ちゃん達はかなり怯えて今にも貧血になりそうだ。安心させようと笑顔を浮かべたら、青かった顔が途端に真っ赤になった?…きっとベルの美貌に見惚れたんだな。よかった、大丈夫そうだとほっとする。
『マ、マ、マスタァ~…』
フゥとコノハは、姫達の頭の上でぷるぷる震えている。どうやらベルの正体を目の当たりにして怯え切ってしまい、俺に近寄れないらしい。フゥなんて「消されちゃう!」って悲壮な顔そのものだった。
まあ、そりゃそうだよな。黒の上位種かも?とは思ってただろうけど、実は魔界七大君主の一柱でしたじゃ。あ、ベルがシェンナ姫達の方を向いたら更に悲鳴が大きくなった。
「ふん」
ベルは徐にぱちんと指を鳴らした。すると半透明のドーム型結界が姫達を包み、驚いている彼らに続けて尊大な声が投げられる。
「俺と同格でもない限りソレは壊せない。あのゴミに狙われても面倒だ。そこで大人しくしていろ」
「は、はいっ!」
「あ…ありがとうございます!魔界の王よ」
シェンナ姫とザビア将軍は侍女達と一緒に深々と首をたれ、感謝を口にした。一緒に結界に入ってるフゥ達は、パチクリしていてちょっと可愛い。ベルは彼らを一瞥すると手を軽く払った。
「止めろ、仰々しいのは好かん。シェンナ、そしてザビア。貴様らには常呼びを赦してやる」
「!…光栄です、ベル様!」
まだ表情が強張ってるけど、ベルの言葉にザビア将軍はシェンナ姫と共に目を輝かせ、謝意を口にした。
『…ふふ』
黒大蛇の時も二人を護ってくれてた。冷酷非道で無慈悲が此奴の称号とも言われてるのに、見返りのない人間に情けを掛けるなんて。
言ったら絶対怒るだろうけど。まるで奇跡のような大悪魔のツンデレだなと、俺は綻ぶ顔を抑えられなかった。
「…さて」
漸く俺の拘束を緩めたベルは、ばさっと翼を強く羽撃かせて腕を組んだ。そして真っ直ぐに王座を…、正しくは其処で戦慄く標的を見据える。
「待たせたな、ラウルよ」
纏う空気が鋭さを増す中、ベルはギラリと光る深紅の目を眇め、にぃいと牙を剥き出し嗤ったのだった。
『あ……』
俺に巻きついていた大蛇が流砂みたいに消え、代わりに逞しい腕が取って変わった。
ひやりとしていた蛇から熱を持つ体温が、背後から俺の体に染み込んできて…。なんだか少しだけ安心する。
「でっ…、悪魔公…!?」
「そ、なっ!こっ、殺される!!」
突如浮かんだ印章から現れた悪魔公。
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オンタリオの貴族達は度肝を抜かれ、大半は腰を抜かして震え上がっている。が、何とか動ける者達は、床を這いながら我先に大扉へと駆け寄った。
けれど、ベルかラウルの仕業だろうか。同じく恐怖した衛兵達が謁見の間から脱出しようと必死になるも、堅く閉ざされたそれらはびくともせずパニックに陥っている。
「なんとも見苦しいと言うか…。でもまあ、仕方がないかな?」
なんせ伝説上の人物…というか、黒の精霊王とも言うべき存在だ。それを目にした者達の恐怖と絶望は、自分だとて分からなくもない。
まあ、混沌となった群衆は、この際放っておいてもいいだろう。
「ヒ…ッ、お、王…ッ!!そん、な!」
玉座ではラウルが目を極限まで見開き、はくはくと喘ぎながら恐怖で歯をかち鳴らしていた。
それはそうだろう。悪魔のヒエラルキーを考慮しなくても、伯爵と王では格も力も何もかもが桁違いだ。しかも、今さっきまで散々扱き下ろしていた黒大蛇が悪魔公だったってオチだもんな。
杖を支えにしてなんとか立ち上がったバティルも、こちらを見て金縛りにあった様になっている。だが、座したままな国王と王太子には近寄ってない…いや、俺達に恐怖して近寄れないのだろう。
気づけば、バティルを護らんとラシャドと近衛騎士数人が玉座の階下に集っていた。
恐怖を必死で押し殺し、他の者達と違い、素顔を晒した俺に対しても、以前と変わらぬ敵意を向けている。…どうやら彼奴等は『魅了』に縛られているのではなく、心からの忠誠を奴に誓っているらしい。
『はぁ、それにしても…』
一体どうしてウォレンさんの思念が届いたのかは分からないけど、あれがなければ真面目に大惨事になる所だった。…って、あれ?俺の真の力がとか、ここまでの道のりとか言ってたけど。もしかしてあの人、今まで俺の事盗み見聞きしてた!?
