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第三章 「魔王VS姫騎士 ~クラウンプリンセスとアナグラム~」

#57 提案

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 その酒場には、古ぼけたカウンターと顎髭が似合う店主がいた。
 ブラッドフレーズ、と告げると店主は機械的にそれ答えた。

「右手の通路の、一番奥の扉だ」

 錆びついた鍵。
 それが、俺の目の前に音を立てて置かれた。

「――ったく、一体何がなんだが」

 フィリーに言われるがまま来てみたもののこんな酒場に何があるのか。
 地図の謎、フィリーの言葉遣い、色々知りたいことはあるがそれにしても色々と怪しすぎる。

 流石にミヤとナナは連れてこなくてよかったな。
 ミヤはさんざん駄々こねていたけど。

 そんな思考をしながら、所々軋む音を鳴らす床を歩いていくと。
 突きあたりに部屋の扉がそこにはあった。

「鍵穴はこれか」

 錆びついた穴に、力任せに鍵を入れる。
 ガチガチという格闘音の後に、かちんという開錠の音が鳴る。

 ノックはした方がいいのだろうか、と思考が頭を過った瞬間。

「お入りください」 

 そのフィリーの声が聞こえた。
 
 扉を開くと、そこは酒場とは違い小奇麗な空間だった。
 アンティークな椅子に、テーブル。良い年季の入り方をした家具に囲まれた空間は、趣があった。

 そんな空間で一際目を引くのはメイド服の彼女。
 いつもとは違い真面目な表情を受かべるフィリー。

「お越しいただき、ありがとうございます」

 品のある作法で礼をする彼女に、戸惑いを隠せない俺だったが。
 ――それ以上に、無視できない存在がそこにいた。
 
 一人の、女性。
 空気が、オーラが、違った。

「よくきたわね」

 そのブラウン色の髪の女性。
 緋色の目が、ゆっくりと俺を見据えている。
 
 騎士団長のような服装をしているが、その人が纏う空気は、言いようのない威厳と高貴さが感じられる。
 普通の人物とは違う、そう本能が告げていた。

「私はエルバッツ王国の王女、リリーナ」

 王女と、自らをそう名乗った女性に、俺は何の違和感も覚えなかった。
 それくらい彼女の風貌は、王女の理想像にぴたりと一致する。

 ――だけど、なんでそんな女王がここにいるんだ?
 状況が理解できない。

「で、あなたを呼び出したのは要件なんだけど、単刀直入に言うわね」
 
 頬杖をしながら、見定めるような視線を向けるリリーナ。
 艶やかな唇が、滑らかに動いた。


「あなた――私に仕えない?」


 突然の言葉は、勧誘の提案。
 女王の家来にならないかということらしい。

「あなたの"力"が欲しいの。勿論、タダでとは言わない」

 そういうと彼女は人差し指をピンとたてた。

「あなたが欲しいであろう、褒美を与えるわ」
「褒美?」
「ええ。あなた、異世界からきたんでしょ?」

 何故、目の前の女王がそれを知っているのかと疑問が浮かぶ。

「そして、その異世界の時の”お仲間”を探していると」

 情報が筒抜けだ。
 一体どこからばれた。

 そう思っているとフィリーと視線が合った。
 ああ、こいつだ。直接言ってないが、多分そういうことだろう。

「お仲間さんを探すうえで、私の”権力”は有用だと思わない?」

 リリーナの言いたいことが分かる。
 権力っていうのはいつだって偉大だ。

 それがあれば、あいつらを探すのも簡単になるのも頷ける。
 人。金。力。それをすべて支配できるそれは、調査団さえ作ることも可能になる。

「おいしい話だけど――ちょっと考えさせてもらえないか?」

 全てが突然のこと過ぎて頭が回らない。

 それに、仕えるということは一種の"拘束"だ。
 今は自由の身で色々なことをできるが、仕えるとそれができなくなる。

 それに何より、そこまで"権力"が欲しいわけでもない。
 そう考えると今、この場で結論を出すのは勇み足だと思える。

「駄目よ」

 そんな俺の考えは、彼女のその一言で消える。

「今すぐ、"ここ"で決めなさい。仕えるか、それとも仕えるか」

 強い言葉で、鋭い視線を送るリリーナ。
 その態度に、一種の圧迫のようなものを感じる。

 てか選択肢が一つしかないんだが。
 一瞬それに怯んだが、ここまでされると何かしら裏がありそうで怖い。
 
 そう思った瞬間、

「――それとも決めきれないなら、私と勝負する?」

 その場違いな言葉が、俺の耳へと届いた。

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