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第21話 崩壊の王都
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――空が、鳴っていた。
最初は風の音かと思った。
けれどそれは、世界の骨が軋むような、低い悲鳴だった。
エイラは、崩れた回廊の中で目を覚ました。
冷たい石片が頬に触れる。
身体のあちこちが痛み、羽根の一部が焦げたように黒ずんでいる。
「セリス……」
あの少女の声がまだ耳の奥に残っていた。
“終わりによる救い”――
その言葉の意味が、現実として押し寄せてくる。
視界の先、王都《ルミナ=ネフェイル》の空が裂けていた。
青白い稲光のような亀裂が空を走り、そこから光と影の粒子が降り注ぐ。
浮遊する街路が傾き、塔の一部がゆっくりと沈み始めていた。
風が逆流する。
それは、王都の“心臓”――セレスティアの晶塔《コア・オリジン》が暴走している証だった。
(……このままじゃ……王都が……!)
エイラは壁を支えに立ち上がり、足を引きずりながら外へ出た。
空を覆う光は、もはや温かさではなく、焼けるような痛みを帯びていた。
街の中央広場へ向かう途中、倒壊した塔の影から人影が現れた。
白銀の鎧。見覚えのある姿――。
「……あなたは……」
兵は膝をつき、顔を上げた。
その瞳には、生者の光はなかった。
だが、その声は確かに“彼”のものだった。
「巫女よ……王都は目覚めすぎた。
星を受ける器は限界を超え、いま、己を壊そうとしている。」
「どうして……止める方法はないの?」
兵は静かに首を振った。
「我らが仕えた王も、巫女も、もういない。
ただひとつ――“心臓”を鎮める者が現れぬ限り、都は墜ちる。」
その時、足元が震えた。
大理石の道がひび割れ、風が逆巻く。
遠くの塔が、重力を忘れたように宙へ浮き、ゆっくりと倒壊していく。
エイラは目を細め、天空の中心――コア・オリジンを見上げた。
塔の頂から、黒い光が噴き出している。
その中心に、セリスの姿が一瞬、揺らめいた。
「……あなたが守るのね。私は、壊す役。」
幻のような声が、風に乗って届く。
「セリスっ!」
返事はなかった。
代わりに、塔の光がさらに強くなり、王都全体が傾く。
エイラは走った。
崩れる階段を駆け上がり、折れた羽根で風を掴む。
痛みが全身を走るたび、空気が赤く染まっていく。
彼女の周囲で、都市が悲鳴を上げていた。
街路は浮かび、建物がひとつずつ空から剥がれ落ちていく。
遠くで、鐘のような音が鳴った。
それは王都が最後に鳴らす“終焉の合図”だった。
(……間に合わない……でも……!)
エイラは歯を食いしばり、塔の根元へと辿り着く。
そこには、光の奔流が渦巻く巨大な裂け目があった。
その向こうには――地上が見えた。
広大な大地。風を切る海。
そして、そこからこちらを見上げる人々。
その中に、ライアスの姿があった。
「……あれが……空の都……?」
地上、アヴィア大陸・北辺の高地。
ライアスたちは異常な風の流れを追っていた。
空の上に浮かぶ光の柱が、亀裂を走らせながら崩れ落ちていくのを見上げる。
「嘘だろ……。昔話じゃなかったのかよ……!」
仲間の獣人が叫ぶ。
風の匂いが変わっていた。焦げた羽根の匂い、星の粉のような匂い――。
ライアスの胸が痛んだ。
心の奥に残る、あの少女の声。
『空をもう一度結びたいなら、“上”に行け。』
「エイラ……!」
気づけば、彼は駆け出していた。
再び空。
エイラは塔の基部に立ち、両手を光の流れに差し込んだ。
コア・オリジンの暴走を鎮めようと、星の力を逆流させる。
「お願い……まだ、終わらないで……!」
だが、その手の中で光が悲鳴を上げた。
塔が軋み、都市の浮遊石が次々と崩壊していく。
白銀の兵が遠くで叫ぶ。
「巫女よ――このままでは、お前も堕ちる!」
「構わない! それでも、誰かが……止めなきゃ!」
風が爆ぜた。
塔が、音を立てて折れる。
空全体が光に包まれ、王都がゆっくりと落下を始める。
最後の瞬間――
エイラは空を見上げた。
裂けた空の向こうに、まだ星があった。
「……私は、まだ……空を諦めない。」
その言葉を残して、彼女の身体は光に包まれ、地上へと堕ちていった。
――その夜。
空の裂け目が完全に開いた。
星々が狂い、風が二つに裂かれる。
一つは希望を運ぶ光。
一つは終焉を呼ぶ影。
アヴィアの均衡は、ついに崩壊した。
✦ 次回予告
第22話「墜ちる光、呼ぶ声」
――墜ちた光は湖を割り、封じられた“風の巫女の記憶”を呼び覚ます。
地上に再び風が吹く時、エイラとライアスの運命が交わり始める。
最初は風の音かと思った。
けれどそれは、世界の骨が軋むような、低い悲鳴だった。
エイラは、崩れた回廊の中で目を覚ました。
冷たい石片が頬に触れる。
身体のあちこちが痛み、羽根の一部が焦げたように黒ずんでいる。
「セリス……」
あの少女の声がまだ耳の奥に残っていた。
“終わりによる救い”――
その言葉の意味が、現実として押し寄せてくる。
視界の先、王都《ルミナ=ネフェイル》の空が裂けていた。
青白い稲光のような亀裂が空を走り、そこから光と影の粒子が降り注ぐ。
浮遊する街路が傾き、塔の一部がゆっくりと沈み始めていた。
風が逆流する。
それは、王都の“心臓”――セレスティアの晶塔《コア・オリジン》が暴走している証だった。
(……このままじゃ……王都が……!)