『……ん?』
なんか、回された腕が更に力を増して、身じろぐ事もできない。というか、ベルの胸筋とか腹筋とかの形がわかる位の密着度って!?
確かに『魅了』で魔力大減少してるし、ベリアル召喚で喉酷使したけどさ、そ…そんなに支えてくれなくても大丈夫…なんだけど…?
「…ベル…?」
唯一動ける顔を斜め後方に傾けると、ちょっとだけ久しぶりな人外の超絶美丈夫が、俺を見下ろしている。
但し、滅茶苦茶不機嫌で眉間にはくっきり縦皺刻んで、上部に影掛かってた顔で。トドメに、鮮やかな真紅の瞳孔が線みたいに細くなっていた。
『うげっ!?』
不味い、ベルかなり怒ってる!
うん。自分のやらかしは自覚してるし、蛇の時から不機嫌だったし、詰る事山ほどあるって言ってたから、そりゃそうだろうなぁ…。
「ほぅ…。どうやら、テメェの馬鹿さ加減がよく分かってるみたいじゃねぇか」
現実逃避など許さない、ドスの効いた低音に引き戻された俺は、僅かに口端を引き攣らせ最適な言葉を必死で探す。
だけど、言い訳は駄目だし謝罪?御礼?と考えが纏まらない。
「あ…あの、ベル。その…!」
内心ダラダラと汗を流す俺を再びギロリと睨み、ベルはふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「この俺にここまで手間掛けさせる奴なんざ、お前が初めてだ。ついでにここまで馬鹿な奴もな」
「うぅ…!」
「まぁいい。諸々後回しにしてやるが、忘れんなよユキヤ。対価と報酬とは別に、お前への『仕置き』も追加だからな…?」
「…っ…!?」
ぐうの音も出ない俺の耳元にベルは顔を寄せ、思いっきり低音のエロイケボイスで囁くと耳たぶを柔く喰んだ。
「ひゃっ!?」
ダブルの刺激にゾワっとなって、思わず変な声が漏れてしまい、慌てて唇を引き結ぶ。
俺の反応に蛇の時みたいに双眼を細め、喉奥でククッと笑ったベルを睨みつけたが、「そんな潤んだ目で頬染めて、誘ってんのか?」とセクハラ発言されて終わりだ。くそぅ!
ってか、今は戯れ合ってる場合じゃない。未だベルに身体を拘束されてるけど、気持ちを立て直してシェンナ姫とザビア将軍を確認してみる。
先触れも無しでいきなり悪魔公を召喚したから。パニックを起こして無いか心配だったけど、顔が多少赤くなってるだけで二人とも比較的落ち着いていた。
反対に、侍女ちゃん達はかなり怯えて今にも貧血になりそうだ。安心させようと笑顔を浮かべたら、青かった顔が途端に真っ赤になった?…きっとベルの美貌に見惚れたんだな。よかった、大丈夫そうだとほっとする。
『マ、マ、マスタァ~…』
フゥとコノハは、姫達の頭の上でぷるぷる震えている。どうやらベルの正体を目の当たりにして怯え切ってしまい、俺に近寄れないらしい。フゥなんて「消されちゃう!」って悲壮な顔そのものだった。
まあ、そりゃそうだよな。黒の上位種かも?とは思ってただろうけど、実は魔界七大君主の一柱でしたじゃ。あ、ベルがシェンナ姫達の方を向いたら更に悲鳴が大きくなった。
「ふん」
ベルは徐にぱちんと指を鳴らした。すると半透明のドーム型結界が姫達を包み、驚いている彼らに続けて尊大な声が投げられる。
「俺と同格でもない限りソレは壊せない。あのゴミに狙われても面倒だ。そこで大人しくしていろ」
「は、はいっ!」
「あ…ありがとうございます!魔界の王よ」
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「止めろ、仰々しいのは好かん。シェンナ、そしてザビア。貴様らには常呼びを赦してやる」
「!…光栄です、ベル様!」
まだ表情が強張ってるけど、ベルの言葉にザビア将軍はシェンナ姫と共に目を輝かせ、謝意を口にした。
『…ふふ』
黒大蛇の時も二人を護ってくれてた。冷酷非道で無慈悲が此奴の称号とも言われてるのに、見返りのない人間に情けを掛けるなんて。
言ったら絶対怒るだろうけど。まるで奇跡のような大悪魔のツンデレだなと、俺は綻ぶ顔を抑えられなかった。
「…さて」
漸く俺の拘束を緩めたベルは、ばさっと翼を強く羽撃かせて腕を組んだ。そして真っ直ぐに王座を…、正しくは其処で戦慄く標的を見据える。
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纏う空気が鋭さを増す中、ベルはギラリと光る深紅の目を眇め、にぃいと牙を剥き出し嗤ったのだった。
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