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異世界に転生していた
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何かに急かされるように走っていた。
階段の最上段で、足を踏み外した身体が宙を舞う。
僕の体は宙を舞い、下まで一気に落下した。
「キャアアッ!!坊っちゃま!」
近くにいたメイドの叫び声が聞こえる。
その瞬間に、下に叩き付けられた身体は痛みを訴え、僕は意識を手放した。
‥‥‥。
ゆらゆら、ゆらゆらと、水の中を揺蕩う様に揺れる身体。
「‥、‥。」
目を開けると、先程までの身体の痛みは無く、陽炎の様な不確かな世界。
ゆらゆらと揺れている視界。地面が揺れているのか自信が揺れているのか、いや、この揺れは僕自身か。
揺れが少しずつ小さくなっていく。
そして唐突に気付いた。僕は夢を見ているのだ。
夢の中の世界は、現実であり非現実でもある。
辺りを見回すと、知らない建物や道路。でも、どこか見覚えがある。
道路を真っ直ぐに見る。
その道路は信号機が付いている。信号は、自動車側が青から黄色へそして赤になった。
歩道側は赤から青へ変わった。
此処は何処かは分からないが、凄く見覚えがある。
ぼうっ。と、佇んでいる僕の横を、黒髪の少年が通り過ぎた。
僕に気付いてないみたいだ。
その少年の顔に見覚えがある気がした。
少年を目で追う。
一台の車が、道路を走っている。
車は赤になっているのに、気付いていない様子だ。そのままスピードを落とさずに少年に接近してくる。
よく見ると、車の中にいる運転手は、手にスマホを持ちながら電話している。
少年は下を向いて、音楽を聴いているのだろうか。車が近くに来ているのに慌てる様子がない。
激しいブレーキ音。
運転手が先に気付き、距離が近過ぎて避ける事も困難な状況だ。
それでも運転手は、左にハンドルを回して必死にブレーキを踏む。
ブレーキ音に気付いた少年は顔を上げた。既に車が目の前でー。
避け切れなかった車は、少年を跳ね、少年の身体は大きく上に上がったかと思えば、地面にバウンドした。
車の中の運転手は、車から降りて、急いで電話をしている。
その内に、救急車と警察が駆けつけた。
少年の頭からは、夥しい程の血が流れていく。
生命が失われていく、赤黒い血液が体から抜けていき、コンクリートの地面に事故の残照を残す様に、地面を汚し吸い込まれて行く。
僕はこの感覚を知っている。
これは、死に征く僕の前世だ。
今の僕の世界には、車というもの自体、存在しないし、スマホも無い。
はじめに、車?何故、四角い車輪が付いている機体を車という機体だと分かったのだろう。
それよりも此処は何処で僕は誰だろうか。
そんな事を、僅かながら考えていた。
だが、
身体がさっきまでは痛かった。
それが今は痛くない。でも、僕の事を思い出そうとすると頭が痛くなる。
ズキズキする頭を押さえながら、僕は目の前に横たわる少年を見る。
頭や身体から夥しい程の血が出ていく。誰の目から見ても助からない。
車から人が降りて何処かに電話をしている。
程なくして、救急車と警察が来た。
ガヤガヤと騒然としている周囲。
それをなんとなしに見ている僕。
少年の隣に佇んでいる僕に誰も目を向けない。
だってこれは、今起こっている出来事ではないから。
僕の魂が刻んだ記憶なのだろう。
僕は思い出した。
俺の前世は日本人で男子高校生だった。
この車に撥ねられた少年は僕自身だ。
僕の前世の死に目に、まさか立ち会うなんて思いもしなかった。
もう一つ思い出した事がある。
《僕》は、《俺》は、気付いたら漫画の世界に転生していた。
今いる世界は、魔法の世界だ。その国の王太子と婚約破棄される悪役令嬢の兄に俺は転生したらしい。
その世界は、アニメ化にもなっていて、観ていたから大体の内容を覚えている。
悪役令嬢は、婚約破棄されたその日に何者かに殺される。
その親族も殺されるんだ。
やばい、え、今思い出したけど、俺殺されるの?!
え、前世は交通事故で死に、今世は誰かに殺されるって!なんだそりゃ!?嫌だ、そんなのないわ!しかも、もしかして、これは臨死体験じゃないのか?!
