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第十一章

再再登場!消えるバナナ 2

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 早速俺は現場検証を始める。

 現場検証と言うとなんかかっこいいが、実際に見るのはただのバナナ売り場である。

「ぱっと見では特に異常は無いですね」

 俺はバナナが積んである台を、上から眺めてそう結論を出す。

 流石にそれでは仕事としてどうなの? って感じなので、そのバナナ売り場周りも調べる。

 バナナ売り場は、一番外側(道側)に配置されており、盗もうと思えば誰でも盗める。

「監視カメラとかってついてます?」

「ああ見れるぜ。俺も確認したが、見ても分からないんだけどな」

 見ても分からないとはどういう事だろう?

「見せてもらっていいですか?」

 俺はそう言って監視カメラの映像を見せてもらうことにした。

 この八百屋の監視カメラは、店の奥から外側に向けて全体を監視するタイプのものだ。なので、小さいものなどは分からないし、解像度も良くない。

 それでも、人がバナナを一本持っていったかどうかは分かるはずだ。

「ちょっとストップ!」

 俺は八百屋のおっさんに再生を止めてもらった。

 危うく見逃すところだったが、この一瞬のあいだにバナナが一本、コロッと道側に落ちていた。

「ここで一本落ちてません?」

「どれどれ……ああ、本当だ。気付かなかった」

 おっさんが気づかないのも無理はない。

 そもそも誰かに盗まれたという先入観がある以上、バナナ本体ではなく、盗んだであろう人影のほうに意識が向いてしまうものだ。

 しかし……

「この日の映像は、一本道に落ちていったというのが事実なんですけど、それが器用に毎日一本だけ落ちるなんてことありますかね? 仮にそうだとしても、落ちたバナナはどこに行ったのかという話にもなりますし……」

 そうだ。問題はそこにある。

 仮に、マジで毎日バナナが一本ずつ落ちていたとしても、誰かが気がつくだろうし、勝手な希望的観測かも知れないが、ここの商店街のお客さんは、そのほとんどが顔見知りだ。

 八百屋のおっさんだって、この人柄でなんとか店を保っているような人だ。気がついたら誰かが教えてくれるに違いない。

 これだけで犯人の特定は難しい。というより、犯人がそもそもいない説が濃厚になりつつあるが、どうあれ情報が足りない。

「毎日盗まれているんなら、その時間帯を調べてみたらどうだ?」

 ハムスケはバレないように、胸ポケットの中から小声で俺にアドバイスをくれた。

「確かになあ~もうそれぐらいしか情報源は無いしな」

「すみません、もう一度ここ一週間の映像を見たいのですが」

「おう構わないぜ」

 俺は店頭でお客さんの対応をしていた、おっさんに許可を貰う。

「何かあったんです?」

「いやなに、バナナがここの所毎日盗まれてまして」

 お客さんは常連なのか、おっさんに事情を聞き始めた。

「ああ、それであの探偵さんに来てもらっているのね……探偵さん頑張って!」

 客のおばさまは、奥にいる俺に声をかけると去っていった。

「黄色い声援も貰ったし、頑張らないとな~和人」

 ハムスケはニヤニヤしながら俺にそう発破をかける。

「黄色い声援って……表現が古いが、その声援を飛ばしてきた相手も、それぐらいの年齢だったな」

 そうして俺は視線を再びモニターに移す。

 最初のバナナが無くなった日は、午前10時過ぎあたり、次の日は……10時過ぎあたり、その次は……

「なるほど」

 俺はそう1人ごちる。

「わかったか?」

 ハムスケは俺の独り言に反応した。

「見事にバナナが落ちる時間帯が一緒だ」

「そんなバナナ!?」

「お前、それが言いたかっただけだろ!」

 ハムスケはおどけてみせるが、コイツが言わなくてもどっかで俺が言っていたに違いない。

「冗談はともかく、これだと盗み説も出てきたな」

 急に真顔に戻るハムスケ。

 ハムスターの真顔って面白いな。

 俺は1人、そんな場違いな感想を抱いた。

「防犯カメラに映らない以上、これは現行犯で捕まえるしかないな」

 カメラに映らない、バナナを一本だけ盗む犯人か……本当に盗んでいたとしたら、技術と対象のレベルが合ってない気がするが、まあ良いだろう。

 逆にそこまでしてバナナ一本を盗む理由も気になってきた。

「何か分かったかい?」

 監視カメラの録画を見ていた俺に、八百屋のおっさんは声をかける。

「映像を確認したら、毎回バナナが落ちる時間帯が一緒でした。お聞きしたいのですが、午前10時過ぎあたりに何か心当たりはありますか?」

 この問いかけの返事が肝要だ。

 この答え次第では調査の仕方が変わってくる。

「午前10時過ぎか~~まったく心当たりはないな」

 八百屋のおっさんが、少し考えた末にひねりだした答えがこれだった。

 現行犯狙い確定だなこれは……なにか心当たりがあったり、決まった人が決まった時間に来るみたいな、ミステリーのお約束は使えないらしい。

 おかげで現行犯を直接捕まえるという、なんの創意工夫もない結果に落ち着きそうだ。

「そうですか……わかりました! 明日の朝にまた来ます。そして現行犯で捕まえます」

「悪いな探偵さん! こんなショボい事件頼んじゃって」

「構いませんよ、どんなに少額だろうと盗みは盗みです!」

 俺は頭を下げるおっさんにそう言い残し、事務所に戻っていった。

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