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2.魔法学院2年生

(28).2年生の始まり

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 夜会を終え、しばらく邸で家族の時間を過ごしたソフィアは明日から再び学院で寮生活である。
エドの給仕を受けながらお家の味を噛み締めていた。


「うちの領からも新入生がいるからな。明日は学院に一緒に向かって欲しい。」

「ほんとですか?男の子?女の子?」

仲間ができたと喜ぶソフィアに父ハロルドが続ける。


「領内の孤児院出身の男の子だ。小さい頃に魔力暴走してからは港町のダルフォース子爵家に預けられていたんだ。」

「ダルフォース子爵は貿易船で世界中を回ってるやり手の叔父さんだね。子爵も奥様も人柄は評判いいから、大事に育てられたんだろうよ。」

(港町ってどんなとこなんだろ?同じ領内なのに知らないわ。)



 翌日、エマに付き添われ領主館へ向かうと、大きな荷物をイスに腰かけて待っている男の子がいた。
ソフィアよりも背が高く、すっとした鼻筋と力強いタンザナイトのような瞳が印象的である。


「初めましてソフィア様。ダルフォース子爵家次男クレイグと申します。今日から魔法学院に入ります。」

「初めまして。ホスウェイト家のソフィアです。困ったことがあれば言ってね。同じ領同士仲良く出来れば嬉しいわ。」

「はい。よろしくお願いします。」


大きな番犬が後ろについてくるような感覚に襲われる。
彼は人懐っこく、身体は大きいが少年のように可愛らしく思えた。


「そろそろ時間ね。魔法陣の上にのって、荷物も一緒にね。忘れ物はない?エマ、行ってくるわね。」

「はい、お嬢様。お気をつけて。」


魔法陣の光と共にブーミア湖の近くまでやってきた。
クレイグを連れて学院へと歩いていく。


「男子寮は向こうね。入学式まで時間があるから、ゆっくりするといいわ。」

「はい。ありがとうございます。」


元気よく走っていくクレイグを見守り、ソフィア自身も寮へと向かう。



「ソフィー、早速懐かれたんじゃない?」

「キレイな魔力だったゎ。ソフィーほどたくさんではないけど、精霊には好かれるでしょうね。」

肩口のノアとカルディナがいっきに喋り出した。
クレイグの手前、静かにしていたが彼の動きに反応して興味津々という様子だった。


「水…かな?」
「私たちじゃないのは確かね。」

エンギルと妖精姿のイソールは首を傾げながら言う。
フクロウと妖精セットを両肩に乗せたソフィアの姿は精霊が見えるものからすると賑やかに見えるだろう。
負担にならないようにと小さくなっているイソールたちはアルフレッドの魔法具イヤーカフのおかげで姿は見えなくなっている。



「ソフィー、久しぶり。」

「みんなもう揃ってたのね。」

「そう。ソフィーが最後。」

「待ってたよ。」


ジェシカたちと合流し、しばらくいつもの仲良し4人組でお喋りして過ごす。


「聞いたよソフィー、デビュタントで早速注目の的だったんでしょ?」

「「何なにー、面白そう。」」


ジェシカは姉からの情報で掴んでいたのだろう。
会場にはいなかったのにもう知っているとは…アンナやイネスは身分が低いため今回の夜会には参加出来なかった。


「ソフィアだけじゃなくて、お父様もお兄様も美形なのよ。3人で現れた時は相当キラキラしてたでしょうね。お喋りに夢中の人たちの視線も集めてたからしばらくシーンとしてたって。」

「ハロルド様の正装なんて早々拝めないもの。」

「確かに、あのお兄様だもんね。みんな揃えば目立つわ。」


(なんだろう…知らない人たちのこと話してるみたい。)


「そんな目立ってないわよ。すぐにバラバラで動いてたし。」

「お兄さんとダンスしたんでしょ?その後はランベール様と。」

「「えっ」」


(きゃっと嬉しそうに語るジェシカに悪意はないハズ、きっと。この様子だと学院のご令嬢たちは騒いでそうね。)

はぁ。とため息をつくソフィアはこの後クラスに行くことが憂鬱になってくる。


「ソフィアとアルフレッド様のダンスなんて…見たかった…」

「ファースト、セカンド続けて美男子とダンスなんて。さすがソフィアだわ。話題性抜群。」

「もう、2人とも面白がって…あの状況断れる人がいるなら教えて欲しいわ。」

「「「御愁傷様です…」」」


高貴身分のご令嬢たちとはこんな会話できないだろう。
王子に興味がないとはっきり言え、ソフィアの心配をしてくれるこの子たちだからこそ、友人だと思えるのだ。


「1人だと攻撃されるかもね。なるべく私たちと一緒にいるのよ?」


ジェシカはこれが言いたくて話題にしたのだろうか?
どれほど学院で話題になっているのか分からないが、お言葉に甘えさせて貰おう。


「さ、入学式に向かいましょ。可愛い後輩たちに挨拶しなきゃ。」


 講堂に向かうとチラホラ近衛騎士の姿が見える。


「何か今日警備が厳重じゃない?」

「何かあったの?」

イネスたちの会話にソフィアも気になり周りを見渡す。
去年はここまで人が多くなかったような…

 来賓の入場でその場が静かになった。今年は王子ではなく、国王陛下自身が挨拶に来たようだ。


(やっぱり陛下はオーラがあるな。)