「ふっざけんなっ!!!!!」
俺は盛大に叫んだ。
「っ、!」
俺は、息を詰めた。
「坊っちゃま!気付かれましたか?!」
すぐ側には、俺専属の執事見習いが控えていた。
ユリウス・セイン
ブラウンの髪に瞳の色白の男。スーツをビシッと着こなしている美丈夫は、少年と青年の間にある色香を纏っている。
背は180cm位に高く、常に俺の側に控えていた。
心配そうに覗く顔は、何処か疲れてみえる。
「坊っちゃま、心配しましたよ。1週間も目を覚まされないのですから‥。」
俺を抱き締める身体は震えている。
「セイン‥。」
「如何しました?他人行儀な呼び方をして。まだお身体が痛い?」
そう言って、俺の身体を労る様に撫でる。
「‥。ユリウス、いま、1週間と言っていたか?」
俺は、伯爵の息子で俺の専属の執事になるユリウス・セインに詰め寄った。
「はい、1週間も眠りについていたので、俺は生きた心地がしませんでしたよ。」
そう言って、俺にキスをしようとする。
そうだ、思い出した。
この世界は、BL要素もある。
悪役令嬢の兄である俺は執事と良い仲、要は恋人同士であった。
「や、めろ。」
俺は、力の入らない身体でなんとか手を上げ静止のポーズを取る。
「ルーイ‥。」
ユリウスは諦めたのか、それとも病み上がりの俺を気にしたのか止めてくれた。
「ルーイ、今、ご主人様達を呼んでくる。」
「‥‥。ああ、頼む‥。」
名残惜しそうに、俺の頭を撫でて去っていく。
なんなんだ、あの甘い空気は。なんなんだ、俺達は男同士だぞ。
俺は、悪役令嬢の兄に転生したのは間違いない様だ。
実はアイツ、ユリウス・セインは攻略対象の1人だ。
悪役令嬢の家は、公爵家で王家の血と勇者の末裔のマーベリック公爵家だ。
俺は、ルーイ・マーベリック。公爵家の嫡男。幼い頃は妹を溺愛していたが、悪い事をし出した妹に対して、距離を置く様になる。
そう、距離をおいている最中だ。
妹が悪役のままならば、俺達は殺されてしまう。ならば、この物語を改変してやる!
そう、妹シルビアとの距離を元に戻して、悪役令嬢シルビア・マーベリックからヒロイン、レディシア・ヒロインの様な誰からも愛される令嬢にしようではないか!
「シルビア。俺が君を誰からも愛される女性にしてやるからな!」
ふふっ。腕がなるぜ!
それにしても、ヒロインの苗字がそのままヒロインなのってなんなんだ‥。作者は考えるのを放棄したのか‥。
「お兄様!」
ダカダカと廊下から音がすると思えば、直ぐに扉が開いた。
肩まである長く赤い髪を、クリンクリンとドリルの様に巻いている少女が、部屋に飛び込んできた。
そして、俺の方に抱きつく様に倒れてきた。
「シルビアっ!」
俺は弱った体でなんとかシルビアを抱き止める。
「お兄様!心配しましたわ!」
ポロポロと大きい瞳から雫が大量に流れ落ちる。
「シルビア‥心配かけたな。」
俺は、シルビアを抱き締め返し、頭を撫でる。
「お兄様‥。くすん、ひさしぶりですわ。お兄様に頭を撫でてもらうの。」
そう言ったシルビアは、懐かしそうに目を細める。
それは、猫が嬉しそうにしている様でいて、可愛らしかった。
「シルビア、、。」
記憶を戻す前は、そんなにも俺は、シルビアに対して、酷い態度をしていたのかを再確認してしまった。
「シルビア、すまなかった!」
俺は‥、こんなに可愛い子に、寂しい思いをさせていたなんて、なんて、罪すぎる奴なんだ!
