ふわふわタンポポ少女を救いたい!

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雑用を押し付けられて。

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 高校は義務教育ではなく、学生自らが選択して進学するものだ。今の時代となっては学歴を高卒まで上げないといけなくなっているので、ほとんどが進学する。

 建て前は『勉学にさらに励むため』となっているが、実情と乖離していることも少なくない。規定年数在籍して卒業証書を受け取るのが目的になっている生徒の方が多いのではないだろうか。かく言う航生も、その一員に入る。

 青春を謳歌する場所としても、高校は真っ先に挙げられる。金銭が絡んでこない学生時代は、人との関わりもまだ純粋なものであり、感情的になってぶつかることができるからだ。

 とはいえど、中にはクラスに馴染めずに浮いてしまう人がいるのも事実だ。

 ……優希……。

 先日の『優希をなんとかする会』で提出された議案は、奇しくも本人の直談判で廃案になった。主目標が個人に向いていることを嫌がっていたようで、説得できるような雰囲気ではなかった。

 話は一旦過去に移るのだが、終始彼女からは否定的な言葉しか出てこなかった。

『……頑張ってくれてることは分かるんだけど、そこまでしなくてもいいんじゃないかな』

 優希は、何でも肯定してくれるイエスマンではなかった。それを分かっていたはずなのに衝撃の電流が身体を駆け抜けたということは、内心でそう思っていたという事である。

 個人のために、クラスを巻き込む。良かれと思ってやろうとしていたことだが、冷静に見つめ直してみると綻びも多い。

『……嫌いに思ってる人まで、優希に付き合わせることにならない?』

 差別主義者でなくとも、相性や性格で苦手とする人はいる。どうしても好きになれない組み合わせというものは、現実に存在するのだ。

 赤の他人とペアを組まされて、そこから友情が生まれることもある。遠目では気付かなかった意外な一面に惚れて、ゴールインすることもあるだろう。

 だが、そんなことが毎度起こるとは思わない方がいい。高く見積もっても、せいぜい二割が限度だ。心の底から嫌っている人と一緒になっても、不快感しか湧いてこない。

 思想を一方的に排除しようとするのは、多様性を尊重する文化から逸脱するものであり、民主主義にも則していない。他人の考えを尊重するということは、現代社会において重要なパラメータだ。

 全員と仲良くすることは、多様性を尊重することと必ずしもイコールで結ばれるわけではない。脳の中で発生するだけの、ちっぽけな個人の感情を越えて交流するのがベストなのは言うまでもないが、人間は完璧に作られていない。

『もし、花壇の花を引っこ抜いている人がいたら、優希は許せない。でも、その人は何とも思ってないかもしれない。どうしようもないこともあるんだよ……』

 植物の生命を奪うことは、優希にとって到底許し難い行いだ。当然彼女は激しく注意するだろうし、それが正義だと思っている。

 何が正しいかは、個人によって大幅に変わってくる。どれが正解とも言い切れないし、間違いとも言い切れない。殺人ですら、江戸時代では名誉を守るためなら例外的に許可されていた。

 花を抜いた人物が、それを売って路上生活をしているとすれば、見る世界がガラリと変化する。生き延びるための必須行動を咎める気には、固い信念がない限りはならないだろう。

 人間は、ぼんやりとした宙に浮かぶものを固定したいという欲に駆られる。
空中でふらふら飛んでいるものを仕分けするのには頭の労力を使い、疲労が溜まる。基準を明確にしておけば、その手間が省けるといった具合だ。

 効率化は時間の有効活用を促したというメリットばかりを取り沙汰されるが、デメリットも考えなくてはいけない。思考停止状態が長年続くと、いざ再稼働させようとしても錆びついてしまい、油さし無しでは動かなくなってしまう。

 高校でも、公道に出ても、校則や法律にがんじがらめにされている。自らの手で創造する機会が希薄で、どういった成り立ちからそのルールが定められたのかを知ることも少ない。うなじが性欲に訴えかけるといった不思議な校則もあるにはあるが、大体ははっきりとした理由付けがされている。

 ……柔軟になれ、って言いたかったのかな……?

