【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中

文字の大きさ
6 / 45

6『運命』ではなく、互いの利益の一致というやつで

  
  ***
 
 
「やぁ、私の可愛いヴォレッカ。今日もあなたに会いたくて来てしまったよ」 
「……おはようございます、ヘンルートゥ伯爵。今日も神々しいですね」
「そういうヴォレッカは、今日も働き者だね」
 
 ヘンルートゥ伯爵の前から逃げるように帰った日から早ひと月ひとつき
 夜会での待ち伏せをされた翌日に、普通の顔をしてヘンルートゥ伯爵は私の元へと現れ、それからは毎朝必ずやって来るようになった。
 
 最初の頃は、ヘンルートゥ伯爵が来る度に何か用かと聞いていたけれど、一週間経つ頃にはそれも面倒となり、今は聞くのをやめている。
 この人のことだから、用事があれば、こっちから聞かなくても勝手に話すだろう。
 
「そうそう、昨日の夜会、うまくいかなかったんだって?」
「……うるさいですよ。放っておいてください」
 
 にらみつける私をヘンルートゥ伯爵は楽しそうに笑っていて、こんな感じのやりとりも最近では日常と化してしまった。
 
「あなたの方は最近、夜会に出なくなったって聞きましたけど」 
 
 小さな菜園への水やりの手を一度止め、探るようにヘンルートゥ伯爵を見た。
 私と同じで結婚相手を探しているはずだったのに、どうして?
 今度こそ、本当の『運命』と出会えるかもしれないのに。
 
「もう私の『運命』と出会えたからね」
「へぇ……」
「随分と他人事じゃないか。ヴォレッカのことなのに」
「何度も言いますけど、それ気のせいですよ」
「そう言われても、私の『運命』は、私が決めることだからなぁ。何でヴォレッカは気のせいだって、思うんだい?」
「何でって、パッと見ただけでも分かるじゃないですか。誰もが振り返るほどの美丈夫と、どこにいても埋没できる平凡な私が釣り合うとでも? 爵位だって、伯爵家と田舎の子爵家ですよ。『運命』って、無理ありすぎですよ」 
 
 ヘンルートゥ伯爵のことが嫌いなわけじゃない。
 だけど、そもそもが違いすぎて、友人としてですら隣にいることが想像できないのだ。結婚相手として考えるとか、図々し過ぎてありえない。
 何より、世の女性を敵に回すとか、まっぴらごめんである。
 
「家格に関しては、気になるなら一度別の家の養子にヴォレッカがなればいいだけの話だよ。あと、ヴォレッカは平凡なんかじゃない」
「え?」
 
 まさか、平凡にもなれないとか言わないよね?
 さすがに、それはちょっと傷つくのだけど。
 
「ヴォレッカは、可愛いよ」
「…………はい?」
 
 ちょっと本気で何を言っているのか分からない。
 
「だから、ヴォレッカは可愛いんだって」
「ちょっと言っている意味が分かんないんですけど……」
「だったら、言い方を変えようか。愛らしい、子猫のよう、抱きしめたい、誰にも見せたくな──」
「ス、ストップ! ストップーーっっ!!」
 
 言われたことのない言葉の数々に、脳がキャパオーバーだ。
 勘弁してほしい。
 
「だからね、今日こそ私と婚約して、結婚してほしいんだ」
 
 あぁ、頭がぐるぐるする。
 タイムリミットまであと一月ひとつきという不安もあってか、不安で寝つきが悪くなっているのも良くないのかもしれない。思考が鈍る。
 
「……本気なら、私の実家に手紙の一つでも出したらどうですか? たかが子爵家の私となど手紙ひとつで婚約となりますよね。うちに拒否権なんてないですし」
 
 からかって遊ぶなら、他所でやってほしい。
 私は時間がないの。ヘンルートゥ伯爵と遊んでいる暇はないのよ。
 もう、ここら辺で、私で遊ぶのは終わりにしてもらいたい。
 
 もう用事はないですよね? と言葉にはしないものの、水まきを再開する。
 これが終わったら、明日の夜会のためにドレスに刺繡の続きをしなくては。
 
「いいのかい?」
「え?」
「本当に手紙を送るよ? そうなれば、ヴォレッカの気持ちは関係ないものとされるのに……」
「良いも何も、本当に送るわけ──」
 
 真剣な眼差しに、本気だと直感した。
 ジョウロの先からは、一点に向かって水が出続け、そこから水たまりができていく。
 
「ヴォレッカはさ、すごく結婚を焦っているよね。その理由を私には頑なに教えてくれなかったから、勝手に調べさせてもらったよ」
「な……んで…………」
「焦って、私以外の男と結婚でもされたら、たまったものじゃないからね。どうして、私を頼らない?」
 
 低くなった声のトーンに、逃がさないというような眼差しに、はくりと口から空気が漏れるだけで、言葉を返すことはできない。 
  
「サミレット家には、借金あるよね。それも、多額の……」
 
 ドクリと心臓が嫌な音を立て、呼吸が浅くなる。
 ジョウロは私の手から水たまりへと落ち、泥水が跳ねた。
 
「い……つから、それを…………」
「サミレット領は昨年、一昨年と大河の氾濫があったんだってね。国へも陳情書を出した。でも、その返事は領地の返上を求めるものだった」
 
 握りしめた指先は冷たく、嚙み締めた唇からは血の味がする。
 勝手に調べられた怒りか、悲しみか。それとも、嫌というほど分かっている事実を再び突き付けられたくなかったのか。
 頭も心もぐちゃぐちゃだ。
 
「だから、ヴォレッカは嫁ぎ先を探しているんだよね?」
「……それが、何?」
「うん。つまり、私ほどヴォレッカの結婚相手として条件の良い男はいないと思うんだよ」
「…………は?」
 
 自分でも驚くほど間抜けな声が出た。 
 たしかにヘンルートゥ伯爵の言う通りだろう。
 ヘンルートゥ伯爵家は、うちと比べ物にならないくらい裕福だし、結婚すれば融資をしてくれそうだ。
 だけどね──。
 
「私ほどあなたに利益にならない女もなかなかいないと思いますよ」
「そんなことはない。ヴォレッカは、理想的な女性だよ」
 
 その言葉に、取り引めいたものを感じた。
 もしかして、『運命』とか、可愛いとか言ってるけど、本当は夜這いに来ない妻がほしいのでは……。
 それに、結婚さえしてしまえば、そのことが多少の女性避けになるかもしれない。
 つまり、安心して眠れる環境と快適な社交活動を行うことが望みで、現状、私が一番適任って考えるといろいろとつじつまが合う気がする。
 
「……分かりました。互いの利益の一致ってやつでしたら、その話をお受けしたいと思います」
「うん? 何か勘違いしてそうだけど……」
「大丈夫です。きちんと理解しましたから」
 
 だって、そうじゃなきゃ、私に何度も婚姻を申し込んでいた意味が分からない。 
 
「まぁ、ヴォレッカが私の妻になってくれるのなら、それでもいいか。ねぇ、ヴォレッカ。私と結婚してくれるかい?」
「はい。必ず安心して生活できるよう尽力しますね」
 
 ヘンルートゥ伯爵は何度か瞬きを繰り返したあと、何か言いたげな雰囲気のまま、口元に笑みを浮かべた。
 
 
 
感想 4

あなたにおすすめの小説

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」 ⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。