氷の令嬢は愛されたい

むんず

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35話・炎

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「ヴァッサーヌ、あれ見える?」

私は今もすごい迫力で赤く染まっている遠い建物を指差す。

ヴァッサーヌは私の声色でただ事ではない事を察したのか、手に持っていた氷菓子を勢いよく口に放り込んで視線を移した。

『見える。あれは炎、誰かが放火したっぽい。多分取り押さえられているのは放火した犯人だと思う。』

ヴァッサーヌは目蓋を閉じ、そこの様子を確認してくれているようだった。

私の慌てて上擦った声とは違い、ヴァッサーヌの声は冷静だった。

「炎……放火……」

早く逃げなきゃ。

私は反射的に反対方向に走り出しそうになる。

待って、待って私。
ここで逃げてしまったら、後で後悔しない?

私には何も出来ないかな?逃げることしか出来ない?

でも、私がこのまま逃げてしまったら思い出の街が消えてしまう。

だからといって私がいるから、出来ることなんて…………。

まって、ヴァッサーヌ?

私はある一つの可能性に気づき、思わず横を振り返る。

「ヴァッサーヌ、今魔法使えたりするかしら?あの炎、水の妖精である貴方になら消せるわよね?」

ヴァッサーヌを見ながら質問する。

『うん、多分大丈夫。だけど、私が魔法を使うことによって、私の姿がみんなに見えてしまう。ソフィーが加護を受けていること、バレる』

ヴァッサーヌは私の事を心配してくれているのか、視線を落としながらそう呟く。

面倒事は避けたいし、目立つのは嫌だ。
でも、ここで炎を消せるのは、この街を、街の住民を救えるのは私だけ。

人が死ぬ可能性だってあるのだ。

助かる可能性があるのに放り出す訳にはいかない。

あぁ、もう。どうにでもなれ。

私は一つ頷く。
覚悟が出来たとヴァッサーヌに伝える様に、しっかりと視線を合わせる。

ヴァッサーヌは少しだけ悩んでいたが、私の顔を見て強く頷いた。

両者、準備は出来た。

「ヴァッサーヌ、体力的には問題ないかしら?」

『うん!ソフィーの魔力を少しだけ借りるからね』

ヴァッサーヌは笑顔でウィンクした。

ヴァッサーヌの魔法は少ししか試したことが無いので正直、上手く使いこなせるか分からないし、ヴァッサーヌを守ってあげられるかは分からない。

水の妖精の主だと言われ、嫌な目で見られるかもしれない。

それでも、やるしかないのだ。

この際、義母に見られても妹に見られても、この出来事のせいで未来が崩れてもいい。

私にしか止められない。

私は意を決意し、遠くで燃えている場所に向かって走り出した。
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