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15話 平行線

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「どういうこと? 聞いてないんだけど」
「言ってなかったか?」
 
 視線は泳ぎ、そわそわとしている。まさに挙動不審。言わなくてはいけないと、思ってはいたのかもしれない。
 
「どうして言わなかったの?」
「言ったら、討伐についてくる」
「当たり前でしょ? 誰かが凶暴化しても、私が浄化できる可能性だってあるんだから」
 
 白樹だって、それくらい分かっているはずだ。戦えない私を連れていくことは確かにリスクだと思う。だけど、浄化が上手くいけばより速く安全に討伐を終えられる。
 一度くらいは連れていく価値はあるばずなのに……。
 
「だけど、俺は連れていきたくない」
「……どうして? 私は一緒に戦わせてくれないの?」
「もう十分、戦ってくれている。刀の浄化も、組紐も、俺に浄化だってしてくれている。これ以上は頼りたくない」
「……足手まといだから?」
「違う! 怪我でもしたらどうする? また長く眠ったら? 命を落とすことだってあるかもしれない」
 
 白樹の言っていることはわかる。心配してくれる気持ちは嬉しい。だけどね──。
 
「それは、あなたもでしょう!」
 
 思った以上に大きな声が出た。きっとこのまま話しても平行線だ。まずは落ち着かないと。
 
「……ごめん」
「いや、俺が悪かった。どうしても連れていきたくなかった。少しでも危険な目にあって欲しくない。大切なんだ。ずっと安全なところで、痛いものも怖いものも見ないで暮らして欲しい」
 
 金の瞳が揺れている。きっと白樹は不安なんだ。「危険な目にはあわせない。何があっても守ってみせる」って言葉は私が思っていた以上に重くて、彼の決意がこもっていたのだ。
 
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。だけどね、その安全は他の人の犠牲で成り立ってはいけないと思う」

 私の言葉の意味がしっかりと伝わったのだろう。白樹は眉間にシワを寄せ、耐えるように視線を落とす。
 きっと白樹を傷つけている。それでも、私は言葉を止めない。彼の個人の想いで、国のおさとしての過ちを犯させるわけにはいかない。

「あなたがどう思っていても、私はこの国を守るために呼ばれたことに変わりはない。ここで生活している以上、すぐそばで苦しんでいる人がいるとわかっていて、見ないふりなんかできない」

 白樹だってそうでしょ? だから、毎日討伐に行くんだよね? そんな気持ちをこめて彼を見る。

「俺はこの国で生まれた。この世界で生まれた。花嫁として異界から勝手に呼んで、命をかけさせるなんて間違っている」
 
 あぁ、なんて伝わらない。お互いがお互いのことを想っているのに、こんなにすれ違う。ならば──。
 
「命をかけなければいいんだよね? なら、あなたが私を守って。私も討伐に行くけれど、あなたが守ってくれるなら何の心配もない」

 白樹の目が見開かれる。

「それでも、危険なことには──」
「花様のおっしゃる通りです。これは、花様の勝ちですね。白様も諦めてください」

 パンパンッと手を叩き、輪さんが私たちの喧嘩に終止符を打つ。

「ですが、花様には討伐隊に加わる前に組紐をとりあえず百本作って頂きます」
「ひゃ、百本ですか?」
「花様が作られた組紐は穢れを弾き返す力があります。弾き返すとこのように切れてしまうので、百本でも足りないくらいです」

 確かに……。討伐隊に人が穢れで凶暴化するのを浄化する前に、凶暴化することを阻止できることが大切だ。

「わかりました。まずは、組紐作りに専念します」
「ご理解、感謝します」

 輪さんはうやうやしく頭を下げた。私は慌てて制止するが、輪さんは止まってくれない。
 異界からの花嫁なのだからもっと敬われるべきだと何故か力説までされてしまった。


「あの、凶暴化した人たちはどうなるんですか?」

 殺されてしまうのだろうか。それとも、何か救う手段があるのだろうか……。

「会いに行きますか?」
「輪っっ!!」
「何ですか? 花様には知る権利があります。この話を聞くのが嫌なら、白様が退出してください」

 おぉ、強い! 善くんとあっくんも苦笑いしている。

「輪さん、連れていってください」
「駄目だ!」
「あなたは、だめばかり。守られるだけは御免だって言ったよね? そんなに嫌ならここで待っていればいいでしょう?」

 輪さんのまねをしてみる。こうでもしないと、きっと何も変われない。
 白樹、ごめんね。どうしても知りたいの。知らなくてはならないの。私の役目を。


 ***

 輪さんの案内で、屋敷の近くにあるレンガ造りの建物へとやって来た。ここに凶暴化してしまった人たちがいるらしい。
 まさか、こんなに目と鼻の先にいるとは思わなかった。

 ギギギとなる扉を開くと、まだ足を踏み入れてもいないのに血のにおいがする。
 呻き声や、言葉になっていない叫び声。何かを引っ掻くような音や、ガシャンという何かにぶつかる音。
 まだその音は遠いけれど、建物の地下から響いている。

 石でできている長い階段をみんなで降りていく。ここは屋敷ではないので、階段が自動で動いたりはしない。
 編み上げのブーツで良かった。下駄だったら、確実に階段の下に落としていただろう。


「そういえば、輪さんはどうやって組紐が穢れを防いだのだと分かったんですか?」
「私は、こっちの目を契約しているのです」

 そう言いながら、輪さんは左目を指差す。その言葉に、契約は何にでもできるという白樹の言葉を思い出す。
 何だかんだですっかり契約のことを忘れていた。暇だった一月ひとつきの間に教えてもらえば良かったものを……。

「どういった契約か、教えてもらうことってできますか?」
「いいですよ。隠すようなことではありませんから。この目は物の記憶が見えるのです」

 物の記憶? 分かるようで、分からない。物にも感情があるのだろうか。

「例えば、どんな記憶ですか?」
「今回の組紐の場合、花様の手により生まれ、凶暴化した獣を討伐した際に穢れが乗り移ろうとしていました。それを付与された花様のお力で弾いていたところで記憶は終えています。そこで終えたのは、壊れたからでしょう」

「輪さんにも穢れが見えたのですか?」
「この組紐の記憶で見えただけです。普段は見えませんよ」

 
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