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第5章 夏祭り編

062 トラブル発生

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「未帆さーん、射的でこの絵みたいなのを使うと思う?」

 暫く沈黙が流れた後、ようやく亮平が言葉にできたのがこれだった。

「でも実物なんてどこにもなかったし……。『もう銃ならなんでもいいや!』って感じで書いたんだけど、ダメ?」

 そのことを、否定はしない。確かにこの横岳の家の中の、未帆が見ることが出来る範囲に射的屋用の銃はどこにもなかった。

 亮平がもし未帆の代わりに絵を描く担当になっていたとすれば、たぶんまともには銃を書けないだろう。むしろ、頭の中に残ってるイメージだけで描き上げた未帆をすごいとほめるべきだろう。

「ま、いいんじゃない? 誰が見ても『銃』って分かるから。第一、この絵をボツにするとして、同じクオルティで描けるとでもいうのかい、霧嶋ー?」

 横岳は見た人が『銃のイラスト』だと分かればそれでいいらしい。

 亮平も、そんなに絵にこだわりがあるわけでもない。イラストは、未帆が書いたもので決定になった。

「でも、一応下に注意書きでも書いとくかな」

 横岳が、マジックを箱から取り出すと、絵の下に何かを書きだした。

 『※実際にはこの銃は使いません。あくまで銃のイメージイラストです。』

 未帆の視線がその下に書かれた文章に突き刺さる。不満がありそうな目でじっと視線を動かさない。

「……絵にケチつけてるようにしか見えないんだけど、横岳くん?」
「いや、万が一『絵にかいてあるのと実物が違う』っていうクレームが来ないようにしてるだけだから」

 のらりくらりとしている。ちなみに亮平視点では、横岳が未帆に『描きなおして射的の銃っぽいのを描いてくれ』と暗示しているように思える。本心は知らない。

 なおも疑り深い目で横岳の方を注視していた未帆だったが、そのことについては諦めたらしく、亮平の方へと向きなおした。

「ということで、今日はも日が暮れるし、そろそろ解散ということで……」

 未帆をうまく言いくるめた横岳が、机の上に散乱している道具類を、片付け始めた。

「そうするか。もう遅くなるし」

 窓の外の夕日は大きく傾き、橙と赤の中間の色が空を覆いつくしていた。

「何か腑に落ちないけど……」
「まあまあ、今は一旦抑えて」

 未帆の気持ちが収まっている間に、家を出たい。

「横岳、今日はありがとな」
「こっちこそ。あと、片付けは俺がしとくから、もう帰ってもいいぜ」
「じゃ、お言葉に甘えて」

 横岳の言葉は、ありがたく頂戴することにした。体を玄関の方に向ける。

「未帆、一緒に帰るか?」
「帰るに決まってる!」

(いや、別にそれは決めてないけど)

 亮平と未帆は、横岳の家を出た。






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「亮平、本当はどう思ってたの?」

 未帆が問いただしているのは、銃のイラストに関してだ。亮平の受け答えが不自然だったこともあり、未帆の問い詰め方がきつくなってきている。

「……小学校の運動会に使うようなピストルだなー、と思ってました!」

 隠してもどうせバレると思い、開き直る。

 だが、未帆から返ってきたのは、予想外のことだった。

「正解! そうだよねー、やっぱりそう見えちゃうよねー」

 硬い笑顔でこちらに話してくる未帆。てっきり雷が落ちてくるものだと思っていた亮平は、拍子抜けた。

「本当はライフルみたいなものを描きたかったんだけど、頭の中にライフルのイメージが全く浮かんでこなくて……」

 その時、亮平には未帆のすぐ後ろの路地から、ガラが悪そうな、年が同じぐらいの男子が何か棒状のようなものを持って未帆の方へ走ってくるのが見えた。

「ちょっ!」

 気が付けば亮平は、未帆を両腕で思いっきり横へと押し出していた。もしこけたとしても、後で謝ればいい話。優先順位が違う。

「うぉぉぉぉら!」

 その男子は大きな掛け声を出し、棒状のものを振りかぶってくる。

(鉄パイプ!?)

 頭を殴られれば、致命傷になりかねない。咄嗟に、打ちおろされた長さ一メートルほどある鉄パイプを両手で受け止めた。手のひらにヒリヒリとした刺激が伝わる。

 なおも素手で殴りかかってこようとしてきたその男子を、寸前で亮平はひらりと躱した。男子が勢い余って顔面からアスファルトの道路に突っ込む。ドン、と鈍い音がした。

 自分から殴れば同罪になるが、相手の方が自爆する分にはこちらに何の非もない。そのことを、亮平はきちんと知っていた。小学校五年生のあの一連の出来事で捻じ曲げられた心は、簡単には捨て去ることはできない。

 うつ伏せになってしばらく倒れていた男子は、亮平の方を向き直り、にらみつけただけで何も言わずに退散していった。

(また八条学園か……)

 制服に、『八条』と書いてあったのを亮平は見逃していなかった。その文字が入った制服の学校は、近辺には一つしかない。半グレや不良が溜まっていることで有名な、八条学園ただ一校である。

(あいつらは、基本俺を狙ってくるはず。それなのに未帆を襲おうとしたってことは、俺の身の回りにいるやつも一緒にヤる、ってことか……。だとしたら、未帆となるべく接触しないようにしないとな……)

「亮平、大丈夫? いや、体じゃなくて、表情。なんか暗いよ?」

 流石に『今すぐ俺から離れて帰ってくれ』とは言えない。理由を問い詰められるだろうし、八条学園のやつらが周辺にタムロしているのならば、却って未帆が危険になる。

 『体は心配しないのかよ』とツッコミを入れつつ、『そんなことはない』と返す亮平であった。
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