【完結】『運命』を『気のせい』と答えたら、婚姻となりまして

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中

文字の大きさ
8 / 45

8『運命』ではないのだから

 
「ここが奥様のお部屋になります」
 
 ジーシに連れられて入った部屋で、私はただただ口をあんぐりとして、呆然と立ち尽くした。
 落ち着いた木々を思わせる色合いで揃えられた家具に、暖かな色のカーテンとクッション、調度品が品よく並び、ごちゃごちゃと物があふれるサミレット家実家とはまるで違う。
 まさに、私とは縁の遠そうな部屋に、ただただ圧倒される。
 
「気に入りませんでしたか?」
「あ、いえ……。すごく素敵です。ですけど、広過ぎじゃないかな……と」
 
 この部屋だけで、実家の一階部分のすべてが余裕で入る。
 大きな屋敷の中は、部屋まで大きくできているんだな……などと、ちょっと現実逃避してしまう。
 
「お飲み物のお好みはありますか?」
「いえ、特には。何でも好きです」
「畏まりました」
 
 勧められるがまま、ソファへと腰掛け、その座り心地の良さに、思わずため息がこぼれた。
 ジーシが、慣れた手つきで紅茶を淹れてくれるのを眺めながら、この大きな屋敷にたった八人しかいないという使用人について考える。
 
 ヘンルートゥ伯爵が新しく侍女を雇えない理由は、夜這いをかけられたりと女性に狙われるからだってことは知っている。
 でも、男性であれば、たとえ友達は無理でも雇用関係ならいけるのではないか。
 そこまで考えて、もしかして……という可能性が浮かび上がった。
 あれだけ美しいのだ、異性のみならず同性までも引き寄せていないとも限らない。
 
「どうぞ」
 
 目の前に湯気の立った紅茶をジーシが出してくれた。
 そのことで、ハッと現実に思考が呼び戻される。
 
「……いいにおい。ありがとうございます」
「いえ」
 
 カップに口をつけて、一口飲めば、その美味しさにため息が出た。
 
「ジーシは、紅茶を淹れるのが上手なんですね。とても美味しいです。……あの、一緒に飲まないんですか?」
「私に同席するようにとのことでしょうか?」
 
 探るような視線に、伯爵家では執事や侍女と一緒にお茶は飲まないのだということを理解した。
 
「すみません。実家ではみんなでテーブルを囲んでいたので、つい……」
「そうでしたか。では、次の機会からお言葉に甘えさせていただきましょう」
「え?」
「旦那様に嫉妬しっとされたくありませんので」
 
 そう言ったジーシに、冗談言うなんて意外だな……と、認識を改める。
 それに、無表情だと思っていたけど、ほんの少し口角が上がっているように見えたのだ。瞬きの間に無表情へと戻っていたけれど。
 
「奥様、先ほどお聞きになりたいことがあるようでしたが。私で答えられる範囲であれば、何でもお答えします」

 その言葉に、少し考えたあと首を横に振る。

「いえ。あとで直接、ヘンルートゥ伯爵に聞きます」
「畏まりました。では、私から一つだけ」
 
 その言葉に背筋を伸ばし、ジージを真っ直ぐに見る。
 
「ヘンルートゥ伯爵ではなく、お名前で呼んで差し上げると、旦那様はお喜びになるかと」
「……え?」
「旦那様のお名前はご存知でしょうか?」
「それは、もちろん知っていますけど」
「では、試しに呼んでみてください」
 
 有無を言わさぬ気配を感じつつ、何故そこまで名前にこだわるのかと不審に思う。
 まぁ、ヘンルートゥ伯爵もこの場にいないし、呼んだくらいで減るものでもないからいいのだけど。
 
「…………ライラクス様」
「ヴォレッカ!」
 
 私が名前を呼んだのと、部屋の扉が開かれ、ヘンルートゥ伯爵が中に入って来たのは同時だった。
 
「旦那様、ノックをしないのはマナー違反です」
「うっ……、申し訳ない」
「分かれば、結構です。ほら、奥様にも謝罪を」
「あぁ、ヴォレッカ。すまなかった」
「いえ、大丈夫です……」
 
 そう答えつつ、不思議な関係だなとふたりを見る。
 侍女たちともそうだ。まるで、子どもを大人が叱るかのようだった。
 
「もしかして、このお屋敷にいらっしゃる使用人の方々って、ヘンルートゥ伯爵が子どもの頃から仕えてらっしゃるのでしょうか?」
「そうだよ。ジーシ、アーネ、ミナー、ジリルは私の祖父の代からで、その他の者も幼少の頃からいる。あぁ、でも、護衛のキシスだけは、十年ほど前からだな」
「だから、こんなにアットホームだったんですね」
「あー、その……、ヴォレッカは嫌か?」
 
 その言葉の意味が分からず、首を傾げる。
 そうすれば、ヘンルートゥ伯爵はまるで覚悟を決めたかのような顔で私を見た。
 
「アットホームな雰囲気は嫌だろうか?」
「そんなことないですよ。むしろ、実家を思い出して安心します。あ、今度、ジーシが一緒にお茶をしてくれるって約束してくれたんです」
「ほぅ……」
「そばで誰かが控えた状態でお茶を飲むのって落ち着かないし、一緒に飲んだ方が美味しいじゃないですか。ヘンルートゥ伯爵家が厳しくなくて良かったなって思いました」
「そう……だな…………」
 
 そう言いながら、他に席があるにもかかわらず、ヘンルートゥ伯爵は私の隣に腰をかける。
 ジーシは、さっと当たり前のように新しい紅茶をヘンルートゥ伯爵の前へと置いた。
 
「そのような目で私を見られましても、困ります。今回は旦那様のために断ったことを褒めていただきたいくらいです」
「分かってはいる。それでも、嫌なものは嫌なんだ」
「ジリルも言っておりましたが、遅い初恋何とやらというのは、厄介ですね」
「……うるさい」
 
 珍しく、ぶすっとした表情でヘンルートゥ伯爵は言った。
 
「やれやれ、困った旦那様だ。奥様、申し訳ございませんが、旦那様のご機嫌を取っていただいても、よろしいでしょうか?」
「私がですか?」
「はい。先ほど、お教えしたやつですよ」
 
 そうは言われても、あれはヘンルートゥ伯爵がいないから言っただけ。
 どんなに親しくなろうと、区別はきっちりつけておくべきだ。
 本当のヘンルートゥ伯爵の『運命』のためにも。
 
「ヘンルートゥ伯爵」
「何だ?」
「結婚して、私もヴォレッカ・ヘンルートゥとなったので、ヘンルートゥ伯爵と呼ぶのはおかしいですよね」
「そうだね」
「なので、これからは旦那様とお呼びすることにします」
 
 いつか終わりが来るのだから、境界線ははっきり引いておかないと。
 ライラクス様と呼んで、変にじょうでも湧いてしまったら、困るから。
 あくまでも、私は仮初の妻なのだから、深入りをし過ぎないようにしないとなんだよ。
 
 
感想 4

あなたにおすすめの小説

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」 ⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています