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3話 家
しおりを挟む馬車で揺られる感覚に慣れずにいたが、ご主人様がずっと手を握ってくれたおかげで、数時間が数分に感じた。屋敷に着き、不安で顔の沈む僕を「大丈夫だよ。悪いようにはしないから」と声をかけてくれた。
奴隷である僕を悪いようにはしないなんて、ご主人様は変な事を言うなぁ。
馬車から降りてすぐに目に入った白く輝く門を見て顔を上げると、真っ白な彫刻の並べられた道に、想像の何倍も大きい屋敷に怯み、驚愕した。
「こ、ぁ、?」
「そうだよ。ここが君の住む家だ」
先程から上手く喋れていない僕をまるで分かっているかのようにご主人様は返事を返す。
これも、魔法というものなのかな....?
「これは魔法じゃないよ」
僕の思考を読みとったように発されたそれは、やはり魔法でないとおかしいものだった。
その後、道に咲く花や装飾について会話をしていたが「あぅ、あぅ」と言葉ですらない文を述べる僕に、ご主人様は同じく僕の思考を理解して返事をしていたので、何故か会話が成り立っていた。
屋敷の大きな扉が開き、数名の制服を着たメイドや執事が出迎える。ご主人様は右手で軽く合図を送ったと思ったら皆がこちらを見た。
数人のメイドが目をギランと変えて「私が」「いいえ私が」と言い争いを始めた。ご主人様が「皆で頼むよ」と言うと、一番偉いであろうメイドが僕を軽く持ち上げた。
「私達が今綺麗にしてあげますからね」
そうニッコリ微笑まれると、客間で瞬く間に髪の毛を整えられて、わけも分からず水が大量に張られたタイルの部屋に連れていかれた。
モコモコの泡に身を包まれて、薄汚れた身体や顔はあっという間に綺麗にされ。髪の毛には薬草をすり潰した補修剤をたっぷりと塗られた。
「ではこれで。湯船ゆっくりと浸かってくださいね」
数人のメイド達は早々と立ち去ってしまい、ポツンと湯浴み場に置いて行かれた。
湯船というのはこの湯が張られた場所のことだろうか。
片足をチョンと付けてゆっくりと足を入れた。暖かく調度良いそのお湯に肩までつかると、なんとも表せない心地良さが身体を巡った。
気持ちがいい...。ずっとここに居たい...。
奴隷市場でも3日に1度ほど湯浴みがあるが、冷たい水をバシャッとかけられて終わりなのだ。奴隷市場に売られる前もろくな生活ではなかったので、こんな心地が良い湯浴みは僕にとって初めてだった。
「気持ちが良いか?」
「ほぁッ」
後ろから声をかけられ、情けない声が出てしまった。恥ずかしさで赤くなり湯船に顔をつっこんだ。
「!?大丈夫か?顔が赤いな。のぼせたか?もしかして熱か?」
ご主人様は僕を急いで引き上げて、心配したような様子で額に手をかざした。
「ぁぅ、ごめなさぃ」
「...ごめんなさいは結構上手く発音出来るんだな。凄いけど、そんな言葉覚えなくていい。もっと良い言葉いっぱい覚えような」
「ごぇらさぃ?」
「ありがとうって」
「あぃがと?」
「そうだ。よくできたな」
「ん...」
頭を撫でられ、風呂の暖かさも相まってとても気持ちが良かった。
目を瞑ってそれを堪能していると、暖かいお湯で少し身体が熱くなったのでそのまま湯船から出た。
ブルブルと顔を振る。これは市場でタオルを与えられなかった故の湯浴みした後にしていた水をはらう癖だ。
「擦り切れた服で見えずらかったけど、かなり細いな」
「...?」
丸出しの自分の身体を見て、首を傾げた。市場に売られる前しか他人の身体を見たことは無いけれど、皆こんなような肉付きをしていたと思う。
僕の腹を自分で触ったあと、ご主人様の身体を見た。服に隠れているけれど、どんな身体をしてるんだろう。
ただの好奇心から僕は考えていた。
「ごぁ、さま、ぁ?」
「私の身体?そうだね。君のだけ見てるのは不公平だよね」
シャツをガサツに持ち上げて腹を見せられた。少し盛りあがった筋肉に綺麗な縦線と横線が入っており、傷がいくつか見受けられた。
僕は綺麗な身体よりも傷が気になってしまった。
「いた、ぃ?いたぃ」
「痛くないよ。もうふさがってるからね」
「ぅ...」
確かめるように傷を手で触れると、もう肌の地盤ができておりカサカサとしていた。
ホッとしたけれど、傷跡が気になって凝視していた。僕にも傷はよくできるけれど、すぐ治るようなものばかり。こんなに深い傷、いつ出来るんだろう。
顔を上げると、手で自身の口を覆い少し顔を赤くしたご主人様がこちらを見ていた。
「ちか...い、かな?」
「ぁっ、」
急いで身体を離したが、冷や汗が止まらなかった。
ご主人様の顔から「触られるのは不快だ」と言いたいんだと解釈した僕は急いで地面に手をついて謝った。
「ご、ごえんらさ、ご、なさぃ、ご」
「ちょ、何してるんだ!」
「ごぇ、らさぁぃ...」
好かれたいなんて言わないから、嫌われたくない。捨てられたくない。使えると思われたい。
もう、あんなところ戻りたくない。
「ごめんね、違うんだ。謝ることじゃない」
「ちぁ...?」
「もっとくっつこう。ほら」
丸まった背中を優しく撫でられ、顔を上げた。そうすると手を広げたご主人様がこちらを見て待っていて、僕は本能的にそこへ縋るように動いた。
お湯よりも暖かい抱擁をされて、なぜか僕は嗚咽をもらしながら泣いた。
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