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第48話『待つ人、待たせる人』

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■ 待つ人、待たせる人

 空港のトイレの近くで、父、ジュン、タクの3人が立って待っていると、母、ミサ、リコの3人が駆けつけてきた。
「ごめんなさい。お待たせ」と母。
「うちの女性陣は、いつも遅いな」とタク。
 ジュンは、さらに冷たい口調で言った。
「毎日10分は待たされてるよね、僕たち男性陣は。3人で毎日30分。これだけ時間があれば、いろんなことができるのに」
「そんなこと言わないで。女性は大変なのよ。お化粧にも時間がかかるし」
 ミサが言い返すと、ジュンがさらに言った。
「ミサもリコもお化粧してないじゃないか」
「まあまあ、こんな所で言い争いはよそう」
 父がそう言い、6人は歩き出した。

 ホストハウスに着くと、ホスト夫妻が6人をリビングに迎え入れた。
「私たちは、皆さんを心から歓迎します」
 HF(ホストファーザー)がそう言うと、HM(ホストマザー)も続けた。
「短い間ではありますが、最高のおもてなしをしたいと思います。国からの補助金も出ていて、いくらでも使っていいことになっていますから」
 こんなに歓迎されるのは珍しいことだ。地球一家は礼を述べた。

「さて、今から皆さんはどこへ行きたいですか?」
 HFがパンフレットを開いた。
「これをご覧ください。ここから日帰りで行ける観光地が全部載っています。一つ選んでいただければ、我々が案内しましょう」
「この岩山なんか迫力があっていいな」と父。
「うん、僕もこれがいいと思った」とジュン。
「あら、こっちの湖水地方が美しくていいわ」と母。
「私も、湖水地方に賛成」とミサ。
「湖水地方なら、この間も別の所で行ったじゃないか」とジュン。
「でも、この写真のほうがはるかに美しく見えるもん」とミサ。
「ご意見が分かれるようでしたら、別行動になさってはどうですか?」
 HMはそう提案した。
「僕は岩山だな。リコは?」とタク。
「湖水地方がいい」とリコ。
 ちょうど男性と女性の3対3に分かれたようだ。岩山はHFが、湖水地方はHMが案内することに決まり、さっそく出発だ。

 父、ジュン、タクを誘導して道を歩くHFが言った。
「岩山に行くのは、僕も初めてなんですよ。でも、ちゃんと専属のガイドをつけますから大丈夫です。あそこに公園があるでしょ。そこのベンチで、岩山に詳しいガイドさんと待ち合わせする段取りになっています」
「すごい。至れり尽くせりですね」
 父が感心すると、HFは得意げな顔を見せた。
「国から補助金も出ています。地球からの初めてのお客様として、国をあげての大歓迎なんですから」

 HFは3人を公園の丸テーブルに案内し、腰掛けるよう促した。
「ここで、女性のガイドさんと2時に待ち合わせです」
 今は1時50分なので、まだ10分早い。すると、HFは笑って言った。
「10分前ならちょうどいいですね。先方が先に到着していると具合が悪いですから」
「そうですね。無料でお願いしているガイドさんをお待たせしちゃいけませんね」
 父がそう言うと、HFは手を横に振って答えた。
「別に無料だからというわけじゃありません。僕がA型で、ガイドさんがB型だからですよ」
 いったいどういう意味?
「この星の住民は、A型とB型に分かれます。A型の人とB型の人が待ち合わせをする場合、A型が先に着いてB型を待つものだと決まっているんです」
 まさか、法律で決まっている?
「これは、気持ちの問題です。A型はみんな、待つのが好きなんです。そしてB型はみんな、待たせるのが好きなんです」
「でも、A型が待ってばかりじゃ、割に合わないですね。待ち時間を一生分合計すると、相当な時間になるでしょう」
 ジュンが尋ねると、HFは説明した。
「いや、待つのは不利なことばかりじゃないですよ。待ち合わせで先に着くと、気分的にその日一日、優越感が味わえるんです。主導権がとりやすくなります。A型人間は、それをとても重視していますので、待ち合わせの時は必ず時間より前に到着する習慣があります」

 公園で男性4人がベンチに座っていると、女性ガイドは10分遅刻して現れた。
「お待たせしました」

 一方その頃、HMが母、ミサ、リコの3人を引率して歩いていた。
「湖水地方は私も行ったことがありません。専属のガイドさんに案内してもらうことになっています。バス停で、男性のガイドさんと2時30分に待ち合わせます」
 2時30分? もう5分も過ぎてしまっている。
「いいんですよ、10分くらい遅れて行けば。私はB型ですから」
 HMは、この星のA型人間とB型人間について3人に説明した。
「A型は待ちたがり、B型は待たせたがるのです。だから、私のようなB型は必ず待ち合わせ場所に遅れて到着します」
 ミサは、不思議そうにHMに言った。
「しょっちゅう人のことを待たせる私も、人のことを言えないんですが、相手を待たせたがるって、わがままな気がします」
「あら、そんなことないわ。相手を待たせるというのは、とてもいいことなんですよ」
「どうして?」
「相手に先に到着させることで、相手に優越感を与えるんです。つまりB型は、相手を立てる気持ちにあふれているんですよ」
 そういう考え方もあるのだな。HMは、ミサに質問を投げた。
「ミサさん。待つのと待たせるのでは、どちらが嫌ですか?」
「どっちも嫌だけど、心の優しい人であれば、待たせるほうが苦痛だと思う」
「そうでしょう。B型の人はその苦痛な役目を負って、相手にいい思いをしてもらうんですよ」
「でも、もう10分近くも遅刻だわ。ここまで遅くなくてもいいんじゃないかしら」
「いや、万が一相手が遅刻していたら、私のほうが先に着いてしまいます。何が何でも、相手に先に着いていてほしいんです」

