地球一家がおじゃまします

トナミゲン

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第63話『リアル避難訓練』

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■ リアル避難訓練

 地球一家6人が新しい星のホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)の歓迎を受けた。荷物を下ろし、庭に出て新鮮な空気を吸っていると、HMがつぶやいた。
「そろそろだわ」
 その時、空がオレンジ色に光った。そして、みるみるうちに空全体がオレンジ色に染まっていった。これはいったい何事か? 夕焼け? 朝焼け? いや、あかね色の空といった美しいものではない。それに、今はまだ昼間である。
「これは、いん石です。いん石がこの星にぶつかった証拠ですよ」
 HMは平然と説明した。大丈夫なのだろうか?
「皆さん、避難しましょう。私が誘導しますから、後についてきてください」
 避難と言われ、ジュンがとっさに尋ねた。
「どうして避難が必要なんですか?」
「空がオレンジ色に染まっているのは、有毒ガスが発生しているからよ」
「それはただ事じゃありませんね。逃げましょう。でも、どこへ?」
「公園の地下にあるシェルターです。さあ、こっちです。皆さん、防毒マスクを渡しますから、すぐにつけてください」
 HMは6人にマスクを配布した。全員がマスクをつけて家の外に飛び出し、周りを見ると、人々はみんな落ち着いて同じマスクを身につけ、慌てずにシェルターに向かっていた。
 ところがよく見ると、シェルターに向かわずに仕事や遊びを続けている人もいた。
「あの人たちは大丈夫なんですか? 逃げ遅れてしまいますよ」
 ミサが尋ねたが、HMは振り向きもせず前進した。
「皆さんは気にしなくていいんです。さあ、シェルターのほうへ」

 HMと地球一家6人がシェルターに駆け込むと、既に多くの住民が防毒マスクを外して一休みしているところだった。
「さあ、もうマスクを外して大丈夫ですよ」
 HMは率先してマスクを外し、地球一家もそれに倣った。父は周囲を見て感心している。
「慌てふためいてるのは、我々6人だけのようだ。よく皆さん落ち着いていらっしゃいますね。いん石には慣れているということですか?」
「皆さんに恐怖を味わわせてしまってすみません。ここで真相を話します。いん石の衝突なんてなかったんです。これは避難訓練です」
 避難訓練? 地球一家全員の力が抜けた。HMはポケットからマイクを取り出した。
「シェルターにお集まりの皆さん。こちらは避難訓練実行委員です。これは避難訓練でした。どうぞ安心して家や職場にお戻りください」
 HMの声はスピーカーから流れ、シェルターに集まっている住民全員に伝わった。彼らはほっと一息つくと、三々五々シェルターから出て帰宅の途についた。HMはマイクをしまい、地球一家に言った。
「今の私の声は、このシェルターだけでなく、この星の全てのシェルターに流れました」
 ミサがHMに尋ねた。
「ここにいる人たちは、訓練だということを知っていたから落ち着いていたんですか?」
「いいえ、訓練だとはっきりわかっていたというわけではないんですが……」
「意味がさっぱりわかりません。そもそも、私たちが見たあのオレンジ色の光は何だったんですか?」
「コンピューターで空全体にオレンジ色の光を投影しているんです。実際にいん石がぶつかると、あんなふうに空がオレンジ色になることがわかっています。だから、避難訓練をなるべくリアルにするために、人工的にオレンジの光を作り出しているんです」
「リアルな避難訓練か。ということは、この防毒マスクをつけていたから気付きませんでしたけど、実際に猛毒が使われたんですか?」
「いいえ、さすがにそこまではしません。避難訓練のために死者を出しては、本末転倒ですから。リアルに再現したのは空の色だけです」
「じゃあ、ガスの悪臭もしないんですね?」
「悪臭? 有毒ガスだからといって、元々匂いなどしませんよ」
 ミサとHMの会話をここまで聞いていたジュンが、割り込んでミサに補足説明した。
「ミサ、それは地球でも同じだよ。一酸化炭素は有毒ガスだけど、匂いなんてしないよ。それに、地球の家庭で使われているガスは嫌な匂いがするけど、あれは後から付け足した匂いなんだ。ガス漏れが起きた時にすぐわかるようにね」
「本当? 家庭のガスって元々は無臭なの? 知らなかった」
 ミサは、HMへの質問を再開した。
「避難訓練が本物のいん石の衝突だとわからないくらいにリアルに行われていることはよくわかりました。でも、そこまでリアルにする必要があるんですか?」
「リアルにしないと、どうせ避難訓練だと思って、おしゃべりしながら逃げ回ったりして、全く緊迫感がないのよ。リアルなほうが本当の事故だと思い込んで、緊張感が出るの」
「それにしては、周りのみんなは落ち着きすぎかも。こんなにリアルなのに、誰も怖がっていないわ。避難訓練があるって、みんな知っていたんですか?」
「いいえ、予告はしないわ。避難訓練は突然始まります。ただ、避難訓練が頻繁にあるので、みんな慣れてしまったのよ。これはきっと訓練だと思うと、動じなくなってきたんだわ」
「慌てないだけならいいですけど、全く逃げてない人もいましたね」
「そうね。これじゃ、訓練になりません。なんとかしたいものだわ」
「避難訓練は、どのくらいの頻度でやってるんですか?」
「一日に一回のペースでやっているわよ」
「そんなに? 毎日避難訓練ですか?」
「毎日というわけではなく、やらない日もあれば、一日に何回も訓練する時もあるわ。だって一日一回と決まっていたら、訓練が終わった後はもう絶対に訓練がないと思って、気が抜けてしまうでしょ」
「それにしても多いわ」

