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1話 奴隷
しおりを挟む暗く月明かりも刺さない大きな部屋に無造作に並べられた檻。僕はその檻の中で過ごしている。重く苦しい重層の首輪とそれを繋ぐ鎖は、決して僕を逃がさないと主張していた。
この奴隷市場から逃げ出したい。という思いはもうだいぶ前に無くなった。売られたばかりの殴られ蹴られの日々を過ごしていたら、反抗する気は当然無くなる。最近では、新しい人が入ってきたのもあって、躾られる回数は随分と減った。
今はただ良い買い手を待っているだけ。
獣人や混血などではなく平凡な人間で、当たり障りがなく変わり映えのしない顔な僕にはなかなか買い手がつかなかった。
何度か立ち止まってくれた人もいたけれど、最後は違う子を連れてこの奴隷市場を後にする。
何か僕にも特徴があれば、どこかの好みにハマる人もいるかもしれないのに。そんなことをずっと考えて過ごしていた。
隣の檻で猛獣が暴れ、檻をガリガリと引っ掻き、体当たりする音が聞こえる。
ビクッと身体が反応してその音の先を見ると、どうやら買い手が付いたのか処分されるのか檻の外へ出されるみたいだ。
この猛獣の言葉は理解できないけど、暴れているところを見る限りきっと喜んではいない。
それが僕であったなら、買われるとしても死ぬとしても、とても嬉しいけど。
そうぼんやりと連れていかれるのを見ているとドスドスと強く地を踏む人の足音が耳に響く。屈強な身体を持ち横暴に歩いていたので、いつもここへ買いに来るような金持ちには見えなかった。猛獣の買い手だと思ったが、一瞥もせずに通り過ぎたのでそうではないみたいだ。
その巨体な男は、僕の前で停止した。
僕を買ってくれるのだろうか。
鎖の重さと疲れでぐったりと横たわっていたが必死に身を捩って起き、ニコッと正しくできているかわからない笑顔を作り最大の媚びを売った。媚び、と言っても僕にはほほえむ程度のことしか出来ないのだが。
巨体な男は目を見開いて僕を見た。
「...。こいつ、500金貨で買わせてもらう」
「その値段ではダメだ。3000金貨以上でないと」
「あ?何でだよ。こんな凡庸な顔の奴500金貨で十分だ。多くて1000ってとこだろ。なんでそんな制限かけてんだ?買い手がつかねぇぞ」
「買いたいって奴が多いんだ。顔は特段良いわけでもないのに、嫌に目を引くらしい」
「ふぅん。不思議だな。こいつの何処にそんな魅力があるんだか」
「...貴方もこの奴隷に魅入られてたではないですか」
「...。うるせぇ」
隣の猛獣の喚き声が耳に響いていたので僕には会話がよく聞こえなかったが、今回も駄目だったのであろう。退屈そうな顔を浮かべ、違う檻へと向かおうとしていた。
そんな時、奴隷市場に似合わぬ純白のフード付きマントに襟の長いダブルブレストコートを着た黒髪の男が軽い足取りでコツコツと音を鳴らしながら一直線に歩いてきた。
魔獣の特徴である黒髪に黒目という傍から見たら黒の印象の強い見目であるのに、フードを被っていたからか何故か白い服の方が目立っており、''白色の男''という印象を周りに植え付けた。
「では、私が買いましょう」
「貴方は...」
「はい。会話が気になって遠隔から聞かせてもらいました」
「あ?盗み聞きなんて悪趣味だなァ?これだから魔法の使えるお偉い貴族様は嫌いなんだ。下がれよ」
「おやおや、困りますよお客さん。このお客様の方が良客なんですから、貴方なんてどうとでもできるんですよ」
商人は白い男を庇い、巨体な男へ圧をかけた。商人の見え見えな格差を示す言動にチッと巨体な男が舌打ちをして頭を掻き毟る。
「そちらの方、不快にさせてしまったのならば申し訳ないです。だけれど、私がこの奴隷を買うというのは問題ないと思って良いのですか?」
「えぇ、構いませんよ。3000金貨以上になりますが」
「では、競争相手がいないのなら、3000金貨でお願いします」
商人が巨体な男に目配せを送る。そっぽを向いて僕を観察していたその巨体な男は、商人に気づくと顔を引きつらせた。
「おうおう、競りに参加しろってか?都合のいいやつだな本当に。...まぁだが、こいつも欲しいし、お前んとこの奴隷にはいつも世話になってるからな。いいだろう」
「ふむ、貴方も参加するのですか?」
「ああ。お前がどのくらいの貴族かは知らねぇがこっちもお金は余るほど持ってるのでな。どうせ競りをするなら勝つぞ」
「...へぇ、どんな仕事をしているのか詳しくお聞かせいただきたいものですね」
「ふっ、企業秘密だ坊ちゃん」
巨体な男がニヤリと不気味な笑顔を浮かべると、それを返すように白い男がニコリとほほえんだ。
結果として、競りでは白い男が勝った。巨体な男は呆れたような軽蔑したような目でその男を見ていたが、気にせずの様子で鍵を開けて僕の檻に入ってきた。
「うん。可愛らしい顔をしていますね」
散髪前の目元まで伸びた僕の髪を、手袋をした無機質な手でかきあげられた。
あぁ、僕はこの人に買われたんだ。
嬉しいという思いが溢れたが、これからどんな過酷な事をさせられるのかという不安が僕を襲う。
ここよりは幾分かマシな待遇を受けれたらいいな...。そう思った。
「かぅ、ぁ、とう」
買ってくれてありがとう。と、僕は聞いて覚えただけのつたない言葉で伝えた。
上手く発する事ができずに文字にならない掠れた声が空気を舞うだけだったが、白い男は笑顔を向けてくれたので、ホッとした。
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