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第一話 安倍童子、賀茂忠行に師事する。
白狐2
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保憲は、陰陽寮の学生として、忠行と共に向かい、童子は、特例の見習いとして着いて行った。
着いた先の屋敷では、子息は縄で縛りあげられている。そうでもしないと、いつの間にか件の屋敷へと向かってしまう為である。
「忠行殿、良く参られた。」
その家人である、子息の父君が挨拶をした。
「いや、こちらこそ遅くに参じ、申し訳ありませぬ。」
話が来たのは、数日前であったが、準備と時間が取れず遅くなってしまった。
その間、忠行は、その屋敷に遣いを出し、表と鬼門、裏鬼門等に魔除けのお札を貼る様に、そして、子息にも縄で縛り、その上に札を貼る様にさせた。
その家の者達にも物忌みをさせて、外には出させない様にさせる事で、一つの結界を作り出した。
「私が来る迄に、何か特異な事はござりませぬでしたか。」
家人は、憔悴した顔でこう言った。
「はい。辺りが薄暗く闇が迫ると、風が強うなりました。風に混じって、弦楽器の音と人の声の様な、気味が悪う御座りました。それが、ここ数日、朝日が昇るまで続いてございます。」
それはそれは、とても風とも言えぬものだったのかもしれない。ともすれば、風に混じって弦楽器の様な音も聞こえてきていた。人の声の様でもあった。
噂の、屋敷の女性の声なのかもしれない。此処まで子息の元に来たのかもしれない。
忠行は、決して何の音でも、誰が来ても、扉を開ける事をしては行けない。と、言い聞かせてもいた。
それも相まって、決して開けなかった。
「それはそれは、開けないで、よう御座りました。」
開けたら、どうなっていたのか、それはわからない。もしかしたら、大事になっていたかも知れない。その為に、開けてはいけない。
その約束の通りにしてくれて、良かったと忠行は思った。
そして、縛り上げられている子息を視る事にした。
「して、この方ですか。」
それは、忠行で無くとも、誰の目から見ても異常な表情をしていた。
憔悴した表情だけではなく、人の顔と言うよりも獣や鬼に近い顔になっていた。
「うー、うー、あー!陰陽道の者よ、私を自由にしろ!」
静かに縛られていた男が急に豹変し、唸り出した。
その声は、獣に近いものであった。
忠行と保憲は、目配せをし、素早く印を結んだ。
「ゔーあーーっ!!何をした陰陽師!!」
それは、地獄を這う様な声を出しながら、睨みつける、目尻からは血が流れていく。
「ひっ!!」
その場にいた家人は、息子の豹変ぶりに、腰を抜かしてしまった。
忠行は、しまったと思った。
取り憑かれている者は、得てして奇妙になる事が多い。今回も例外ではなかった。
家族としては、息子の豹変ぶりは、見たくはないだろう。それを疎かにしてしまった。
子息の父君だけではなく、そこには母君や兄妹もいた。
皆、それだけ心配をしている。
ただ、怪を祓う為には、もっと酷くなってもいく。さながら、鬼の如く変貌を遂げる事であろう。
忠行は、家人に部屋を出てもらい、子息を残させた。
忠行の目の前には、怪を祓う為の祭壇と、縛られた子息。
忠行の後ろに控えているのは、陰陽師の学生になったばかりの保憲、それに控えているのは、まだ大学寮にも入っていない見習いの童子だけであった。
長い祝詞を唱える。
それだけでも、子息は踠き苦しむ。縛られた腕を此方に伸ばそうともしているのかもしれない。
それと、奇妙なのは、術を行使している忠行にではなく、童子に視線を向けている様に見える。
その間も、忠行は、唱え続けた。
着いた先の屋敷では、子息は縄で縛りあげられている。そうでもしないと、いつの間にか件の屋敷へと向かってしまう為である。
「忠行殿、良く参られた。」
その家人である、子息の父君が挨拶をした。
「いや、こちらこそ遅くに参じ、申し訳ありませぬ。」
話が来たのは、数日前であったが、準備と時間が取れず遅くなってしまった。
その間、忠行は、その屋敷に遣いを出し、表と鬼門、裏鬼門等に魔除けのお札を貼る様に、そして、子息にも縄で縛り、その上に札を貼る様にさせた。
その家の者達にも物忌みをさせて、外には出させない様にさせる事で、一つの結界を作り出した。
「私が来る迄に、何か特異な事はござりませぬでしたか。」
家人は、憔悴した顔でこう言った。
「はい。辺りが薄暗く闇が迫ると、風が強うなりました。風に混じって、弦楽器の音と人の声の様な、気味が悪う御座りました。それが、ここ数日、朝日が昇るまで続いてございます。」
それはそれは、とても風とも言えぬものだったのかもしれない。ともすれば、風に混じって弦楽器の様な音も聞こえてきていた。人の声の様でもあった。
噂の、屋敷の女性の声なのかもしれない。此処まで子息の元に来たのかもしれない。
忠行は、決して何の音でも、誰が来ても、扉を開ける事をしては行けない。と、言い聞かせてもいた。
それも相まって、決して開けなかった。
「それはそれは、開けないで、よう御座りました。」
開けたら、どうなっていたのか、それはわからない。もしかしたら、大事になっていたかも知れない。その為に、開けてはいけない。
その約束の通りにしてくれて、良かったと忠行は思った。
そして、縛り上げられている子息を視る事にした。
「して、この方ですか。」
それは、忠行で無くとも、誰の目から見ても異常な表情をしていた。
憔悴した表情だけではなく、人の顔と言うよりも獣や鬼に近い顔になっていた。
「うー、うー、あー!陰陽道の者よ、私を自由にしろ!」
静かに縛られていた男が急に豹変し、唸り出した。
その声は、獣に近いものであった。
忠行と保憲は、目配せをし、素早く印を結んだ。
「ゔーあーーっ!!何をした陰陽師!!」
それは、地獄を這う様な声を出しながら、睨みつける、目尻からは血が流れていく。
「ひっ!!」
その場にいた家人は、息子の豹変ぶりに、腰を抜かしてしまった。
忠行は、しまったと思った。
取り憑かれている者は、得てして奇妙になる事が多い。今回も例外ではなかった。
家族としては、息子の豹変ぶりは、見たくはないだろう。それを疎かにしてしまった。
子息の父君だけではなく、そこには母君や兄妹もいた。
皆、それだけ心配をしている。
ただ、怪を祓う為には、もっと酷くなってもいく。さながら、鬼の如く変貌を遂げる事であろう。
忠行は、家人に部屋を出てもらい、子息を残させた。
忠行の目の前には、怪を祓う為の祭壇と、縛られた子息。
忠行の後ろに控えているのは、陰陽師の学生になったばかりの保憲、それに控えているのは、まだ大学寮にも入っていない見習いの童子だけであった。
長い祝詞を唱える。
それだけでも、子息は踠き苦しむ。縛られた腕を此方に伸ばそうともしているのかもしれない。
それと、奇妙なのは、術を行使している忠行にではなく、童子に視線を向けている様に見える。
その間も、忠行は、唱え続けた。
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