「シルビア、もう君に寂しい思いなんてさせないよ!」
シルビアの手を握り、固く誓いをたてる。
「おにいさま‥っ!」
シルビアは、感極まり俺を抱き締めてきた。
「シルビアっ!」
俺もシルビアを抱き締め返す。
「‥あー、その、なんだ‥。兄妹の仲睦まじいのは好ましいが、私達もいるのを忘れてはいないか?」
シルビアの背後に控える様にいたのは、俺達の父だ。その隣には母もいる。
「ふふ。貴方達がこんなに仲良くしてるなんて何年ぶりかしらね?」
「そうだな。」
クスクス。と、笑う両親に抱きしめ合っていた俺達は居た堪れない。
「もうっ!そんなのいいじゃありませんか!お兄様が目を覚まされたんですから、私も甘えたいんです!」
開き直るシルビアは可愛らしい。
「そうです。こんなに可愛いシルビアを愛でるのを忘れていたなんて俺も信じられません!」
シルビアは、乙女ゲームの世界の主要人物らしく、本当に可愛らしい。もう少し経てば美人になるだろう。
そうしたら、嫁に出したくなくなるよな。王太子には悪いが、俺の妹を渡したくない。そうだな‥。妹が悪役令嬢になるくらいならば、俺がカンストMAXの悪役になれば良いのでは?そしたら妹を虐める奴らや殺そうとする奴等がいなくなるだろう。
いや、攻略対象者の奴等は、レベルMAXのカンストだった‥。奴等をどうにかしなければ俺達の未来はない。
「お兄様?」
シルビアが不安気に俺を見る。んんっ!こんなに可愛い子が俺の妹の訳がない!そうだ!俺がシルビアと結婚すればいいんだ!この世界は、近親婚もできる世界だ。
「どうしたんだ?まだ辛いのなら寝ていなさい。」
顔を覗き込む両親。
「そうよ、体が熱いわ。寝ていなさい。」
頭を撫でる母の手は気持ちいい。
母の手の温もりに眠気が訪れていく。ああ、そうか、俺は目を覚ましたばかりで疲れていたのか‥。
「はい、お母様‥。お父様、お母様、シルビア‥おやすみなさ‥‥」
最後まで言い終わる前に、俺は事切れるように眠りに落ちた。
「寝たか‥。」
「そうね、ゆっくり眠りなさい。ルーイ。」
「おやすみなさい、お兄様。」
そう、声が聞こえた。そして、頬に温かい温もりがした。
目を覚ましたら朝だった。
「おはようございます。ルーイ。」
ユリウスがベッドの側に控えている。
「ユリウス‥。僕、」
俺は、僕はユリウスを見て安心した。
「ルーイ、元に戻りましたね。」
笑みを浮かべるユリウスに、僕は罪悪感が芽生えた。
「ぼく、何か変でしたか?」
僕は、まだ前世の記憶がある。混在状態が続いているから頭が痛い。
ユリウスは、僕の事を、ずっと幼い頃から見ているから、違和感に気付いたのだろう。
「はい。‥昨日のルーイは、正直に申しますと、私の知らない別の誰かでした。」
そうか。僕は前世の俺でもあるけれど、今の僕とは性格が違う。
その違和感は、僕自身にもあった。そして、前世の記憶の僕が、主人格の僕を押し退けて現れた。
(その事は、きっと皆が気付いたよね?)
でも誰にも打ち明ける事は出来ない。
頭がおかしいと思うだろうから。
「そうかな?僕はいつも通りの僕だよ。」
知られてはいけない。
「ルーイ、俺は何年お前を見てると思ってる?」
ユリウスは怒りを滲ませている。
どうして?君はいつか僕達一族を殺すでしょ。そう、言いそうになるのを、ぐっ。と、堪える。
「ユリウス、僕はまだ疲れてるんだ。出ていってもらえないかな?」
たしかに僕は人格が少し変わったかもしれない。
今までは、何を言われても反論しなかった。
それは、誰かと争うのが嫌だから、穏便に済まそうとした結果だ。
でも、これからは違う。
前世の僕が見せてくれた未来。その未来はあまりにも酷いものだ。
だから、改善をしよう。
僕達の未来を明るいものにするんだ。
その為には、ユリウスとは決別しなくてはならない。
どうせ恋人になったのだって、流れなのだから。そんなに好きという感情もない。
「ルーイ‥。どうしたんだ?いつもの俺が好きなお前ではないぞ。」
ユリウスが僕に触れようとする。それを手を上げて、待ったをかける。
「僕はいつもの僕だよ。もう君とは一緒に居たくないだけだ。」
素っ気なく言うつもりが、思いの外、冷めた言い方になってしまった。
「ルーイ‥。わかった。今回は下がるよ。何かあったら言えよ。直ぐに駆けつけるからな。」
そう言って下がっていったユリウスを見る。