 シェルターの出口に向かいながら、今度は母がHMに尋ねた。
「ところで、さっきマイクで、避難訓練実行委員だとおっしゃっていましたね」
「はい。何月何日の何時何分に避難訓練を実行するかを決めるのが、私の役目です。極秘事項なので、家族にも内緒で実行します。実行チームのほかのメンバーさえ、日時までの細かい情報は知らされていないんですよ」

 家に着くと、HF(ホストファーザー)が帰宅していた。髪を肩まで伸ばし、ひげも伸ばし放題の男性だ。彼と地球一家が挨拶を交わしている間に電話が鳴り、HMは少し話した後、地球一家に言った。
「すみません。急用が入ったので、外出します。夫だけでちょっと心配なんですけど」
 HMは、HFの肩に両手を乗せた。
「夫はちょっと変わり者なので。大学の数学の教授なんです」

 HMが外出した後しばらくして、真っ先に空の異変に気付いたミサが叫んだ。
「空を見て! またオレンジ色の光よ。避難訓練だわ。シェルターに行かなきゃ」
 ミサは、HFに頼んだ。
「防毒マスクをください」
「シェルターになんて行かなくていいですよ。さっき行ったばかりでしょ。これは明らかに訓練なんですから」
「でも、訓練だという証拠はあるんですか? 本物のいん石かもしれないですよね」
 ミサにそう言われ、HFは地球一家全員に向かって冷静に言った。
「皆さん。ここは頭を冷やして、確率的に考えてみましょう。確率ってわかります? 例えば、コインを投げて表が出る確率は2分の1。サイコロを振って3が出る確率は6分の1」
「それくらい私にもわかりますよ」とミサ。
「僕だってわかるよ」とタク。
 HFの講義が続けられた。
「では、このオレンジの光が本物のいん石である確率はわかりますか? いん石の衝突は、この30年間に一回しか起きてないんです。それ以前も、だいたい30年に一度の割合で起きているだけです」
 30年間にたったの一度? そんなに少ないとは。HFがさらに話し続ける。
「たったのそれだけですよ。それなのに避難訓練が多すぎでしょ。騒ぎすぎだと思いませんか? 避難訓練は一日に一回の割合で行われています。つまり、この30年間で一万回を超えているんだ。さあ、確率で考えてみましょう」
「このオレンジの光が本物のいん石である確率は、一万分の1以下ということですね」
 ジュンがそう答えると、HFはパチパチと手をたたいた。
「そのとおり。一万分の9999以上の確率で、これは避難訓練だということなんです」
「さすが、大学教授」
 ミサにおだてられ、HFは首を横に振った。
「いやいや。この確率の計算は子供の算数だ。誰にでもわかる。とにかく、一万分の1以下のために避難するなんて、馬鹿げている」
 その時、リコがゴホゴホとせき込み始めた。
「リコ? どうしたの?」と母。
「なんか、急に息苦しくなった」とリコ。
 テレビ電話が光り、HMの顔が映った。
「何やってるの! まだ家にいるなんて! 早く避難して! 本物のいん石よ! 避難訓練じゃないわ! 私はこの日時に避難訓練を設定していないのよ!」
 何だって? 早く防毒マスクを!
 マスクをつけた地球一家とHFは、走ってシェルターへの道を進んだ。

