光を失った魔女の追憶

DANDY

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第14話 弔いの悪魔 2

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「ほう……見かけによらず芯がしっかりとある少年だな」



 エリックの前に立ち、背伸びして彼の両頬を手で挟み、狸の悪魔はそう告げた。



「そんなこと分かるの?」



 エリックは普通に返事をする。



 どうやらまったく怖がってる様子は無かった。



「体に触れれば、その人間がどんな奴かは大体分かるのさ」



 そう言って狸の悪魔は、エリックの全身をくまなくベタベタと触り始めた。





「ふぅ……」



 私は安堵からため息を漏らす。



「だから大丈夫だと言ったじゃないですか」



 レシファーは私の右手を離し、呆れた口調で私を揶揄する。



 その言葉に非難の色はない。彼女なりの冗談のつもりなのだろう。



「だって……エリックに何かあったらと思うと……」



「それは、アレシア様がエリックを異性として愛しているからですか? それとも巻き込んでしまった罪悪感から? それか……彼がこの世界から消えてしまったら再び光を失うからですか?」



 レシファーはすまし顔で、痛い所をついてくる。



 あの狸の悪魔に限らず、悪魔というのは元々人間の心の弱みにつけ込むのが上手い。



 だから私のような魔女の内面も、レシファーからしたら手に取るように分かるのだろう。



「そんなに捲し立てなくても……」



 私は結論を出すことを拒んだ。



 拒んだ理由は簡単だ、私自身もまだ彼のことをどう思っているのか分からないのだ。



 私はエリックが好き……これは間違いない。



 だけどこの気持ちが本物だと、自分の中で確証が得られないのもまた事実だった。



 現実的に言ってしまえば、もし本当にエリックが殺されてしまい、光を失って盲目となった場合、私は確実にキテラ達魔女に殺される。



 いくら冠位の悪魔であるレシファーがいるとはいえ、盲目のまま勝たせてくれるほど彼女たちは甘くないのだ。



「いえ、無理矢理答えを出せと言っているわけではないのです。ただ、この先の戦いは確実に今までよりも厳しくなってきます。その極限状態の中では、少しの迷いでも命取りになるのです。ですから、アレシア様がエリックをどう思っているのかを、ちょっと聞きたかっただけですよ」



 レシファーはそう耳打ちすると、エリックをベタベタ触っている変態悪魔を取り締まりに向かった。






「それで、貴方の名前は?」



 レシファーに無理矢理エリックから引き剥がされた狸の悪魔は、若干拗ねているようにも見えたが、私はあえて無視して、名前を聞き出す。



「ポックリだ」



 そうポックリは諦めたように呟く。

 

 彼はまだ、クローデッド以外の魔女に名前を教えたくは無かったはずだ。



「急に素直になったわね?」



 私はポックリを後ろから捕まえているレシファーに視線をやる。



 さっきまでそこそこ反抗的だったのだけど……どういう心境の変化かしら?



「何か狙っているのですか?」



 レシファーは、手元に収まるポックリを問い詰めるような声色で尋ねる。



 彼女の危惧は当然で、優しすぎるレシファーに慣れてしまった私ではあるが、そもそも悪魔というのは”悪”そのものなのだから、急に従順になる時は大抵何かを狙っているのが相場だ。



「特に狙ってないさ! いいから離して下さい! レシファー様!」



 ポックリが急に暴れだしたため、レシファーもついつい手を離してしまう。



 自由の身になったポックリは、猛スピードでエリックの元に向かい、エリックの後ろに身を隠す。



「俺が契約する魔女はクローデッド様だけだ……それは変わらねえ、他の誰かなんて想像できない。だけど、この少年は気にいった! 気に入ったから、この少年のためになら力を貸そう」



