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2.魔法学院2年生

(31).女神イソールの逆鱗

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 教会へと向かう日、デニス先生とサラと学院前で待ち合わせ、馬車で向かう。
 今日のお供はエンギルとイソール。カルディナはお休みーと言って精霊界に戻ってしまった。
ソフィアが教会にいる間、精霊界でのんびり過ごすのだろう。羨ましい…。
 ノアは父様に呼ばれてノアスフォード領や王城を飛び回っている。ソフィアの相棒なのに、父様兄様といる時間の方が多いなんて、妬けてしまうな…。


 ボーっと外を眺めながら思考に溺れている間に教会に着いたようだ。
事件後、神官さんたちは大幅に入れ替えられ、教会への出入りは誰もが正門でチェックを受けるという厳重なモノに変わっていた。

 1度浄化された教会は天井窓から日差しが入り、明るい印象を受ける。礼拝堂で祈りを済ませ、聖女の間と呼ばれる小部屋に案内された。
 デニス先生は終わる頃に迎えに来る、と早々に教会をあとにしていた。



「初めまして。聖女候補様たちのお手伝いをさせて頂きます、シスタークラレンスです。元聖女、とでも言いましょうか。力は衰えておりますが、聖女としての心得や力の使い方はお伝え出来るかと存じます。」

「パーヴァス男爵家のサラといいます。」

「ホスウェイト家のソフィアと申します。」

「「「よろしくお願いします。」」

新しい指導員のクラレンスさんは、ゆったりとした雰囲気をもつ独特の女性だった。
年齢を感じさせない身軽な足取りと、口調は穏やかなのに凛とした印象を与える。元聖女、というのが納得できる程オーラが出ていた。


訓練を始める前に女同士仲を深めましょうという意味でティータイムをとることになった。



(イソール、クラレンスさんのこと知ってた?)
(うん。この人、力も強くて、繋がりも広い。歴代聖女のなかで1、2を争う強さだよ。)

 イソールの言葉に驚きのソフィアは、目の前のクラレンスをまじまじと見つめてしまった。


「何か?」
「あ、いぇ。クラレンス様は教会でお過ごしなんですか?」

「えぇ。歴代の聖女は王族と結ばれることの方が多いので、私は珍しいかもしれませんね。」


「王太子様の婚約者にはならなかったの?」

サラのストレートな質問にソフィアは面食らうも、クラレンスは楽しそうに笑って応える。



「私の頃の王太子様は年上の婚約者がおられて、一途だったわ。聖女なんて目もふらず、彼女に追いつきたいからと勉強に励んでおられた。お2人がとてもお似合いだったから、私も早々に諦めがついたわ。」

「そうなんですね。いいなあ、一途な男性。」

サラは夢心地で聞いている。ランベールとの恋はいまだに諦めていないようだ。



「聖女が王子を好きになるよりも、ひたむきに頑張る女の子の姿に男の子が惹かれるってイメージかしら。王子様って思うと遠い人のようだけど、自分を応援してくれる男性って思うと見る目も変わってくるでしょ?身近で支え合える存在って心強いのよね、お互いに。王子様と結ばれた聖女って優秀な人が多いのよ。」

「なるほど…好きになってもらうには、自分が頑張ることから始めるしかないのね。」


(支え合うって、お互いが信頼してないと出来ないもんね。)



「ふふふ。今回のお2人はタイプが違って楽しめるわ。ありがとう。それでは、訓練を始めましょうか。」



「光魔法では相手を思いやる心が大切です。大事な人を思い浮かべながら魔力を指先に集めて下さい。ほんのりあったまるような感覚が分かれば成功です。では、サラさん。」

「はい。やってみます。」

すっと目を閉じながら指先に集中する。
サラの側には心配そうに見つめるルーシェがいる。


「難しいわ。途中で見失う…」

「サラさんはまず魔力の扱いに慣れることね。次、ソフィアさん。」


魔力を指先に集めることに集中する。
兄様からもらったイヤーカフが反応し、わずかに光ることでソフィアの力を軽減している。
指先に暖かさを感じ、手のひらにわずかに光が浮かぶ。


「お上手ですね。でも…   サラさん、外にいる神官に頼んでお水を貰ってきて下さる?次に使いたいので。」

「はい、頼んで参ります。」


外に走って行くのを確認すると、

「ソフィアさん、そのイヤーカフを外してもう1度してみて下さる?」


…………バレてしまった、なら仕方ない。
素直に言うこと聞いて同じようにすると、パァーッと光が充満して祝福のように降り注ぐ。

 シスタークラレンスは一瞬驚いたような表情になったものの、その後有無を言わさないような圧のある笑顔でソフィアに詰め寄る。


「貴方相当な魔力があるわね。なのに扱いも完璧…光魔法ほぼマスターしてるでしょ?あっちと比べる間もないわ。何故隠してるの?」

「…注目されることは苦手なんです…聖女として教会に縛られるのもご遠慮できればと…」


「…それは、なんと言うか…新たな理由ね…あの子みたいに普通は王子の婚約者になれる、とか喜びそうなものなのに。国王陛下や王子は知ってるの?」

「はい。父との交渉で学院優先にして頂いてます。」


「こんな逸材を放置と…信じられない。」

ぶつぶつと呟きながら考え事をしている様子は少々不気味である。


(ソフィー、私に任せて。)

イソールが女神姿でソフィーを守るように立つ。
シスタークラレンスは驚いて腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。



「この娘は私たち精霊王の愛し子ですが、なぜ本人の意思と関係なく強制されるのかしら…?私たちを怒らせたいと??この娘の周りには精霊王が皆集います。敵に回したらどうなるか、貴方ならお分かりですょね?これ以上困らせないで下さる?」

(女神の怒り…圧が凄まじい)

怯えながらコクコクと頷くシスターを確認すると、妖精姿に戻りエンギルの頭上に戻る。



(こんなに愛らしいのに…イソールは怒らせないこと、これ大事)

目のあったエンギルと頷き合い、ホッとする。



 シスタークラレンスは立ち直りソフィアと向かい合うと、膝をつき頭を下げ誓いの姿勢になる。

「貴方の指示、意思に従います。」

「えっと、できれば私のことはご内密に。話し方は前と同じでお願いしたいです。」

「…分かりました。イヤーカフを戻して頂いて構いません。その魔道具の意味と価値をしっかりと理解しましたわ。」


その後、サラが戻ってきてから通常の訓練を行い、聖女の間を後にした。


「貴方やっぱりすごいのね、あんな光ってて…」



 どの訓練でも上を進むソフィアをサラはやっと認めたようである。
 ランベールの相手としては譲れない、と敵意を顕にしていたが、ソフィアがそんなそぶりを見せないので、協力体制になったほうが得だと学んだのだろう。
シスターはそんなサラの姿を咎めるような視線を飛ばしていたが、変わらず指導してくれた。
たった1日の訪問なのにひどく疲れた気がする。


(教会に行くと必ず何かあるわ。行くの辞めても良いかな…)

父様や兄に相談しよう、と決めたソフィアだった。
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