哀れな寄生系美少女が金に惹かれて吸い付いてきたので、逆に食べる事にしました。

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急転直下編

002 急転直下

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 年季の入った木箱のフタが、乱雑な扱いに悲鳴を上げている。もたれかかっただけで倒れてきそうだ。中枢が金欠らしく、備品の買い替えは中々進まないらしい。

 今時、靴箱が木製な学校が全国に何か所あるのだと言うのだろうか。耐久性にも劣り、不気味な軋みを立て、取り出すのもおっくうで仕方がない。

 短針が重力に引かれて落ちていくこの頃は、運動靴を履いた体操服の男子が次々とグラウンドへ飛び出していく。汗水垂らしてスポーツに打ち込んでいるのを見ると、うらやましく思えてくる。

 隆仁は、学校の部活に参加していない。自主トレで休日にランニングこそしてはいるが、友達と親睦を深める機会はない。

 部活動に未入部であったことから、学校のマラソン大会では文化部として出場することになってしまったことがある。二着を大幅に引き離してゴールテープを切り、自動車の中に一つだけロケットが混ざっていると評されたものだ。

 代わり映えのしない汚れで壁面がくすんだ校舎の向こう側から、短い髪を風にうまく乗せた美少女が現れた。彼女の体重では、床も奇声を発することを躊躇している。

 美の要素が詰まっていればどんな仕草でも絵になって売れるとされているが、その言葉を遺した人も結莉のような恋人にしたいランキング一位を想っていたのだろう。

「……須藤くん、ずいぶん早いんだね」
「……そっちが遅すぎるだけだろ。掃除の時間になってから何分立ってると思ってるんだよ……」

 悪びれずに鼻が天狗になっているが、変人の言いぐさをされるのは気に障る。

 終業のチャイムが校内に響き渡ってから、何分が経過しただろう。途中までは下校する人数を手作業でカウントしていたが、三桁を突破したあたりから羊に見えてきたのまでは覚えている。

 美人ともなると、頭のネジが一本くらい外れていてもおかしくはない。美貌と引き換えに、脳の一部分を提供してきたのではないだろうか。

「おしゃべりが長引いちゃって……。女の子だから許してくれないかな?」
「女子でも男子でも、時計が一周回ったらダメだと思うんだ……」

 女子特権が通用するのは、自我を持たないまま教師に誘導されてきた中等教育まで。自主性の占めるウエイトが大きくなってくる義務教育外は、法律以外通用しない。

 不慮の事態で待ち合わせに五分遅れたのなら、隆仁もとりなしたかもしれない。クラス一の美人という面に配慮して、追及することなく流しただろう。

 さて、日光が残留する蒸し暑い空気がどんよりしているこの季節と言えども、太陽の位置が変わるまで待たせるのはいかがなものか。会社の面接で、開口一番に質問ではなくお祈りされても文句は付けられない。

「……それなら、これは?」

 納得できずに口をとがらせていたからか、結莉は魂の込められていない人形になった。順位が下の男子に向かって、額をささくれの残る床面に擦り付けている。こういう人がいるから、日本における最高級の謝罪と外国人に誤解されるのである。

 ……週刊誌に切り抜かれたら、長生きできないな……。

 局面だけを瞬間的に掲載する信憑性皆無の雑誌にこれが載れば、時代錯誤のパワハラだと謹慎処分を食らってしまう。他方で結莉は悲劇のヒロインとなって、世に同情されるのだ。

 しかししかし、彼女も演技は女優ではなかったようで。

「……こんなにかわいい子が土下座してるのに、それでも許してくれない?」

 すぐに頭が上がり、飄々とした謝ることを知らない顔が出てきた。眉間に山脈が形成されていないのも、演技力が稚拙である証拠になっている。

 隆仁たちのいる一階廊下は、貸し切ってなどいない。羊の大群が牧草地へと放たれる通行路であり、プライバシーを保護するアクリル板は設置されているはずもない。

 堅苦しい真実よりひょうきんな噂が広まっていくのは、ネタが優秀で興味をそそられるからだ。お偉いさんが順当に賞を授与されたことよりも、女優の破局報道の方が視聴率の増加に貢献する、そんな世界だ。

「……周りが勘違いするから、やめろって」

 自分自身、街で出くわせない輝いた目を持った女子と対等に会話を交わせているのに驚いている。それもこれもイメージと現実がかけ離れているためだが、ネタの台本を読んでいるようで現実味がしない。

 レールに乗せられる生活は、順風満帆だがどこかに寂しさを感じる。手のひらで踊らされている気がして、自由を求めたくなるのだ。

 謝罪のフリをしても鉄心を溶かすことは出来ないと悟って、結莉は作戦を変更してきた。甘えて許されるぶりっ子の皮を捨てて、純粋な武器で勝負しようというのである。

 彼女の手が、真っすぐ隆仁の右手へと進んでくる。入念に手入れされていて、絹ごし豆腐だと思って食べてしまいそうだ。

「……おかしいな、昼休みは何をやっても許してくれそうだったのに……」
「そもそも、昼のことも許してなんかないぞ……? 広げてた数学のプリント、散らされたんだから……」

