君と僕がみた景色

桐生正恭

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1話目 新田楓

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僕は精神障がい者だ。双極性障害という気分が高まったり落ち込んだりする厄介な病気だ。
精神疾患を持ちながら生きるというのは真っ暗なトンネルを歩き続けるようなものだ。
生きるのが辛い。苦しい。しんどい。
ピンポーン。うちのインターホンが鳴った。
もうこんな時間か、また悪いことを考えてしまっていたな……
玄関を開けると女性が二人立っていた。
「こんにちは、訪問看護です!」
「こんにちは、小林さん。」
「あらー、私には挨拶ないのかしら?」
「そ、そんなことないですよ安藤さん。こんにちは。」
そう、この二人は看護師なのだ。週に二回、僕の家に来てくれる。
精神疾患で健常者が通常できる事ができなかったりする。日常的にそういった事を行うことができない僕は、こまめに今の症状や状況を伝え、サポートしてもらっている。
「血圧測るので、腕を出してください。」
小林さんが僕の手を握った。
距離が近く、ドキッとして顔が赤くなった。
「あら、新田さん顔が赤いですね。風邪症状とかはないですか?」
「な、ないです……」
「よかったー。脈がちょっと早いから心配しましたよ。体調はいかがですか?」
「今は鬱っぽくてしんどいんですけど、生活があるんで何とか仕事に行ってる感じです。正直、辛いんで休みたいんですけどね……」
僕は今の症状的に正規雇用では働けずにいる。
かつてはバリバリ働いていた僕だが、長時間労働と上司からのパワハラで心が壊れ、身体にも影響が出て、友人に精神科を勧められた。
精神科に行った僕はすぐに休職し、立ち直れず退職した。
「一人暮らしで障害年金だけだと生活きついもんね……でも無理はしちゃだめよ?一番は自分を大切にしないと。」
自分を大切に……か。
もしそれをもっと早くできたのならば、僕は精神疾患にならなかったのだろうか。
周りに流され、自分の感情を押し殺し、自分を見失い何者なのかも分からなくなった。
ただ、生きているだけって感じで生きる理由も特にない。
「明日は診察でしたっけ。気を付けて行ってきてくださいね。」
「小林さん、そろそろ時間ですので行きましょう。」
「分かりました。新田さん、くれぐれも無理せずに。」
「ありがとうございます。」
「では、お邪魔しました。」

次の日、僕は病院に来た。
この病院は人気で、予約していても待ち時間が長い。
精神科が人気って世の中終わってるだろ。気が滅入る。
先生に何を話すかを考えながら待っていたら僕の名前が呼ばれた。
診察室に入ると、眼鏡の年老いた男性が座っている。主治医だ。
僕が椅子に座ると、毎回恒例の質問が飛んでくる。
「体調はどう?」
「今、気分が落ちてて憂鬱な気持ちです。仕事にはなんとか行けてるけど、しんどいので抗うつ薬を強めて欲しいです。」
「うーん……君の症状的に気分のアップダウンが激しいからね。無闇に薬を強めると今度は上がりすぎて活動が激しくなって消耗して、鬱も激しくなる。そんな悪循環に陥る感じがするから今は様子見かな。」
「じゃあどうしたらいいですかね……」
「とりあえず自分でできる息抜きをすることかな。何かないの?」
「今日、学生時代の友人と会う予定があります。」
「人と会うのはとても良いことだよ。一人で籠ってると気に病むからね。時々でいいからこれからもそうやって仕事以外でも外に出ようね。」
「はい、わかりました。」
「ではお大事に。」
人によるとは思うが、僕の場合大体長くて診察は五分と短い。

