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第二章 死竜の砦

第十五話「死竜クラスの本気」

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 死竜の砦が間近に迫ってきた。
 その前には大勢の死竜クラスの生徒が集まっている。
 俺は馬の速度を落として、ゆっくりと近づいた。

「どういうつもりだ? あんな馬鹿げたことをして何が目的だ?」

 馬上から問いかける俺に、集団から進み出たのは一人の女子生徒だった。
 彼女のことは知っている。
 スカーレット・ビート。
 俺が一年死竜クラスだった時に同じクラスだった子だ。

「スカーレットか」
「これは意外だよ。私のこと覚えていたみたいだね」

 スカーレットは肩のあたりで切りそろえた銀髪を撫でつけながら、不敵に笑った。

「ああ、一年の時は同じクラスだったからな。それより、これはどういうことなんだ?」
「ふん、ジェラルドさんが言ったとおりだよ。この学院をぶっ壊す」
「それに何の意味があるんだ?」
「あんたたちには絶対に理解できないだろうね。全部、私たちの理想のためだよ」
「……理想?」

 俺とスカーレットが会話していると、隣にいた男子生徒が苛立った様子で腰の剣に手をかけた。

「スカーレット、こいつと対話なんか無駄だ。やるんなら、とっととやっちまおう!」

 男子生徒が言うと、そうだそうだと何人かが賛同の声を上げた。

「慌てるな。私たちの役割を忘れたのか? ここは私が任されているんだ。黙って見てな」
「くっ……わかったよ」

 スカーレットが窘めるように言うと、男子生徒はおとなしく後ろへ下がった。
 どうやら、スカーレットはこの場をジェラルドから任されているようだ。

「おまえがここを仕切っているみたいだな。だったら、もう一度聞くぞ。おまえたちは何を企んでいる。いや、理想とはいったい何の話だ?」
「それは、すべてが終わった後に知ることになるよ。だから、ここで見物しようじゃないか。校舎がぶっ壊れるところをね」

 素直に話す気はないか。
 しかし、ここで時間を浪費するわけにはいかない。
 無理にでも押し通る。
 俺は馬から降りて、目の前にいる生徒を端から見回した。
 ざっと五十人ほど。
 ウルズ剣術学院の死竜クラスに在籍する生徒の、ほぼ半数がここに集まっているとみたほうがいいだろう。

「悪いが、ここは通させてもらう。おまえに話す気がないのなら、ジェラルドに直接問いただすまでだ」

 俺は腕を交差させて、両腰の剣に手をかけた。
 それを見て、さっきの男子生徒と一部の生徒たちが剣を抜いた。
 男子生徒はスカーレットに言う。

「スカーレット、あいつはやる気のようだぞ」
「そうみたいだね。だけど、手は出すんじゃないよ。あいつの強さは私も知ってる。一年の時にあのイアンを倒したくらいだからね」
「なっ……!? イアンに勝っただと!? それは嘘だ!」

 男子生徒は驚いている。
 スカーレットは続ける。

「本当だよ。六年のあんたは知らないだろうけど、私は同じクラスだったからね。あいつは、二本の剣を巧みに操って戦うんだ。舐めてかかったらやられるよ」

 男子生徒は六年生らしい。
 そして、訝しげな目で俺を凝視する。

「いや、俺はビビらねぇぞ。それに、いまは一人だけだ。この人数相手じゃ何もできないだろう」
「……ちっ。勝手にしな」
「よし、スカーレットの許しが出たぞ! いくぞ、おまえらッ!」

 男子生徒が剣を振り上げて雄叫びを上げると、五人の生徒がそれに続いた。
 合計六人もの生徒が俺に向かって走り出す。
 仕方ない。
 俺も戦う覚悟を決めて剣を抜いた。
 そして、地面を蹴って左右の剣を一閃する。

 甲高い金属音が響き、やがて六本の剣が次々に地面に突き刺さった。
 その場にいた死竜クラスの生徒が唖然となる。
 俺に一番に向かってきた男子生徒は、力なく三歩下がると地面に尻を打ちつけた。

「な、ななな……なんだよ、こいつはっ!? スカーレット! どういうことだ!?」
「はあ……だから言っただろ? アルバートはイアンに勝ったことがあるほど強いって。ジェラルドさんも、私たちがそいつを倒せるとは考えちゃいないよ。私たちの役目は、ここにきたやつを誰だろうと足止めすることだ。そのためのこの戦力だよ」

 死竜クラス五十人。
 それは何人たりとも死竜の砦へ入れないための鉄壁の壁か。
 さて、どうするか。
 スカーレットが俺の足止めを考えている以上、むやみに襲いかかってくることはないはずだ。
 しかし、俺は先に進まなければならない。
 俺はちらりと両手に握った剣に目をやる。

(急いでたから、双剣を持ってきてしまったが、それが裏目に出るなんてな……)

 これが練習用の木剣だったなら、打撃を駆使して目の前の死竜クラスの面々を気絶させることもできた。
 しかし、これは刃のついた剣だ。
 魔物を斬るように振るうわけにはいかない。

「スカーレット! ど、どうすりゃいいんだ!」
「おたおたするんじゃないよ。こちらからは何もしない。あっちが攻撃を仕掛けた時だけ応戦すればいい」

 やはり、そういう作戦か。
 しかも、向こうは全員剣を手にしている。
 時間が惜しい。
 俺は両手の剣を回転させて握り直した。

「そっちがその気なら、こっちから動くぞ」

 次の瞬間、俺は丸腰の六人の生徒をすり抜けてスカーレットに迫った。
 慌てて剣を抜いたのは、スカーレットの両脇にいた女子生徒だ。
 だが、その表情は戸惑いに満ちている。
 さっきの俺の剣技を見たからだろう。

「スカーレット先輩には近づかせないわ!」
「スカーレット先輩は後ろへ!」

 二人の女子生徒は同時に剣を振り下ろした。
 俺は直前で身を引いてやり過ごす。
 剣を空振りした女子生徒は隙だらけだ。
 俺はその剣を狙って攻撃を加えた。

「ああっ……!」
「うっ……!」

 剣を落とした女子生徒はその行方を追った。
 いくら武器を落としても、戦いの最中に相手から視線を外すのは命取りだぞ。
 俺はその手を蹴り上げた。
 その勢いのまま、後ろ回し蹴りでもう一人の手も打ち払う。

(ブレンダじゃあるまいし、格闘術は得意ではないんだけどなぁ)

 しかし、そうは言ってはいられない。
 自身が取る戦法としては、相手の剣をすべて躱すか受けるかし、こちらの打撃で戦意喪失させなければならない。

(魔眼、――開眼ッ!)

 この先に何が起こるかわからないからには、できるだけ魔力を温存しておきたいところだが、のんびり戦っている時間がない。
 一気に決める。
 幸い、剣聖の従者に教わった魔力節約法で大幅に魔眼の使用上限は増えている。

「来るよッ! 全員、備えろッ!」

 スカーレットが吼えた。
 俺は死竜クラスの集団の中に躍り出た。
 そして、威嚇の意味を込めて、両手の剣を縦横無尽に振り回してから構えた。


「――押し通る!」


 俺は強い口調で告げた。
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