僕は、いつも流されていたから、こんな風に相手に冷たくしたのは初めてだ。緊張してしまった。
「でも、これで良いんだよな?だって、あいつが僕達に剣を突き付ける姿が、イラストとして描かれていたんだ。」
剣を突き付けられて、次の瞬間には貫かれている僕達。冷めた表情は、瞳に何の感情も写していなく、思ったよりも彼が冷淡な人間である事が伺える。
僕は、こんな人を一時とはいえ、好きだと思っていたのか。
怖いと思った。
階段の最上段で、足を踏み外した身体が宙を舞う。
僕の体は宙を舞い、下まで一気に落下した。
「キャアアッ!!坊っちゃま!」
近くにいたメイドの叫び声が聞こえる。
その瞬間に、下に叩き付けられた身体は痛みを訴え、僕は意識を手放した。
‥‥‥。
ゆらゆら、ゆらゆらと、水の中を揺蕩う様に揺れる身体。
「‥、‥。」
目を開けると、先程までの身体の痛みは無く、陽炎の様な不確かな世界。
ゆらゆらと揺れている視界。地面が揺れているのか自信が揺れているのか、いや、この揺れは僕自身か。
揺れが少しずつ小さくなっていく。
そして唐突に気付いた。僕は夢を見ているのだ。
夢の中の世界は、現実であり非現実でもある。
辺りを見回すと、知らない建物や道路。でも、どこか見覚えがある。
道路を真っ直ぐに見る。
その道路は信号機が付いている。信号は、自動車側が青から黄色へそして赤になった。
歩道側は赤から青へ変わった。
此処は何処かは分からないが、凄く見覚えがある。
ぼうっ。と、佇んでいる僕の横を、黒髪の少年が通り過ぎた。
僕に気付いてないみたいだ。
その少年の顔に見覚えがある気がした。
少年を目で追う。
一台の車が、道路を走っている。
車は赤になっているのに、気付いていない様子だ。そのままスピードを落とさずに少年に接近してくる。
よく見ると、車の中にいる運転手は、手にスマホを持ちながら電話している。
少年は下を向いて、音楽を聴いているのだろうか。車が近くに来ているのに慌てる様子がない。
激しいブレーキ音。
運転手が先に気付き、距離が近過ぎて避ける事も困難な状況だ。
それでも運転手は、左にハンドルを回して必死にブレーキを踏む。
ブレーキ音に気付いた少年は顔を上げた。既に車が目の前でー。
避け切れなかった車は、少年を跳ね、少年の身体は大きく上に上がったかと思えば、地面にバウンドした。
車の中の運転手は、車から降りて、急いで電話をしている。
その内に、救急車と警察が駆けつけた。
少年の頭からは、夥しい程の血が流れていく。
生命が失われていく、赤黒い血液が体から抜けていき、コンクリートの地面に事故の残照を残す様に、地面を汚し吸い込まれて行く。
僕はこの感覚を知っている。
これは、死に征く僕の前世だ。
今の僕の世界には、車というもの自体、存在しないし、スマホも無い。
はじめに、車?何故、四角い車輪が付いている機体を車という機体だと分かったのだろう。
それよりも此処は何処で僕は誰だろうか。
そんな事を、僅かながら考えていた。
だが、
身体がさっきまでは痛かった。
それが今は痛くない。でも、僕の事を思い出そうとすると頭が痛くなる。
ズキズキする頭を押さえながら、僕は目の前に横たわる少年を見る。
頭や身体から夥しい程の血が出ていく。誰の目から見ても助からない。
車から人が降りて何処かに電話をしている。
程なくして、救急車と警察が来た。
ガヤガヤと騒然としている周囲。
それをなんとなしに見ている僕。
少年の隣に佇んでいる僕に誰も目を向けない。
だってこれは、今起こっている出来事ではないから。
僕の魂が刻んだ記憶なのだろう。
僕は思い出した。
俺の前世は日本人で男子高校生だった。
この車に撥ねられた少年は僕自身だ。
僕の前世の死に目に、まさか立ち会うなんて思いもしなかった。
もう一つ思い出した事がある。
《僕》は、《俺》は、気付いたら漫画の世界に転生していた。
今いる世界は、魔法の世界だ。その国の王太子と婚約破棄される悪役令嬢の兄に俺は転生したらしい。
その世界は、アニメ化にもなっていて、観ていたから大体の内容を覚えている。
悪役令嬢は、婚約破棄されたその日に何者かに殺される。
その親族も殺されるんだ。
やばい、え、今思い出したけど、俺殺されるの?!
え、前世は交通事故で死に、今世は誰かに殺されるって!なんだそりゃ!?嫌だ、そんなのないわ!しかも、もしかして、これは臨死体験じゃないのか?!
