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引退を決めた冒険者、少女と出会う。
第6話 穏やかな日々
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あれから、レイチェルはパン屋に通う毎日。朝も早いが彼女の仕事は昼頃のようで。仕事を終えると、夕食の食材を買ってきては、アルトと夕食を作る日々。
彼女曰く、屋敷に住まわせてもらって、かつ家賃もなしでは申し訳ないので、少しでも役に立ちたい。という事だった。
屋敷の主のロックはというと、連日いそいそと出かけていく。特にトレーニングというわけでもなく、手ぶらで街の郊外にある小高い丘に登る。
その頂上からは街が一望できる。頂上までも一時間ばかりで、険しい山道というわけでもない。郊外の山羊飼いなどが時折運動がてら連れてくるような、そんななだらかな斜面で、牧草に寝そべり、空を仰ぐ。
それから大きく深呼吸をすると、彼は目を閉じる。ひと時の眠りの世界へ誘われたのだった。
ロックは最近よく同じ夢を見る。
魔物との戦闘。仲間がいるようだが、視界には映らず、連携をとりながら先頭を繰り広げる。自身の剣と感激を縫うように降り注ぐ魔法の攻撃が魔物を足止めする。隙を見た男の一撃に、魔物は断末魔を上げてその場に倒れ込んだ。
歓喜の声が上がるのもつかの間。背後から巨大な魔獣が腕を振り下ろす。不意をつかれた一撃に、魔導士の背中に三本の爪痕が刻まれた。続けざまに踏み出した一歩が手前の剣士を押しつぶす。逃げそびれた彼の両足が潰され、苦悶の表情を上げる。
男はどうにか仲間を助けようとするが、自前の剣を折られて自らも負傷。
「逃げろ。お前だけでも」
そう叫んだのは足を潰された剣士だった。魔導士の方はもう意識も無い。
「そ、そんなこと……」
「このままじゃ全滅だ。せめてお前だけでも……」
男は首を左右に振りながら一歩、二歩と後退る。
剣士は剣を渾身の力を込めて投げた。狙いは……魔獣の目!
見事にその目を貫く!
怒りの咆哮を上げる魔獣の意識は、剣士に向けられた。
「今だ。走れ。俺たちのことは構うな!」
「でもっ」
まだ躊躇う男に剣士は「お前と出会えて良かった。俺たちは最高のパーティーだった」といって笑顔を向けた。
「うわぁぁぁ……」
男は踵を返して走り出す。
「そう、それでいい。全滅よりもましさ。お前だけでも、生きてくれ」
男が呟き、目を閉じる。そこに怒り狂った魔獣の詰めが振り下ろされるのだった。
ハッと目を覚まし、ロックは身を起こした。体中汗まみれで、どうやら悪い夢にうなされていたらしい。
いや、細部こそ違えど、アレはあの時の……夢。
「また、あの時の夢か」
ロックは小さく呟いて、額の汗を拭った。そして空を仰ぐ。日が陰ってきた。薄い雲が空一面に広がる曇り空。雨が降ってきそうな雰囲気はないけれど、少しどんよりした灰色の雲もある。それはまるで、今の彼の心を顕しているかのような、そんなそんな空模様を眺めて、ロックは大きなため息をついた。
あれから一年。体の傷は癒えたけれども、心の傷はまだ癒えていなかった。
剣を持つことはできるが、冒険に出ようとかそういう気持には全くなれない。剣も身につけているだけ、ゴブリン程度の低級クラスの魔物なら平気だが、あれ以降は上位の魔物と対峙する事すら出来なかった。
冒険者失格だな、と故郷へ帰ってくることを考えるようになり、ついには生まれ故郷のこの町に帰ってきたのである。
何をすればいいかも分からず、自身への贖罪も思いつかない。そんな彼はこの丘で空を仰ぐ日々。
傷ついた心を癒す術を、彼はまだ見つけられないでいた。
彼女曰く、屋敷に住まわせてもらって、かつ家賃もなしでは申し訳ないので、少しでも役に立ちたい。という事だった。
屋敷の主のロックはというと、連日いそいそと出かけていく。特にトレーニングというわけでもなく、手ぶらで街の郊外にある小高い丘に登る。
その頂上からは街が一望できる。頂上までも一時間ばかりで、険しい山道というわけでもない。郊外の山羊飼いなどが時折運動がてら連れてくるような、そんななだらかな斜面で、牧草に寝そべり、空を仰ぐ。
それから大きく深呼吸をすると、彼は目を閉じる。ひと時の眠りの世界へ誘われたのだった。
ロックは最近よく同じ夢を見る。
魔物との戦闘。仲間がいるようだが、視界には映らず、連携をとりながら先頭を繰り広げる。自身の剣と感激を縫うように降り注ぐ魔法の攻撃が魔物を足止めする。隙を見た男の一撃に、魔物は断末魔を上げてその場に倒れ込んだ。
歓喜の声が上がるのもつかの間。背後から巨大な魔獣が腕を振り下ろす。不意をつかれた一撃に、魔導士の背中に三本の爪痕が刻まれた。続けざまに踏み出した一歩が手前の剣士を押しつぶす。逃げそびれた彼の両足が潰され、苦悶の表情を上げる。
男はどうにか仲間を助けようとするが、自前の剣を折られて自らも負傷。
「逃げろ。お前だけでも」
そう叫んだのは足を潰された剣士だった。魔導士の方はもう意識も無い。
「そ、そんなこと……」
「このままじゃ全滅だ。せめてお前だけでも……」
男は首を左右に振りながら一歩、二歩と後退る。
剣士は剣を渾身の力を込めて投げた。狙いは……魔獣の目!
見事にその目を貫く!
怒りの咆哮を上げる魔獣の意識は、剣士に向けられた。
「今だ。走れ。俺たちのことは構うな!」
「でもっ」
まだ躊躇う男に剣士は「お前と出会えて良かった。俺たちは最高のパーティーだった」といって笑顔を向けた。
「うわぁぁぁ……」
男は踵を返して走り出す。
「そう、それでいい。全滅よりもましさ。お前だけでも、生きてくれ」
男が呟き、目を閉じる。そこに怒り狂った魔獣の詰めが振り下ろされるのだった。
ハッと目を覚まし、ロックは身を起こした。体中汗まみれで、どうやら悪い夢にうなされていたらしい。
いや、細部こそ違えど、アレはあの時の……夢。
「また、あの時の夢か」
ロックは小さく呟いて、額の汗を拭った。そして空を仰ぐ。日が陰ってきた。薄い雲が空一面に広がる曇り空。雨が降ってきそうな雰囲気はないけれど、少しどんよりした灰色の雲もある。それはまるで、今の彼の心を顕しているかのような、そんなそんな空模様を眺めて、ロックは大きなため息をついた。
あれから一年。体の傷は癒えたけれども、心の傷はまだ癒えていなかった。
剣を持つことはできるが、冒険に出ようとかそういう気持には全くなれない。剣も身につけているだけ、ゴブリン程度の低級クラスの魔物なら平気だが、あれ以降は上位の魔物と対峙する事すら出来なかった。
冒険者失格だな、と故郷へ帰ってくることを考えるようになり、ついには生まれ故郷のこの町に帰ってきたのである。
何をすればいいかも分からず、自身への贖罪も思いつかない。そんな彼はこの丘で空を仰ぐ日々。
傷ついた心を癒す術を、彼はまだ見つけられないでいた。
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