 どうやらポックリはエリックに一目惚れしたようだった。



 魔女である私だけでなく、悪魔であるポックリまで落とすとは思わなかった。



 どこか魔に惹かれるものを持っているのかもしれない。



「力を貸すって、どういう意味よ? エリックと契約でもするつもり?」



 私はポックリにそう尋ねながら、あり得ないことだと知っていた。



 悪魔が魔女と契約するのは、魔女には魔力があるから。要するに、悪魔が自身の力を最大限出力するためには、魔力を持った魔女と契約するしかない。



 対してエリックは人間であるが故に魔力と呼べるものは無く、ましてやまだまだ子供……悪魔が契約したがる理由がない。



「そんな無駄なことはしない」



「じゃあどうするつもりなのよ?」



「レシファー様を通じてお前と仮契約する」



 ポックリは想像の斜め上な回答を出してきた。



 通常、悪魔と魔女の契約関係は一対一。基本的には複数の悪魔と契約は出来ない。



 それでも方法が無いわけではない。元々契約済みの悪魔を媒介として、他の悪魔と仮契約を結ぶことは出来る。



 出来るけど、普通はやらない。



 まず、あくまで仮契約のため、契約したところで悪魔は自身の最大出力は期待できないし、魔女は魔女で大した能力は手に入らない。しかも、媒介に正式契約している悪魔を使っているため、もしもの時のバックアップとしても使えない。正式契約している悪魔と離れれば、必然的に仮契約の悪魔も離れることになるからだ。



「レシファーはそれで良いの?」



 私は呆気にとられているレシファーを見る。



「私はアレシア様さえ良ければ構いません。戦力は少しでも多いほうが良いですし」



「それじゃあ契約だ!」



 ポックリは嬉しそうに私とレシファーに近づいてきた。



 仮契約は正式な契約と違って、結構簡単に済ませられる。



「アレシア様」



「ええ」



 私とレシファーは向かい合い、お互いを見つめながら両手を繋ぐ。



 そして私とレシファーが同時に魔力を込め、私達のあいだに小さな魔法陣が浮かぶ。



 紫色を基調とした六芒星の魔法陣。その中心にポックリが入り、彼も魔法陣の中心に魔力を注ぐ。



「綺麗!」



 エリックが、私達を見て驚いた声を発するのが聞こえたが、気にせず仮契約を最後までやりきる。



 先程エリックが綺麗と表現した魔法陣の淡い紫色の光は、徐々に収縮していき、やがて魔法陣ごと消失した。



「これで契約成功だ!」



 ポックリは妙に嬉しそうに笑っている。



 狸の見た目なだけあって、笑うと結構可愛い。



「この仮契約で何が出来るようになるのかしら?」



 私は喜んでジャンプしているポックリに尋ねる。



 こればっかりは契約した相手に聞かなければ分かりようもないのだ。



「とりあえず念話ぐらいは出来るでしょうけど、まさかそれだけじゃないわよね?」



「当然だ! 少数ならそこそこ強い魔獣を生成出来るぞ!」



 ポックリはドヤ顔で胸を張る。



 まあクローデッドに憑いていた悪魔なのだから、能力はそれでしょうけれど……あんまり期待できないわね。



 仮契約とは本来そういうもの。悪魔のお試しみたいなものだ。



「何かあれば念話でお互い連絡をとりましょう。いくら仮契約とは言え、この結界内ぐらいだったら届くでしょう?」



「良いぜ分かった」



 ポックリは私の提案を快諾すると、クローデッドの死体の元に向かって歩き出す。



 レシファーは何かに気がついたのか、急いでエリックの元に飛んでいき、彼の目を塞ぐ。



「どうしたの? レシファー?」



「いいから、黙ってなさい」



 エリックの疑問をレシファーは一蹴する。



 私もレシファーの行動の意味が分からなかったが、その後のポックリの行動を見て理解した。



 ポックリはクローデッドの死体を愛おしげに見つめた後、大きく口を広げて彼女を食べ始めてしまった。



 静寂が支配する森に、ゴリゴリとポックリの咀嚼音だけが響き渡る。



 レシファーは抜け目なく、エリックに自分で耳を塞ぐように指示していたらしく、彼にはポックリが何をしているのか分からないようにしていた。



「知識としては知っていたけど、実際に見ると結構キツイわね……」



 私はそう呟く。



 昔から有名な話で、悪魔と契約中の魔女が死ぬと、契約していた悪魔はその魔女の死体を食べる。



 これは昔からの風習で、悪魔からするとこれで一生一緒にいられるとされている行為なので、逆に仲が悪いと食べることはしないそうだ。



 彼ら悪魔にとって、食べる相手というのは、一生共にいたいと思う魔女だけだ。

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