新説戦国絵巻―荒ガキ―

Ilysiasnorm

文字の大きさ
3 / 3

第2話 使い

しおりを挟む
朝から、村は土の匂いだった。
 焼けた柱を引きずり出し、畑の畝を直し、崩れた柵を立て直す。
 皆、口数が少ない。手は動くが、目が落ち着かない。
 朔兵衛は、鍬の柄を握り直した。
 助かった。だが、それで終わりじゃない。次が来る。
 それが分かっているから、誰も笑わない。
 村外れの道に、砂埃が立った。
 小人数の一行が近づいてくる。先頭の男が止まり、一礼した。
「突然、失礼する。榊原弥平と申す。柘植宗直さまの使いだ」
 朔兵衛が前に出る。
「何の用だ」
 弥平は、言葉を荒げない。だが目を逸らさない。
「この村を守った者がいると聞いた。力を借りたい」
「借りるってのは、連れていくってことか」
「そうなる」
 弥平は合図し、荷を下ろさせた。
 米俵。塩。布。鍬。種。
 村の女が息を呑む。子どもが米俵を見て固まる。
「礼は持ってきた。村に要る物を選んだ。足りぬなら、後で宗直さまに掛け合う」
 朔兵衛は唾を飲んだ。
 礼はありがたい。だが、交換みたいで腹が立つ。
「守ったのは、あいつだ。俺らじゃねぇ」
「分かっている。だから会わせてほしい」
 その時、村の奥から少年が戻ってきた。
 刀を下げ、歩きは静か。
 村人が道を空ける。
 弥平は少年を見ると、短く言った。
「お前が、その者か」
「用は」
 少年の声は平たい。怒りも嬉しさもない。
「宗直さまの領内で、街道が荒れている。野盗を討ってほしい」
「……野盗」
 弥平の後ろで、供の男が固まった。
 顔が青い。口が開いたまま、声だけが漏れる。
「……おにまる?」
 朔兵衛がその男を睨む。
「何だ、お前」
 男は少年を見たまま、震え声で言った。
「生きてたのかよ、鬼仁丸……」
 少年は何も言わない。目も動かさない。
 朔兵衛が詰める。
「知ってるのか」
 男はようやく朔兵衛を見る。
「昔、野盗狩りで一緒だった。鬼仁丸って呼ばれてた」
「今は弥平の手先か」
「雇われてるだけだ」
 そこで弥平が一歩前に出た。声は低いが、乱れない。
「早川。話はあとだ。今は用件が先だ」
 早川甚兵衛は口を閉じた。だが目は少年から離れない。
 少年が弥平を見る。
「場所」
「宗直さまの領内だ。ここから二、三日。川沿いの街道で出る」
「人数」
「一団だ。十や二十じゃない。もっと居る」
 弥平は一息おき、続けた。
「野盗だが、中に数人、刀の使い方に慣れてる者が居るみたいだ」
「いつ」
「分からん。出る時が読めない」
 弥平は少しだけ言いづらそうにしたが、逃げずに言った。
「だから、しばらく領内に留まってほしい。無理を言う。だが今はこちらにいてくれ」
 少年は迷わない。
「分かった」
 朔兵衛の胸がざわついた。
 行くのか。村を離れるのか。
 そのざわつきの上に、少年がもう一言落とした。
「俺だけじゃない。数人、連れていく」
 村がざわついた。
「畑はどうする」
「男手が減る」
「死ぬぞ」
 朔兵衛も思った。だが、口に出す前に自分で止めた。
 次が来たら、畑ごと全部奪われる。
 弥平が少年を見る。
「……構わん。助かる」
 弥平は村の方にも向けて言った。
「礼の品は置いていく。畑が回らぬのは分かる。だが街道が荒れれば、米も塩も入らん。ここだけの話じゃない」
 村の者が黙った。
 言い返せない。
 その日の夜。
 村外れの空き地で、鬼仁丸が男たちを並ばせた。
 月が薄い。火は小さく焚く。声は出さない。
 鬼仁丸は、指で短く示した。
「朔兵衛」
 朔兵衛が前に出た。
「弥助」
 若い男が一人。
「権六」
 もう一人。
「市蔵」
 年のいった男が一人。
 それだけ。
 村の年寄りが一歩出る。
「畑が……」
 朔兵衛が言った。
「残った方が皆死ぬ。行く」
 年寄りは拳を握ったが、言葉が出なかった。
 鬼仁丸はそれ以上、何も言わない。
「明け方に発つ」
 それで終わりだった。
 夜が明ける前。
 四人は荷を背負った。弥平の手勢も支度を終える。
 村人が集まり、黙って見送った。
 女が朔兵衛の袖を掴む。
「……死ぬなよ」
「死なねぇ」
 朔兵衛は言った。自分に言い聞かせるみたいに。
 早川甚兵衛が、村の男たちを横目で見て言った。
「……百姓の目じゃねぇな」
 弥平が答える。
「生き残った目だ」
 鬼仁丸は振り向かない。
 ただ前に歩く。
 村は小さくなっていく。
 畑の匂いが遠くなる。
 代わりに、街道の土と、人の争いの匂いが近づく。
 朔兵衛は背中の荷を直し、鬼仁丸の後ろを追った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...