「ふっざけんなっ!!!!!」
俺は盛大に叫んだ。
「っ、!」
俺は、息を詰めた。
「坊っちゃま!気付かれましたか?!」
すぐ側には、俺専属の執事見習いが控えていた。
ユリウス・セイン
ブラウンの髪に瞳の色白の男。スーツをビシッと着こなしている美丈夫は、少年と青年の間にある色香を纏っている。
背は180cm位に高く、常に俺の側に控えていた。
心配そうに覗く顔は、何処か疲れてみえる。
「坊っちゃま、心配しましたよ。1週間も目を覚まされないのですから‥。」
俺を抱き締める身体は震えている。
「セイン‥。」
「如何しました?他人行儀な呼び方をして。まだお身体が痛い?」
そう言って、俺の身体を労る様に撫でる。
「‥。ユリウス、いま、1週間と言っていたか?」
俺は、伯爵の息子で俺の専属の執事になるユリウス・セインに詰め寄った。
「はい、1週間も眠りについていたので、俺は生きた心地がしませんでしたよ。」
そう言って、俺にキスをしようとする。
そうだ、思い出した。
この世界は、BL要素もある。
悪役令嬢の兄である俺は執事と良い仲、要は恋人同士であった。
「や、めろ。」
俺は、力の入らない身体でなんとか手を上げ静止のポーズを取る。
「ルーイ‥。」
ユリウスは諦めたのか、それとも病み上がりの俺を気にしたのか止めてくれた。
「ルーイ、今、ご主人様達を呼んでくる。」
「‥‥。ああ、頼む‥。」
名残惜しそうに、俺の頭を撫でて去っていく。
なんなんだ、あの甘い空気は。なんなんだ、俺達は男同士だぞ。
俺は、悪役令嬢の兄に転生したのは間違いない様だ。
実はアイツ、ユリウス・セインは攻略対象の1人だ。
悪役令嬢の家は、公爵家で王家の血と勇者の末裔のマーベリック公爵家だ。
俺は、ルーイ・マーベリック。公爵家の嫡男。幼い頃は妹を溺愛していたが、悪い事をし出した妹に対して、距離を置く様になる。
そう、距離をおいている最中だ。
妹が悪役のままならば、俺達は殺されてしまう。ならば、この物語を改変してやる!
そう、妹シルビアとの距離を元に戻して、悪役令嬢シルビア・マーベリックからヒロイン、レディシア・ヒロインの様な誰からも愛される令嬢にしようではないか!
「シルビア。俺が君を誰からも愛される女性にしてやるからな!」
ふふっ。腕がなるぜ!
それにしても、ヒロインの苗字がそのままヒロインなのってなんなんだ‥。作者は考えるのを放棄したのか‥。
「お兄様!」
ダカダカと廊下から音がすると思えば、直ぐに扉が開いた。
肩まである長く赤い髪を、クリンクリンとドリルの様に巻いている少女が、部屋に飛び込んできた。
そして、俺の方に抱きつく様に倒れてきた。
「シルビアっ!」
俺は弱った体でなんとかシルビアを抱き止める。
「お兄様!心配しましたわ!」
ポロポロと大きい瞳から雫が大量に流れ落ちる。
「シルビア‥心配かけたな。」
俺は、シルビアを抱き締め返し、頭を撫でる。
「お兄様‥。くすん、ひさしぶりですわ。お兄様に頭を撫でてもらうの。」
そう言ったシルビアは、懐かしそうに目を細める。
それは、猫が嬉しそうにしている様でいて、可愛らしかった。
「シルビア、、。」
記憶を戻す前は、そんなにも俺は、シルビアに対して、酷い態度をしていたのかを再確認してしまった。
「シルビア、すまなかった!」
俺は‥、こんなに可愛い子に、寂しい思いをさせていたなんて、なんて、罪すぎる奴なんだ!