 午後に提出の課題に勤しんでいたところに、予期せぬ邪魔が入ったのだ。当初の計画は脆くも崩れ去り、期限に間に合わなくなってしまった。

 彼女はと言うと、肝臓が鉄を超えてタングステン製だ。課題に縛られない人間だと自負していて、提出点は数字として記録されるたびに『1』。これで留年しないのは地頭の良さと言ったところか。

「いいじゃんか、あの問題簡単なんだし……」
「そう思ってるのは、クラスの中でも一人だけじゃないのか……?」

 担当教師が嘆いていたことには、まともに解法へたどり着けているのがほとんどいないとかである。彼女の構造を、切り開いてみてみたい。

 はっきりしたことは、一つ。これだけ頭のキレが良い結莉が、平均で目立たない隆仁に討論の作戦を立案しにいく訳がないということだ。こちらのルートなら赤っ恥確定なので、心のどこかで安堵している自分もいた。

「……それで、要件は何かな? 私、そんなにヒマじゃないんだ」
「呼んだのはどっちだよ!」

 背後の通路から、プリントが束になって落ちる音がした。会話の流れについてなのか、怒鳴り声についてなのか、どちらにしてもマークされてしまった。

 人を小一時間もボケた下駄箱で待たせておいて、張本人が家路に着こうとしている。美少女でも年下でも、倫理観はゆがみを許さなかった。

 新品で真っ白な通学靴を揃えていた結莉の腕を、美少女と肩書の付いている女子の腕を、生まれて初めて止めた。弾力のあるゼリーのように、スルリと掌から抜ける感触がした。

 彼女の目は、お星さまになった。目が点になるとはギャグ漫画の常套手段だが、流星群として空っぽになったことは無かっただろう。

「……なあに? 卑しい愚民どもが高貴な私の肌に触れるのが許されるとでも?」
「お嬢様、ここは日本ですよ? 憲法の下において、人権は保障されているのであります!」

 中世に転移しても、緊張感が伝わってこない。筋肉が引き締まって防戦体勢を取っているのならまだしも、殻を破ったばかりの幼虫になってしまっている。本当に異世界転移をしていたら、女奴隷として誘拐されていそうだ。

 ……どうも、結莉が自分でリズムを崩してるよな……。

 集会の司会でユーモアを振り撒くキャラではない彼女が、ネタ路線を走っているのは異常事態だ。傍目では絶対零度と灼熱地獄を操る能力者が、温度のコントロールを出来なくなっている。

 隆仁の無心で伸ばした手は、揺り落とされることなく引っ付いたままだった。見知らぬ男から腕を掴まれて、である。

「……その、さ……」

 カメラのスローモーションで腕を自らの方へ引き払った彼女は、エラーを起こして静止した。ろくに力を込めていなかった手が、こんにゃくを箸で挟んだときのようにすり抜けて行った。

 網にかかっていた獲物を逃して、またもやプログラムに欠陥が生じたらしい。今度こそ、仕掛けのネタが潰えた。

「……冷やかしなら、もう帰る」

 折角の美少女と話せる大チャンスだったが、言語が通じないのならその場を楽しめるはずもない。二次元の絵はポスターとして壁に飾っておけるだけに、立体でお持ち帰りできないのは残念だ。

 四方八方から勉強の指示を受けて鬱憤の脱出口が無い中、息抜きにはなった。目を潤してくれただけでも、感謝しておくべきだろう。

 石化した結莉の目前を素通りして、自らの靴箱へと手をかけた。目が合っても、戦闘が始まることは無かった。

 髪の毛が自然発火してしまう地獄へと、一歩踏み出して。

「……付き合ってくれませんか?」

 本気のようで、嘘のようで。サーモンのように火照る頬っぺたも、幻想に消えてしまうかもしれない。

 クラス一のハイスペック女子が、頭を下げて頼み込んでいる。性格に難が無ければ、喜んで花束を受け取っただろう。

 ……カメラ、無いよな……。

 バラエティ番組なら、隠しカメラやスタッフが付近で待機している。劣化の激しい街の外れまでテレビ局が足を運ぶとは思えないが。

 彼女が、照れ隠しでキャラを崩さざるを得なかったとしたら。隆仁は、最大のチャンスを逃したことになるだろう。海老で鯛を釣ったのにリリースしたとなっては、釣り仲間に笑われる。

 結莉の、昭和の風景が反射する不純物の無い瞳が、痛々しい。心の底から叫んだ願いを無下にしたくない。

「……どうすればいいか分からなくなって、変になっちゃったんだ……」

 後悔の念が、漂流してきた。助け船を出してやらなければ、川底へ水没してしまう。

「……お願いします」

 これが取っ掛かりの無い奈落への入り口が開かれた瞬間だったとは、隆仁の知る範囲でなかった。
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