「乾杯!」
久しぶりにお酒を飲んだ気がする。家だとあまり飲まないからな。
杉山と会うのも久しぶりだな。
杉山は中学時代の同級生でこんな僕と今でも仲良くしてくれている。
「杉山は仕事どう、楽しい?」
「公務員だし安定してっけど何かなあ……毎日惰性で生きてる気がするし、張り合いが欲しいんだよな。もっと突っ走る人生がいいっていうか。安定は安定でいいんだけどな。」
僕は羨望の眼差しで杉山を見ている。
もうしょうがないことなのは分かっているけど、やっぱり普通に働ける事が羨ましい。
僕は高校を中退している。学校という狭い箱で集団の中、生きるという事は僕にとってはあまりにも息苦しく、到底無理な話なのだ。
この学歴社会において、僕はスタートから躓いているようなものだ。
高校を辞めた僕は両親と絶縁していて、一人で生きていかなければいけない。
一人は苦しいけど、僕が生きるにはこれしかないと思った。
社会に出た僕は、一人で生き抜くために奮闘したが、結局会社に都合よく使われ、あっぇなく撃沈した。
「こんな大人になるはずじゃなかったんだけどなあ……」
「まあ他の大人達、俺もだけど思い通りの大人にはなれてないんじゃないか?多分思い通りなれてる人は数える程度だと思うぜ。思い通りにならない中、社会の一員として歯車となりながらも、もがき苦しんで自分なりの幸せを模索するんじゃないか。」
僕は幸せになれるのだろうか。ただでさえ精神疾患でもがき苦しんでいるというのに。
「俺は昔に比べて自分の事で悩まなくなったな。他人の事では悩むけどそれがいいのか悪いのかわかんねえよ。」
「他人の事で悩みすぎると僕みたいになるよ。」
僕は今でも他人の目が気になってしょうがない。
精神疾患は色んな病気が併発しやすい。僕も例外ではない。
不安や緊張から手が震えたり、頭の中がパニックになったりする。
他人が見たりしてくるのも怖い。他人の視線や思考が悪意に満ちていないかいつも恐怖心を持っている。
「お前はそれだけ周りを見て考えて言葉にできる優しい人間だってことだ。まあいくらお前の優しさとはいえ、超えてはいけないラインってのがあるし、それを吐き違えて超えてきたやつはあまりにも人の事を考えられないんだと思う。自分自身を卑下するな。こうやって
互いを大切にできる人間大切にすればいいんじゃないか。」
杉山はクサい台詞をよく言う。若干僕も恥ずかしくなる。
けど杉山の言葉はいつも温かく、心を包み込んでくれる。
「そうだね。人間関係で病気になったとこもあるから考えすぎるし、中々前に進むことができないんだと思う。自分の事大切にできたらいいな。」
「俺。結婚して思うけど好きな人がいるっていうのもいいぞ。好きな人とかいないのか?あ、ほら!前言ってた訪問看護の人!」
「ああ。小林さん……?」
「そうそう、あの人の事可愛いって言ってたじゃねえか。どうなん進捗は?」
僕はなんだか照れてしまった。恋愛の話が急に来るとは思わなかった。
僕は今までの人生であまり恋愛をしてこなかった。
好きな人はいたりしたけど、付き合うまで中々発展せず、付き合ったとしても長続きしない。
だから正直恋愛に自信はない。
「確かに可愛いし、いい人だよ。でも僕、小林さんに情けない所ばかり見せてるし上手くいくわけないよ。」
「んなことねえよ。仮にそうだとしても好きな人にはどの道、情けない所見せるんだから。折角いい人と巡り会えたんだ。よし、そんな自信のないお前に課題をやろう。」
「はあ?なにそれ?」
「その小林さんの事を名前で呼んでみるんだ。」
僕は思わずお酒を吹いた。
「は、はあ!?そんな事できないよ、あっちは仕事なんだし。」
「だからだよ。仕事だからやたらと無下にはできないってこと。」
杉山は学生時代の頃から人気者だ。そして何より頭がいい。
きっと何か策があるんだろう。
「絶対距離縮まるから。まずは一歩勇気を出せ。」
「わかったよ……」
どうやらそんな大した策はなかったらしい。
にしても次の訪問の時にどのタイミングで言うか。
柄にもなくドキドキしながら、僕達は店を後にした。
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