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1.魔法学院1年生

(1).ホスウェイト家

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 セウブ王国の北東部に位置するノアスフォード領。
 
 王都からは少し離れた街ではあるが、港は他国との貿易の拠点となっており重要な役割を担っている。様々な国の人が行き交うノアスフォード領は、自由な土地柄としても有名で、街の人の表情も明るい。


 そんな街から少し離れた小高い丘の上に立つ大きな屋敷。由緒ある家系の1つ、ホスウェイト伯爵家である。
 屋敷の裏は沢山の木々で覆われ、薄暗い森となっている。誰もが好んで足を踏み入れる場所ではないが、1度入った者は澄んだ空気や翠緑溢れる大地に神聖さを感じる事であろう。この家で代々語り継がれる秘密の場であり、子ども達にとってはただの遊び場、大人にとっては訓練場といった所だろうか。



 現当主ハロルドは、国王の懐刀として魔法師団の団長を務める。
 若い頃から魔法師団で活躍し、実力を認められてきた、冷静かつ論理的な彼の元には、あらゆる魔法を極めた先鋭達が集う。ハロルドに憧れて教えを乞いたいと願う者、実力を見せ入団したいと挑戦してくる者、立場は違えど魔法が好きで、自分の中の極限を目指しているという点に変わりはない。
 ハロルド自身、己を高める事に慣れ親しんでおり、来る者拒まず、去る者追わずなスタイルで長年過ごしてきている。国王からの信頼も厚く、団長として確固たる地位と実力を伴っている。
 


 妻クロエは同じ魔法師団の仲間の1人であり、先陣を切る人物である。現時点で2児の母親ではあるものの、魔法師団歴は1番長く、能力も高い。
 結婚してからは団長のハロルドを支える立場だったのだが、子どもが無事に歩くのを確認するや否や颯爽に旅に出てしまった。
 元々本人はじっとしていられない性分で好奇心旺盛、怖いもの知らずである。夫に内緒で家を飛び出した彼女は、今でもどこにいるのか全く音沙汰がない。たまに思い出したかのように魔法師団の執務室へと報告書のような手紙が届くのみである。
 


 若き家門の後継である長男アルフレッドは、魔法研究所の研究員として日々研究に明け暮れている。
 生活に役立つ日常的な物から、歴史を紐解く古代研究まで多岐にわたるこの研究所は、魔法好きな人間からすると最も楽しい職場とも言える。興味のある分野を、とことん突き詰めて調べることが出来る。魔法に対してストイックな姿勢は畑違いと言えども、魔法師団と似通っていると言ってもいいだろう。
 魔法学院を主席で卒業したアルフレッドは同級生に第1王子がいたこともあり、早い段階から側近候補として名前を挙げられていた。王家は近衛として王子の護衛にと考えていたが、本人はそれを潔く断り、父の後を継いで家門を背負うまでは自由である事を選んだ。
 現状王子の相談役として仕事を手伝うのを条件に、研究道まっしぐらである。人の役に立つ魔道具を作るのが夢だと豪語している。
 


 長女ソフィアは今年晴れて14歳を迎え、国唯一の魔法教育機関、フィンシェイズ魔法学院へと入学する。
 この国では、貴族で魔力を持つ者は自動的に入学可能となり、平民の中からでも魔力があり才能ある者は推薦され、国の補助内で学ぶことができる。

 去年、学院には第2王子が入学した為、7個上の第1王子も含め、王子達の婚約者探しが水面下で行われているのではと貴族の間で話題になった。
 1年経った今でも、2人共婚約者は決まっておらず、社交の場は王子達へのアピールの場となっている。





 ホスウェイト家の日常は、家令マルクとメイド長エマの2人で成り立っている。2人共、当主ハロルドに忠誠を誓い、屋敷の平穏を保つことに尽力している。
 獣人でもある彼らは、時に本来の獣の姿で任務をこなす事もあるのだが、一家の人間以外知ることはない。隠密行動もできる使用人ということで、10年前にハロルドが密かに契約を結び、信用を勝ち取ったのである。


「エド、お2人を呼んで来て下さい。」


 コックやメイド達に指示を出しながらエマに言われ、エドは部屋へと向かう。ちょうど廊下に出た所で、階段を降りてくる2人の姿が見えた。


「おはようございます、アル様、ソフィー様」
「「おはよう、エド。」」


 2人の給仕を任されているのは執事長エドである。
 長くアルフレッドの従者をしており、ソフィアが1番懐いたことから、若くして執事長として使用人をまとめる地位についた。護衛を兼ねる事もある為、魔法はもちろん剣や武道にも優れている。使用人達の中でも1番長く兄妹と接している為、公の場以外では気軽に接する事が多い。


「エド、マルクは朝いたか?」
「いぇ、おそらく当主様の所かと。」
「父上は間に合うのかねえ。」


 苦い顔をしたアルフレッドがボヤく。
 後ろでまだ眠そうにしているソフィアは、3日後に学院へ入学する。
 毎週末の夕食とは違い、しっかりとお祝いの席として食事の場を設けたいという事は、前々からマルクを通して伝えていた。使用人達もはりきってお祝いの準備を進めている。
 家族としての時間を、せめて家にいる間は妹に伝えていきたい、母がいなくても寂しくさせないように。そう、近年父にも協力を乞うようになった。
 エド以外にも、ソフィアはマルクやエマには懐いている。父親や母親がそばに居ない分、その役割を担ってくれている2人には感謝しかない。ソフィアの自由な行動を嫌がらず、本人には気づかれないように護衛もしてくれている。

 だが、可愛い妹をもつ兄としての心配は尽きない。



 

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