「ハロルド様もいるゎ」


アンナの嬉しそうな声にソフィアも父の姿を見つける。
入口付近にスッと立つ父は仕事着の魔法師団ローブを身につけ、近衛騎士に指示を出している。


(父様の仕事姿なんて、貴重だわ)



式の進行が進み、学院長のエリクが挨拶を済ますと来賓の挨拶となり陛下が壇上に立つ。


「新入生の諸君、入学おめでとう。映えあるこのフィンシェイズ魔法学院の一員となったからには、周りの仲間と切磋琢磨し合い、数秒たりとも無駄にはしないよう毎日を過ごして欲しい。ここでしか出来ない出会い、経験が、其方たちを強くたくましく育ててくれるだろう。今年の夏には大きな祭が行われる。他国との交流も盛んになるだろう。来年には留学制度も検討しておる。大いに学び、笑い、大切な人、友を作り、豊かな心を育んで欲しい。」



 大きな拍手と共に陛下の挨拶が終わると講堂はいっきに活気づいた。
国王陛下の誕生日祭は他国をも巻き込んで大規模になるのだろう。滅多にないイベントに、学生みんな浮き足立つのが分かる。
ソフィア自身も陛下の挨拶を聞きながら、わくわくと楽しみな気持ちが出てきていた。


 講堂を出てみんなと歩を進めていると、見覚えのある妖精が肩に乗ってきた。
「学院長室へ」と書かれた小さな紙をニコッと笑いながら見せてくる。エリクからの伝言だった。

 ジェシカたちに伝え、学院長室を訪れると、何故か執事姿のテオドールがエリク、国王陛下、父ハロルドにお茶を入れている所だった。
見慣れない顔ぶれにソフィアが固まっていると、後ろからノックと共にジルベールが入ってくる。お互いに不思議に思いながらもテオドールの指示に従いソファに座る。
手元にお茶が揃った所で、陛下が話し出した。


「急に呼んで悪かった。ここでしか出来ない話があるものでな。王宮の茶室でもよければいつでも招待するんだがなあ。」

「陛下、許可しておりません。脱線しないで下さい。」


ハロルドの素早い指摘に陛下はぷぅーっと膨れる。


「ハロルドの許可は必要ない。絶対に良しとする気がないであろう?可愛い娘とお茶がしたいだけなのに。」
 
「貴方の娘ではありません。良しとする必要も感じません。早く仕事を済ませて下さい。」


イライラとした様子のハロルドに陛下は面白そうにしている。


「テオがこっちに来る時はわしも一緒にお茶しに来ようかの?エリクどうだ?」

「ほほほっ。わしは構いませんぞ。テオドールのお茶は頻繁に飲みたくなるのでな。」


にこやかに会話する2人と呆れている父。
この場はいったい何なのだろう?ジルベールを見ると似たような心境だったのだろう。


「私たちが呼ばれたのは何故でしょうか?」

「うん、よく言ってくれた。」


ハロルドと護衛の騎士が嬉しそうにしている。
のほほんとした空気のエリクと陛下の元で苦労していたのだろう。


「先ほど話題にしたが、留学制度を来年から進めたいと思っているんだ。ジルお前は今年卒業だが、1年くらい外で勉強するのはどうかと思ってな。放っておくとそのままハロルドの元に行きそうだから、視野を広げてはどうかな?ソフィア嬢にはこちらに来た学生のサポートを頼みたい。何かあってもある程度のことは君自身の魔法で解決出来るだろう?もちろん他の学生にも声はかけるんだが、学院長や私、魔法師団の長ハロルドの橋渡し役としては君が適任でね。勿論強制ではないから代役を立てても良い。その代わり空いた1年はしっかり聖女候補として教会で訓練を受けてもらうよ。」


(あれ?聖女候補はサラさんじゃ…どこから話が漏れたの?ランベール様は内緒にしてくれてたんじゃ…)


「国王というのはな、何事も把握しなければ困るんだよ。息子たちが知っていることを知らない訳にはいかないんだ。教会での出来事もしっかりとした詳細の報告を受けている。ハロルドが必死に隠してた訳が分かって大満足だった。」


満面の笑みで語る陛下と項垂れる父の様子に、ソフィアは隠し事は出来ないのだと悟った。
ノアのことも、精霊王たちのことも伝わっているのだろう。国のトップにバレない訳がない。


「すまん、ソフィー。せめて目立たないよう、公にしないで欲しいと頼んだ結果がこれだ。ソフィーと関わりたいって陛下のわがままなんだが、断れば教会に1年間縛り付けられる。私もアルも邸でソフィアと過ごせないのは嫌なんだ。」

「父上、それは脅しと変わらないじゃないですか?教会に行くかどうかはソフィア嬢の意思では?通いでも良いでしょうし。」

「それだけ彼女の力はこの国に必要なんだよ。お前たちのどちらかが捕まえててくれればと思っていたが、まだそんな様子ではないようだし。他の国の輩に掻っ攫われては堪らんからな。わしに隠し事をしたお前たちが悪い。ハロルドなんか、国家反逆罪としても言えるんだぞ?交換条件だ。なに、わしらとお茶ついでに様子を聞くだけだ。聖女として教会に行かずに済むなら簡単だろう?」


(確かに、聖女なんて目立ちたくないし、橋渡し役さえすれば黙認して貰えるなら良い条件かも。学院長や父様もいる場なら1対1じゃないし。)

「分かりました、お受けします。」


ソフィアの返事にジルベール以外はひと安心、とにっこりする。

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