 成り行きで優希と友達になったが、まだベールに包まれている部分は多い。もっと親しくなったら、いずれ分かる日が来るのだろうか。

「……なに、ボーっとしてるんだよ。部活行くぞ……って、園部は部活入ってなかったな」
「……また塾だよ、くそったれ」

 全ての始まりとなった超多忙で隙間の無い日程は、未だに改善される気配がない。いっそ課題を白紙で提出してやろうとも思ったが、自分の身の為にならなそうなことを進んでする気にはなれなかった。

 週六回というのは、学歴がある程度就職活動に影響してくる日本と言えど平均を上回っているだろう。経済がひっ迫していないという理由もあるが、やはり一番は親のエゴだ。

 クラスの女子陣は、そっくりそのまま大人になる。高校生の母親だけで組織される団体の中で学習度合いを見せびらかす会があるらしく、そこでの話題作りのためだとこっそり盗み聞きしたことがあるのだ。

 キラキラネームもそうだが、子供のことを何も考えないのもどうかしている。偏差値下位の高校で平均点を割る航生も大概だと自覚しているが、精神が死ぬまで勉強漬けさせるのもどうなのか。まともに全てを受けていては、睡眠不足で余計に授業が右から左へと通り過ぎていくだけだと言うのに。

 塾漬けの弊害で、部活に入ることもままならない。土休日に練習試合や大会が組み込まれるおかげで、入部させてもらえない。秘密裏に入部したことが判明した日には、退学させられそうだ。

「……そんなんで、学校楽しいか?」
「そんなわけないだろ! ……優希がいるから、ちょっとは明るくなったけども」
「もう、桜葉さんとの関係は隠さないんだな」
「……」

 登下校は独りぼっちで、授業の合間は死んだ目で海岸に打ち上げられている。ランニングが趣味だが、ストレス発散させるための道具。それが、前までの航生だった。

 何をしてもやる気が湧かなかった生活に、一筋の光を差し込ませてくれたのは優希だ。彼女に人助けのつもりはなかっただろうが、沼の底から引き上げてくれたことに間違いはない。

 しかし、優希に負荷をかけすぎるわけにもいかない。周囲、とくに女子からのバッシングが激しく、疲労困憊しているところも何度か見かけてきた。そこへ更に重いバーベルを乗せるのは非情だ。

 放課後ともなると、教室に残る人が一気に減る。掃除当番以外は留まる理由がなく、雑談をするにしても教師に注意される。暇つぶしで黒板アートに挑戦するのでもなければ、無人になるのが普通だ。

「それじゃ、また明日な」

 高崎を引き留めることは出来ない。昨日部を抜け出したペナルティが蓄積しているとのことで、今日は行かなくてはならないそうだ。頼んだつもりはないが、悪いことをさせてしまった。

 数少ない親友の一人を、小刻みに手を振って見送った。

 このまま直帰しても悪くはない。塾まであと一時間ほど余裕があるので、テレビを頭空っぽにして視聴する時間は取れるだろう。

 ……でも、それだと代わり映えがしないな……。

 何かスパイスはないかと探したところで、ある材料が上流から流されてきた。

 高崎は平気で活動日を無視するが、部活は基本的に週五回である。昔はエブリデイ部活でも黙認されていたようだが、学業との両立を迫られた現代でそのようなことは御法度らしい。

 活動日は部によって異なり、文化部は参加自由なものも一部ある。野球部が授業中居眠りを余儀なくされるハードな練習をこなしているのは知っているが、他は分からない。

 思い出したのは、写真部の休業日が今日だったということだ。

 写真部は、優希が所属している部活だ。彼女曰く、片っ端から植物をアルバムに収めて図鑑を作ろうとしているらしい。航生も入部届を出そうかと一瞬考えたのだが、すぐに却下された。