エイラは壁を支えに立ち上がり、足を引きずりながら外へ出た。
空を覆う光は、もはや温かさではなく、焼けるような痛みを帯びていた。
街の中央広場へ向かう途中、倒壊した塔の影から人影が現れた。
白銀の鎧。見覚えのある姿――。
「……あなたは……」
兵は膝をつき、顔を上げた。
その瞳には、生者の光はなかった。
だが、その声は確かに“彼”のものだった。
「巫女よ……王都は目覚めすぎた。
星を受ける器は限界を超え、いま、己を壊そうとしている。」
「どうして……止める方法はないの?」
兵は静かに首を振った。
「我らが仕えた王も、巫女も、もういない。
ただひとつ――“心臓”を鎮める者が現れぬ限り、都は墜ちる。」
その時、足元が震えた。
大理石の道がひび割れ、風が逆巻く。
遠くの塔が、重力を忘れたように宙へ浮き、ゆっくりと倒壊していく。
エイラは目を細め、天空の中心――コア・オリジンを見上げた。
塔の頂から、黒い光が噴き出している。
その中心に、セリスの姿が一瞬、揺らめいた。
「……あなたが守るのね。私は、壊す役。」
幻のような声が、風に乗って届く。
「セリスっ!」
返事はなかった。
代わりに、塔の光がさらに強くなり、王都全体が傾く。
エイラは走った。
崩れる階段を駆け上がり、折れた羽根で風を掴む。
痛みが全身を走るたび、空気が赤く染まっていく。
彼女の周囲で、都市が悲鳴を上げていた。
街路は浮かび、建物がひとつずつ空から剥がれ落ちていく。
遠くで、鐘のような音が鳴った。
それは王都が最後に鳴らす“終焉の合図”だった。
(……間に合わない……でも……!)
エイラは歯を食いしばり、塔の根元へと辿り着く。
そこには、光の奔流が渦巻く巨大な裂け目があった。
その向こうには――地上が見えた。
広大な大地。風を切る海。
そして、そこからこちらを見上げる人々。
その中に、ライアスの姿があった。
「……あれが……空の都……?」
地上、アヴィア大陸・北辺の高地。
ライアスたちは異常な風の流れを追っていた。
空の上に浮かぶ光の柱が、亀裂を走らせながら崩れ落ちていくのを見上げる。
「嘘だろ……。昔話じゃなかったのかよ……!」
仲間の獣人が叫ぶ。
風の匂いが変わっていた。焦げた羽根の匂い、星の粉のような匂い――。
ライアスの胸が痛んだ。
心の奥に残る、あの少女の声。
『空をもう一度結びたいなら、“上”に行け。』
「エイラ……!」
気づけば、彼は駆け出していた。
再び空。
エイラは塔の基部に立ち、両手を光の流れに差し込んだ。
コア・オリジンの暴走を鎮めようと、星の力を逆流させる。
「お願い……まだ、終わらないで……!」
だが、その手の中で光が悲鳴を上げた。
塔が軋み、都市の浮遊石が次々と崩壊していく。
白銀の兵が遠くで叫ぶ。
「巫女よ――このままでは、お前も堕ちる!」
「構わない! それでも、誰かが……止めなきゃ!」
風が爆ぜた。
塔が、音を立てて折れる。
空全体が光に包まれ、王都がゆっくりと落下を始める。
最後の瞬間――
エイラは空を見上げた。
裂けた空の向こうに、まだ星があった。
「……私は、まだ……空を諦めない。」
その言葉を残して、彼女の身体は光に包まれ、地上へと堕ちていった。
――その夜。
空の裂け目が完全に開いた。
星々が狂い、風が二つに裂かれる。
一つは希望を運ぶ光。
一つは終焉を呼ぶ影。
アヴィアの均衡は、ついに崩壊した。
✦ 次回予告
第22話「墜ちる光、呼ぶ声」
――墜ちた光は湖を割り、封じられた“風の巫女の記憶”を呼び覚ます。
地上に再び風が吹く時、エイラとライアスの運命が交わり始める。
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