「シルビア、もう君に寂しい思いなんてさせないよ!」
シルビアの手を握り、固く誓いをたてる。
「おにいさま‥っ!」
シルビアは、感極まり俺を抱き締めてきた。
「シルビアっ!」
俺もシルビアを抱き締め返す。
「‥あー、その、なんだ‥。兄妹の仲睦まじいのは好ましいが、私達もいるのを忘れてはいないか?」
シルビアの背後に控える様にいたのは、俺達の父だ。その隣には母もいる。
「ふふ。貴方達がこんなに仲良くしてるなんて何年ぶりかしらね?」
「そうだな。」
クスクス。と、笑う両親に抱きしめ合っていた俺達は居た堪れない。
「もうっ!そんなのいいじゃありませんか!お兄様が目を覚まされたんですから、私も甘えたいんです!」
開き直るシルビアは可愛らしい。
「そうです。こんなに可愛いシルビアを愛でるのを忘れていたなんて俺も信じられません!」
シルビアは、乙女ゲームの世界の主要人物らしく、本当に可愛らしい。もう少し経てば美人になるだろう。
そうしたら、嫁に出したくなくなるよな。王太子には悪いが、俺の妹を渡したくない。そうだな‥。妹が悪役令嬢になるくらいならば、俺がカンストMAXの悪役になれば良いのでは?そしたら妹を虐める奴らや殺そうとする奴等がいなくなるだろう。
いや、攻略対象者の奴等は、レベルMAXのカンストだった‥。奴等をどうにかしなければ俺達の未来はない。
「お兄様?」
シルビアが不安気に俺を見る。んんっ!こんなに可愛い子が俺の妹の訳がない!そうだ!俺がシルビアと結婚すればいいんだ!この世界は、近親婚もできる世界だ。
「どうしたんだ?まだ辛いのなら寝ていなさい。」
顔を覗き込む両親。
「そうよ、体が熱いわ。寝ていなさい。」
頭を撫でる母の手は気持ちいい。
母の手の温もりに眠気が訪れていく。ああ、そうか、俺は目を覚ましたばかりで疲れていたのか‥。
「はい、お母様‥。お父様、お母様、シルビア‥おやすみなさ‥‥」
最後まで言い終わる前に、俺は事切れるように眠りに落ちた。
「寝たか‥。」
「そうね、ゆっくり眠りなさい。ルーイ。」
「おやすみなさい、お兄様。」
そう、声が聞こえた。そして、頬に温かい温もりがした。
目を覚ましたら朝だった。
「おはようございます。ルーイ。」
ユリウスがベッドの側に控えている。
「ユリウス‥。僕、」
俺は、僕はユリウスを見て安心した。
「ルーイ、元に戻りましたね。」
笑みを浮かべるユリウスに、僕は罪悪感が芽生えた。
「ぼく、何か変でしたか?」
僕は、まだ前世の記憶がある。混在状態が続いているから頭が痛い。
ユリウスは、僕の事を、ずっと幼い頃から見ているから、違和感に気付いたのだろう。
「はい。‥昨日のルーイは、正直に申しますと、私の知らない別の誰かでした。」
そうか。僕は前世の俺でもあるけれど、今の僕とは性格が違う。
その違和感は、僕自身にもあった。そして、前世の記憶の僕が、主人格の僕を押し退けて現れた。
(その事は、きっと皆が気付いたよね?)
でも誰にも打ち明ける事は出来ない。
頭がおかしいと思うだろうから。
「そうかな?僕はいつも通りの僕だよ。」
知られてはいけない。
「ルーイ、俺は何年お前を見てると思ってる?」
ユリウスは怒りを滲ませている。
どうして?君はいつか僕達一族を殺すでしょ。そう、言いそうになるのを、ぐっ。と、堪える。
「ユリウス、僕はまだ疲れてるんだ。出ていってもらえないかな?」
たしかに僕は人格が少し変わったかもしれない。
今までは、何を言われても反論しなかった。
それは、誰かと争うのが嫌だから、穏便に済まそうとした結果だ。
でも、これからは違う。
前世の僕が見せてくれた未来。その未来はあまりにも酷いものだ。
だから、改善をしよう。
僕達の未来を明るいものにするんだ。
その為には、ユリウスとは決別しなくてはならない。
どうせ恋人になったのだって、流れなのだから。そんなに好きという感情もない。
「ルーイ‥。どうしたんだ?いつもの俺が好きなお前ではないぞ。」
ユリウスが僕に触れようとする。それを手を上げて、待ったをかける。
「僕はいつもの僕だよ。もう君とは一緒に居たくないだけだ。」
素っ気なく言うつもりが、思いの外、冷めた言い方になってしまった。
「ルーイ‥。わかった。今回は下がるよ。何かあったら言えよ。直ぐに駆けつけるからな。」
そう言って下がっていったユリウスを見る。
僕は、いつも流されていたから、こんな風に相手に冷たくしたのは初めてだ。緊張してしまった。
「でも、これで良いんだよな?だって、あいつが僕達に剣を突き付ける姿が、イラストとして描かれていたんだ。」
剣を突き付けられて、次の瞬間には貫かれている僕達。冷めた表情は、瞳に何の感情も写していなく、思ったよりも彼が冷淡な人間である事が伺える。
僕は、こんな人を一時とはいえ、好きだと思っていたのか。
怖いと思った。
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全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
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