 もうほとんどの生徒が教室から出て行ってしまっていた。窓枠でいつものメンバーがグラウンドに野次を飛ばしている他は、掃除当番以外全員部活に行ってしまったようだ。

 ……今度、体験入部だけでもさせてもらおうかな。

 優希と同じ時間を過ごしたいというのもあり、とっておきの風景を一枚に収めたいのもあり。体験入部なら、きっと親に伝わることも無いであろう。

 黒板の中央には、大きな字で『明日は午前中授業』と連絡が記されてある。職員会議か何かの用事で、午後は校舎が使えなくなるようだ。

 掃除の事だが、これまたサボるやつが後を絶たないのである。部活を盾にして抜けるのがシンプルな手法かつ最強で、これを言って抜けた生徒が呼び出しを食らった覚えがない。

 教師がよく点検に来る教室はともかく、他の担当場所はストライキが発生するほどだ。賃上げ交渉に応じなければ、二度と掃除されることはないかもしれない。

 現在教室に残っているのは、航生と野次合戦中の数人組を排除すると、箒を持った女子が一人だけ。七人一組で掃除なので、明らかに人数が足りていない。

「……優希、ボランティアか?」

 ぽつんと取り残されていて、嫌な胸騒ぎがする。有志が教室掃除を承ってくれていることがあるので、一概に決めつけは出来ないが。

「……優希以外、みんな帰っちゃった。……ひどい」

 黙々と、机と机の間を掃いていく優希。友達という存在から切り離された彼女は、元気が満タンのそれより半分になって見えた。世の中の理不尽を悟った菩薩顔であり、やわらかさは失われてしまっていた。

 頻繁に掃除当番が欠けていることは有れど、一人を除いていなくなってしまうのは聞いたことが無い。これは、優希に対する明確な宣戦布告だ。

 女子陣にはいがみ合っているイメージしかなかったが、共通の敵が存在すると一致団結するものなのだろう。自分たちの地位を脅かしかねない『純粋な少女』を潰しにかかっている。

 元から時間を持て余している航生。迷うことなく、用具箱から新たに箒を手に取った。

「ありがとね、航生」

 感情を捨て去っていた真顔から、温かさをほのかに含んだ微笑になった。目があまり笑っていないのが気になるが、心が折れたわけではなさそうで一安心である。

 ……しっかし、よくメンタルが持つよな……。

 あまり外見で決め打ちするのも良くない。そのうえで話すと、誰も来なくともめげずに掃除に取り組む優希は責任感が途轍もなく強い。

 残りのメンバーが帰ってしまっては、自分も帰ろうという気になるのが普通の感触だ。赤信号もみんなで渡れば怖くないと言うが、まさにその通り。全員が共犯者なら、自分だけが貶めを受けることはない。

「……サボっても、誰も文句は言わないぞ?」
「掃除は、決められたことだから。誰もしないと汚いし、そんなのじゃ勉強もはかどらない」

 自分の為になることは、決して怠らない。これをせずに最善を尽くしたとは言えない。

 仮に、指名された生徒が学校の事務を代行しなければならないとすれば、彼女はどうしただろうか。高校に尽くすだけであり、自らに損はあれど得はない。

 このような時、仕方なく従うのではなく、そのルールの存在意義を議論して存置か撤廃かを議論すると思うのだ。

 校則は絶対的なものではなく、議論された結果として出来上がったものだ。不満に思うのならば、反対運動を起こして変えさせてしまえばいい。

 優希は大きなため息をついて、唇をかみしめた。

「……優希、何か悪い事でもしたかな……?」

 付け焼刃のような批判をされても声を荒げず、滅多に負の感情を表に出さないあの優希が、じんわり目に涙をためていた。怒りが、はっきり女子陣や見て見ぬふりをするクラス中に向いている。

 小学校、中学校と続いてきた負の連鎖。生半可な覚悟では断ち切れない、底に沈んでいる鎖。彼女を呪縛し、狭い世界に閉じ込めている。

 ヤケクソで自暴自棄だった航生を正しい道に戻してくれたのは、他の誰でもない優希だ。恩を受けて、返さないというのは罰当たりな行為である。

 そして、航生は彼女に強いあこがれを抱いた。鉄のような意志を持ち、ひたむきに己が道を進んでいく姿が、人生に横たわっている茨を真っ二つにしていく騎士に見えた。

 ……この娘(こ)の思いを、全部受け止めたい。

 固く握ったてのひらには、優希を何としてでも守ろうという頑なな決意が燃え上がっていた。
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