 既に大勢が集まっているシェルターに到着し、中に入って防毒マスクを外すと、HMが鬼の形相で夫に言った。
「だからあなたに任せるんじゃなかった。確率がどうだとか言って、逃げなかったんでしょ。これは命に関わるんだから、どんなに確率が低くても、もしもの時のために逃げるべきでしょ」
 HFは叱られてしょげかえった。
 すると次の瞬間、野太い男性の声がスピーカーから流れた。
「シェルターにお集まりの皆さん。こちらは避難訓練実行委員です。これは避難訓練でした。どうぞ安心して家や職場にお戻りください」
 HMは、驚いた表情でシェルターの隅にあるテレビ電話を操作した。画面に高齢の男性が映し出された。さっきのアナウンスの声の主のようだ。HMは、怒ったような声で画面に向かって言った。
「もしもし。委員長、これはどういうことですか? 主担当の私に相談もなく避難訓練をするなんて」
「驚かせてすまない。これは君のための訓練だったんだ。君一人だけは、いつも避難訓練の日時を把握しているから、訓練とは知らずに避難をする機会がなかった。一度はやっておかねばならないと思っていたんだよ」
 HMは、電話の相手には聞こえないほどの小さな声でため息をついた。
 ミサは、リコに小声で聞いた。
「リコがさっき、せき込んでいたのは何だったのかしら?」
「ジュースが喉に入って、むせた」
 リコは照れ笑いをし、地球一家はそれをあきれた表情で見た。

 そして翌朝、地球一家が客間で出発の準備をしていると、HMが入ってきた。
「私一人かもしれませんが、昨日は30年ぶりのいん石災害だと信じてしまいました。ただ、避難訓練の回数が多すぎるのも考え物ですね。避難訓練実行委員として、あらためて考えさせられました。昨日ちゃんと逃げたかどうか、アンケート調査をしたところ、学力の高い人ほど逃げなかったという事実が判明しました。頭脳明せきな人は、確率的に考えてこれは避難訓練だと断定してしまい、逃げなかったんです。すぐに逃げたのは、難しいことを何も考えず、とにかく逃げようとした人ばかり。これでは意味がないので、訓練の回数をもっと減らそうという話になりました」
 そこへ、立ち聞きしていたHFが入ってきて言った。
「それがいい。避難訓練がもっと少なければ、本物のいん石である確率はアップするんだ」
 すると、HMはHFの腕をギュッとつかんで言った。
「さあ、今日からあなたも避難訓練実行チームのメンバーよ」
「え、僕が?」
「避難訓練の頻度をどの程度にすれば最も効果的になるのか、計算して出してちょうだい」
「よし、やるぞ」
 ホスト夫妻のやりとりを、地球一家はほほえみながら見守った。
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