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第4章 修学旅行編

042 ホテルにて その4

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(腹減ったな)

 エレベーターへと向かう途中、亮平はそう感じた。罰ゲームの腕立てをしていた時やし終わったあとは筋肉痛でボカされていたが、夕食と聞いたとたんに空腹感が襲ってくるようになった。

 夕食は、バイキング形式だ。食べ放題なので、腹が減るのも当然だろう。亮平が小学校の時の修学旅行はバイキング形式でも食べ放題でもなかったので、尚更だ。

 『ピンポン』という音がするとともに、エレベーターの扉が開く。エレベーターの中には、女子がたくさんと、あとお客さんも乗っていた。まだ入れそうだったので、乗り込む。

 しばらくして一階のランプが光り、エレベーターの扉が開いた。少し遠いところに、同級生がたくさん整列していた。まだ半分ぐらいしかいなかったので、ゆっくりと列の中に入る。

 その列の先の方には、いくつもの料理が並んでいるのが分かる。匂いも少しは漂ってくるので、余計に腹が減る。

(他のやつはやく来いよ)

 腹が減っていて目の前に食べ物があるのに食べれないというのは、けっこう精神に来る。急速に大きくなる空腹感と戦いながら、全員集まるのを待たなくてはならなかった。






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「座れる席は自由だが、あまりスペースをとるなよ。一般のお客さんもいるんだからな」

 教師に念を押されて、亮平達は解放された。

 人によって行動はさまざまだ。我先にと料理が並んでいるところに一番近い席をとる人、友達と一緒にゆっくりと席を探している人、まず料理を取りに行く人……。

 亮平は本当は料理を先に取りに行きたかった。空腹がひどかったからだ。

 しかし、席を先にとっておいた方が安心だと思ったので、適当な席を探した。さすがに女子ばっかりの席に行くのはアレだが、それ以外ならどこでもいい。一応、料理の並んでいるところに近いほうがいい、というのはあるが。

 しかし、適当な席に座ってから、あることに気づく。

(席取りができない!)

 普通のバイキングなら、自分の荷物を置くなどして占有すれば大丈夫だ。しかし、今は荷物は当然ながら持ってきてなどいない。自分で料理をとってきて置くのが唯一の目印になる。普段の外食ではなにかしら荷物を持っていることから生じた、落とし穴だった。事実、真っ先に席を取っていたはずの人とは違う人が席をとっている。

 仕方がないので、亮平も皿を取りに行く。

 空腹のひどさ、時間の無駄使い、料理をとる人の行列。亮平は皿を取るやいなや、まだ人が並んでいない料理へと一直線に突っ込んでいった。その姿は、猪突猛進といっても過言ではないだろう。その料理を取りに行こうとしていたであろう人は全員亮平に道を通した。

 走ってはいないので、マナー違反ではない。周りの人に直接的に邪魔もしていない。人が勝手に道を空けることに少し疑問を感じながらも、次々と料理を取っていった。

 皿には載せれるだけ載せたので、適当な席に座る。正面に、横岳がいた。

(横岳こいつ、なんでいつも側にいるんだ?)

「霧嶋、食べ物は逃げない。時間制限も一応ない。あ・せ・り・す・ぎ・だ。お前の西森さんも、表情見て別の方に行ってたぞ」

(『お前の』は違うだろ)

 心の中で、ひそかに突っ込みを入れる。からかってくるのはいつも通りなので特に何も思わない。 

「確かに、食べ物は逃げない。時間制限もない。でも、空腹はひどくなる。だから、食べる」

 亮平の理論、自称『三段階理論』。亮平は、だいたい『三段階理論』をもとに行動している。その中身は、とても単純だ。『Aだ。Bだ。だから、Cだ』と、『Aがある。Bがある。だから、Cをする』の二通りしかない。今回の場合、Aが前半部分、Bが空腹、Cが食べるだ。

「……。単純。思考。よくわからない」

 横から声がした。亮平は、肩をビクッと震わせながら声の方をした方を向く。

「湊、無音で来るのは怖いからやめろよ」

 湊がいつのまにか横に座っていた。いつ来たのかは分からない。影が薄いというべきなのか。湊だけ別世界にいるようなぐらい静かだ。あとまったく関係のないことだが、湊の皿にはかなりの高さまで料理が詰め込まれている。崩壊したら大惨事になるのは高さからして分かる。普通にしていればそもそも上に詰まないと思うのだが。

「……」

(なんにもしゃべらんのかい!)

 『これ以上かかわっても特に何もない。空腹で、目の前に料理がある。だから、食べよう』。亮平の『三段階理論』が発動する。亮平は、目の前のから揚げやらピザやらを、猛烈な勢いで消費し始めたのであった。



 ----------亮平達の席の仕切り一つ向こうに座っていた未帆の耳に、『お前もは余計だ』という亮平の言葉が聞こえているとは、この時亮平も横岳も気づかなかった----------
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