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第5章 夏祭り編

060 やっぱり予想通り

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 未帆からの電話を受けた翌日。

(遅れてる? いや、そんなことはないか)

 亮平は、走っていた。約束の一時まであと何分なのか、自分では把握できない。家を出発するときに見た時間から計算すると二、三分は余裕があるはずなのだが、時間が分からないと人間、どうしても悪い方へと考えが言ってしまうものである。

 横岳の家が眼中に入り、ようやく亮平は走るスピードを落とした。目的地が見え、すこし気持ちに余裕ができる。亮平の額には、汗がにじみ出ていた。八月の日中、特に正午を過ぎてからの日差しは突き刺さるように暑い。テレビかなんやらで『今年は猛暑になる』としきりに言っていたことを思い出させる。

「あ、亮平」

 声をした方を向くと、未帆がこちらにむかって走ってきていた。亮平が見えたから走った、というわけではないらしい。それなら、あんなに息が切れているはずもない。遠くからでも分かる。

「てっきり亮平はもう着いてるかと思ってた。亮平って、時間だけはいつも守るじゃん?」
「時間も、な。そのいい方だと、ほかは全部守ってないみたいな感じじゃないか」
「ごめん、ごめん。『時間は』は冗談だよ」

 亮平は時間を守る、ということは確かに正しい。だが、亮平は『だいたい五分前につけば大丈夫』という信念をもって行動しているので、できればかなり早めについてほしいと相手が願っていても、きっちり五分前を守って来るのだ。ある意味頑固というものである。今日の場合は、その五分前すら守れているか怪しいところだが。

 第一、なぜ『五分前集合』が基本なのだろうか。学校も平気で二、三分前に校門をくぐって間に合う人もいれば、十分前に来ているのにだらだらして準備が遅い人もいる。遅れさえしなければ来る時間は個人の自由だと思う。

 あと、『時間だけ』を守っているわけではなく、普通にほかのことも守っている。

「ピンポーン」

 横岳の玄関のチャイムのボタンを押すと、よくある効果音が鳴った。しばらくして、玄関の鍵が開く音がした。

「どちら様ですか……って、まあ、霧嶋だよな。もう一時まで二、三分だぞ。てっきりお前なら五分前には着くものかと思って準備してたのによ」
「逆に俺じゃなかったらおかしいだろ。あと、今回は色々やらかしたから」

(横岳もか。俺って、そんなに時間を律儀に守るイメージあるのか?)

 本当は五分前に今回も着く予定のは・ず・だ・っ・た・亮平である。やらかしたことはしょうもないことなので、正直言っても無駄たとは思う。

「色々やらかした? 後で聞かせてもらおう。……ところで、『もう一人連れてきてもいいか』っていうもう一人は、西森さんか。一緒に来た?」
「偶然。ジャストで家の前に来ただけ。それに、『人手が増えるから歓迎』って言ってたのは、横岳の方じゃないかよ」

(連れてきたのが未帆だろうが誰だろうが、そんなに驚くことじゃないだろ。許可事前に取ってるわけだし)

 『後で聞かせてもらおう』の部分の言い回しが少し引っかかったが、今は触れないでおく。

 もし連れてくる人が未帆でなかったら、横岳のリアクションは変わったのであろうか。そう考える亮平であった。

「まあ、とにかく入った、入った」

 言葉に従って、家の中に入る。冷房が効いていて、かなり空気が冷たくて気持ちいい。

 リビングに入ると、長机の上にハサミやら画用紙やらが置いてあった。亮平は『射的の店番をしてくれ』という話しか聞いていないので詳しいことは分かっていないが、見る限り嫌な予感がする。来る前からなんとなくの予想はしていたが、やはりといったところか。

「学校の夏祭りだから、屋台であるような本格的なやつはつくらないよ。それにどうせ、学校の出し物だから景品は学校が用意してくれてるし」

 それなら、机の上に置いてある用具は何のために使うのか。使わないならしまっているはずだ。実質的に今からすることを言っているようなものである。

「ということで、射的の看板づくりお願い!」

 横岳が、頭を下げて頼み込んできた。珍しい。

「特に何も話してなかった俺も悪いけど、どうかお願い。これ、一人だと辛いんだよ。ゲームする時間とか、テレビ見る時間が無くなるし……」

 横岳の私的な時間が無くなるのは別に何も思わないが、そんなに大変なことなのだろうか。一週間もあれば、毎日コツコツやればできそうなものだが。

「まだそれならなんとかなるんだけど、問題が……」

 もったいぶらずに早く教えてほしい。

「……絵を描く人がいないんだよ」

 射的の絵。銃と弾だけを書いておけばいいという発想はダメだのだろう。それなら、わざわざ言う必要がない。

 亮平も絵を描くのは小学校の時からかなり嫌っていて、人間に限って言えば棒人間とにこちゃんマーク以外はまともに書けないようなタチだ。絵を描きたくない気持ちは分かる。が、横岳はそんな亮平のことも知っている。仮に未帆がいなかったとして、ヘタクソな男二人でうなりながら絵を描いたりでもしたのだろうか。想像したくはない。

 だが、幸いにもこの場には未帆という最適な人材がいる。カット絵に選ばれるぐらいの上手さだ。未帆がいなかったら、絵の話題は後回しにしていたであろう。

「絵なら、私が」

 案の定、未帆が食いついた。横岳が玄関で未帆を見たときに少し変なリアクションをとっていた原因は、これだったのかもしれない。

「西森さんが来たと分かった時点で、頼もうと思ってたんだ。あと、霧嶋は強制参加だからな? ほかのことをやってもらう」

 亮平が制作に参加するのは確定らしい。別に今日何もないとは思っていなかったのであまり気にはしないのだが。

 それにしても、射的で他にいるものは何だろうか。景品なら横岳が『学校が用意する』と言っていたから除外。看板は未帆が作ることになったから除外。

(まさか、射的の銃とか……? いや、それだと空気鉄砲ぐらいしか作れないぞ……) 

「的に決まってるだろ、射撃の的。自然に倒れないぐらいの強度でつくるんだよ。何のためにハサミやら画用紙やらを置いてると思ってるんだ?」

 横岳が唯一解を出した。

 亮平のイメージだと、射的は景品を直接倒すような感じの屋台を想像していたので、『的』というものが盲点に入っていたのだ。

 こうして、亮平たちはそれぞれの役割について作業を開始した。
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