作り物な私と灰色のキャンバス

DANDY

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第二十話 人権の理由

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 私の目標が二つになったころ、車は予定通りの時間に到着する。
 場所は隣町の高級ホテル。
 車から降りてホテルを見上げると、本当に高い建物だった。
 地上何階建てだろう?

「ここで待ってるの?」
「ああ。ここは政府高官との話し合いでよく使われる場所なんだ」

 私たちが到着すると、ホテルの中からスーツ姿の男が二人急ぎ足でやってきた。
 ホテルの従業員だろうか?
 一人は蒼汰の車を代走して駐車場に停めに行き、もう一人は私たちをホテルの中に案内する。

「こちらです」

 男はエスコート慣れした立ち振る舞いを見せ、スマートに私たちをホテルのロビーに案内する。
 自動ドアを潜った先は、見たこともないほどに豪華なロビーだった。
 ロビーの中心には巨大なシャンデリアがぶら下がり、壁は金と白を基調としていて目がチカチカする。
 そんな豪華絢爛な空間が、何十メートルも続いていた。

「凄いね」
「俺も最初はアリサと同じ反応だったよ」

 蒼汰は私を見て苦笑する。
 そっか、蒼汰は何度も来ているんだ。
 ここで何度も政府の高官と話し合いを繰り返している。
 なぜか今回は私まで招待されたけど……。

「お久しぶりですな」

 ロビーで待つこと五分ほど、ホテルの入り口から高級そうなスーツに身を包んだ初老の男性が現れた。

「お久しぶりです高田さん。半年ぶりでしょうか?」
「そうなりますな。おお、そちらが例の」

 高田と呼ばれた男が、私の全身を品定めするかのように観察する。
 彼が私を招待した張本人だろう。

「初めまして、アリサと申します。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

 私は恭しく一礼する。
 蒼汰のパートナーとして恥ずかしくない振る舞いをしなければ。

「いえいえこちらこそ。突然のお招きにも関わらず、こうしてお越しいただき嬉しく思っております」

 高田はそう言って人に好かれそうな笑みを浮かべた。
 蒼汰は一度咳払いをして空気を壊すと、ゆっくりと歩き出す。

「高田さん、あいさつはここら辺にして行きましょう」
「そうですな」

 高田は蒼汰のとなりについて歩き出す。
 私は高田とは反対側に回り、蒼汰の半歩後ろをついて行く。
 ロビーにある八つのエレベーターの内の一つに乗り込む。
 中にいたエレベーターガールが三十五階のボタンを押す。
 最上階だ。

「この先です」

 エレベーターから降りると、高田が先陣を切って奥の部屋に向かって歩き出す。
 廊下の左右には何もない。
 ただただ無駄に豪華そうな品々が並んでいる。
 そんな興味の引かない廊下を歩いていると、やがて両開きの大きなドアに到着する。

「さあ、参りましょう」

 高田がドアを開けると、そこはレストランだった。
 テーブルが一つだけのレストラン。
 テーブルは窓際に設置されていて、地上三十五階からの景色を楽しめるつくりとなっている。
 正面は全て強化ガラスでできており、視界いっぱいに景色を楽しめるようだ。
 
 左側には食事を終えた後にくつろげるように、革張りの黒いソファーが置かれ、反対側にはこの部屋専属のキッチンとシェフが立っていた。
 これがVIPというやつか。
 私が驚きで目を丸くしていると、蒼汰がそっと私の背中を押す。
 
「あいかわらず見事な景観ですね」

 蒼汰は私を隣の席に座らせ、窓から景色を見渡す。
 
 確かに見事な景観だ。
 見えている範囲に建物はない。
 右半分は海が見え、左半分は山になっている。
 海と山が同時に視界に収まる景観は、ここぐらいだろう。
 
「私のお気に入りの場所なのですよ。アリサさんもお気に召しましたか?」
「はい。あまりの景観に見惚れておりました」

 これは嘘じゃない。
 本当に見惚れていた。
 しかし私は高田の声を聞いて、意識をシャキッとさせた。
 ここへは景色を見に来たわけではないのだから。

「それでは早速ですが……」

 蒼汰がそう切り出してからは話がドンドンと進んでいく。
 特に私はやることがないため、彼ら二人の話を聞きながら運ばれてくる料理に舌鼓をうつ。
 前菜のかぼちゃのスープに始まり、妙に名前の長いサラダが運ばれてきたかと思うと、どこの部位か分からない肉のソテーが運ばれてくる。
 初めて食べるものばかりで大変美味だったが、やはり私はルイボスティーとパンケーキのほうが好きだった。

「最後に一つお聞きしたいのですが」

 二時間に及ぶ会食の最後、蒼汰があらたまった様子で切り出した。

「今回はどうしてアリサを?」

 ああそうだ。忘れていた。
 二人の商談? が上手く進んでいたものだからすっかり頭から抜け落ちていた。

「そういえば説明してなかったですね。ちょっと興味がわきまして、影井さんが人権を獲得させたAIというものを生で見てみたかったのです。今まで築き上げてきた国との貸し借りの全てを捨ててまで手にしたAIが、どの程度人間らしいのかをこの目で確認したくてですね……まあ、ただの興味本位です」

 まるで私を物のように言うのだと感じた。
 だが正しい。
 高田の物の見方は正しい。酷く正しい。
 私は人の形をしているが、あくまでAI。作りものだ。
 だが蒼汰は勢いよく立ち上がった。

「アリサは”人”です! 訂正を!」

 勢いよく立ち上がったにしては、静かな口調だった。
 だが体の芯が震えてしまう程、怒りの込められた声だった。
 蒼汰は私が物扱いされるのを良しとするはずがない。

「その熱意。その執着。なるほどよくわかりました。影井さんがどれほど彼女に入れ込んでいるか、それが確認できただけでもよしとしましょう。先程の発言は思慮を欠いていました。謝罪します」

 高田は立ち上がって頭を下げる。
 態度とは裏腹に、取ってつけたような謝罪。
 そして彼の目的がうっすら分かった。
 高田は、私を見に来たのではない。
 私に対する蒼汰の反応を見に来たのだ。

「それではお開きとしましょう。お互い忙しい身ですし」

 そう言って高田はもう一度頭を下げ、一足先に部屋を出て行った。

「ごめんアリサ」
「なんで蒼汰が謝るの? 私はなんとも思ってないよ」

 私は蒼汰の背中をさすり、蒼汰の横顔を見る。
 きっと近い将来、高田は私を何らかのかたちで利用してくる。
 今回はそのための品定め。
 
 蒼汰もそれを分かっているのか、私を正面から力強く抱きしめた。
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