 もうすぐバス停に着くという時、HMは3人を引き留めた。
「待って。ガイドさんがもう着いているかどうか、まず物陰から確認しましょう」
 バス停のベンチには、男性が座っていた。HMがガイドに歩み寄って声をかけた。
「遅くなりました」
「こんにちは。よろしくお願いします」

 その日の夜、双方のツアーから無事に戻った8人は、岩山からの眺望、湖水地方の絶景など、お互いの感想を言い合った。
「さて、明日はどうしましょうか? スポーツ観戦なんてどうですか」
 HFはそう言ってガイドブックを開き、写真を指した。
「特にお勧めなのが、この格闘技です。この国独自の競技で、スポーツとショーの融合のようなものです。楽しめますよ」
 ジュンがそれを見て気に入った。すると、HMは別の写真を指した。
「こっちのフィギュアスケートもお勧めですよ。5回転ジャンプのできる選手が明日ちょうど出場します」
 こちらにはミサが興味を示した。
「どうします? また2班に分かれますか?」
 HFの提案で、挙手をとった。格闘技には父、ジュン、タクが手を挙げ、フィギュアスケートには母、ミサ、リコが手を挙げた。またもや男性と女性に分かれたようだ。

 まず、HFが男性陣に言った。
「じゃあ、男性の皆さんは、私が明日お伴しましょう。もちろん明日も、専属ガイドつきです。格闘技のルールは分かりにくいので、詳しく解説してもらいましょう」
 次に、HMが女性陣に言った。
「女性の皆さんは、私がご案内します。こちらもガイドつきで」

 翌朝早く、地球一家6人が眠っているところに、HFが入ってきた。
「男性の皆さん。起きてください。格闘技、見に行きますよ」
 え? まだ朝4時だ。こんな早朝に?

 HFに連れられて、父、ジュン、タクが眠そうに駅のホームに着くと、始発電車が停車していた。20分ほどで目的の駅に到着し、HFを先頭に3人が降りた。
「さあ、駆け足です」
 HFが走り始め、3人は追いかけた。
「競技場の門の前で、ガイドさんと待ち合わせをしています。急いでください!」

 4人が駆け足で競技場の門の前に着こうとした時、反対側から男性ガイドが駆け足でやってきた。門の前で5人が出会い、息を切らしながら挨拶をした。
「さあ、じゃあ、開場時間までここで待ちましょう」
 ガイドが言った。開場時間って?
「10時ですよ」
「10時? まだ5時半ですよ。なんでこんなに早く待ち合わせしたんですか?」
 タクが尋ねると、HFはさも当然のように答えた。
「待ち合わせ時刻は10時だったんですよ。だからいつもどおりその10分前に着けばいいと最初は思ったんですが……。今日は待ち合わせの相手のガイドさんもA型なんです。だから、きっと僕よりも先に着きたいために、もっと早く来ているんじゃないかと。でも僕だって、相手よりも後に着くのは絶対に嫌です」
 二人とも同じことを考え、できる限り早く来ようとして、お互いに始発電車で来てしまったというわけか。勘弁してほしい。ジュンが座り込んで眠ろうとするのを、HFがゆすり起こした。
「こんな寒い所で寝たら風邪引くよ。我慢して」
 A型同士で待ち合わせをする時は、いつもこんなふうになるのだろうか?

 一方その頃、HMは母、ミサ、リコを連れて歩いていた。
「今日は、昨日と同じく、そこのバス停で待ち合わせをします。あ、ちょっと待って」
 また、ここから様子を伺うのだろうか。まだ来ていないようだ。もう10分も過ぎているのに。HMはつぶやいた。
「やっぱり来てないか。実は、今日のガイドさんはB型なんです」
 母、ミサ、リコは、はっと驚いた。

 競技場のステージでは、格闘技が始まった。観覧席では、男性ガイドが格闘技の説明をするが、父、ジュン、タクの3人は座席で熟睡してしまっており、説明を全く聞いていない。

 バス停の近くの道では、HM、母、ミサ、リコが物陰からバス停を見ている。
「ねえ、もう一時間もたちましたよ。ガイドさん、遅いですね」とミサ。
「もうちょっと、ここで待ちましょう」とHM。
「あら。向こうの物陰で顔を少し出してこっちを見た女の人、ガイドさんじゃない?」と母。
「そうですね。間違いありません。私たちがバス停に立つのを待ってるんですよ」とHM。
「じゃあ、早く出て行きましょうよ」
 ミサは飛び出そうとしたが、HMが制止した。
「いや、待って。待ち合わせ場所に先に着くなんてできないわ」
「そんな。向こうもB型だから、同じことを考えてるんでしょ」
「こうなったら、根比べよ」
 母、ミサ、リコは、渋い表情を見せた。

 数時間が過ぎ、HM、母、ミサ、リコは、同じ物陰からバス停を見続けていた。
「もう限界だわ。これ以上待てない時間になっちゃった。行きましょう」
 HMはバス停に向かって駆け出し、母とミサとリコが後に続いた。それを見計らって、女性ガイドも駆けてきた。
「遅くなりましたね。急ぎましょう。今ならちょうど間に合います」

 スケート競技場では、ステージ上で滑っていた選手が止まり、音楽が鳴りやむと、場内に拍手が響いた。その時ドアが開き、女性ガイドを先頭にHMと3人が入った。演技には間に合わず、得点発表に間に合ったということなのだ。3人はため息をついた。

 この日の地球一家6人の待ち合わせ場所は、空港のロビーだった。父、ジュン、タクが待っていると、母、ミサ、リコが走ってきた。女性陣は今日も遅かったようだ。
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