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鏡
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「ハァ……」
朝から鏡の前に立った私は、盛大なため息をついた。
白髪だ。また生えている。
いわゆる若白髪というやつだが、自分が一気に歳をとったような気持ちになって憂鬱だ。
実は白髪自体は幼少期からたびたび出現していた。少し前までならあまり気にしなかった問題である。ならばなぜ今こんなに落ち込んでいるか? 原因はあの子にある。
家庭教師のバイトをしている私の担当生徒、煌時くん。彼はもうすぐ中学生になる年頃で、私に想いを寄せてくれている。
未成年との恋愛という危険行為に及ぶつもりはない。だがもし、彼が成人後も変わらぬ目を向けてくれるなら、こちらも誠心誠意応えたいと思っている。それほど彼は魅力的な子だ。
そこで話を戻すと、若いより幼いという言葉のほうがしっくりくる相手との将来を考えた時、私は自分が老いさらばえていやしないかと不安なのである。
しかしながら、努力で埋められない差について案じていても仕方あるまい。私は唇を引き結び、顔全体に化粧水を押し込んで大学へ向かった。
「ハァ……」
朝から鏡の前に立った私は、盛大なため息をついた。
ニキビだ。狭い額で赤々と存在を主張している。
そろそろ思春期に突入しようという齢、仕方のない現象なのかもしれない。でも今日は、先生が来るのに。
好きな人の前では綺麗でいたい。古今東西時代を超えた願望だ。ニキビひとつとっても由々しき問題である。たとえ相手にされなくとも。
「先生もニキビとかできたのかなぁ」
ぽつり、呟いてみる。神がかって美しい先生にも、見た目で悩んだ時期があるのだろうか。そんなことを言ったらきっと先生は、「君のほうが美しいですよ」なんて言って笑うんだろう。
先生はわかってない。私がどれだけ先生を美しいと思っているか。
「……今日からおやつ控えよ」
私はニキビの原因を減らすためにできることをしようと決めた。
「あれ、食べないのですか?」
「はい。ちょっと今、お腹いっぱいで」
先生の指導中、いつものように父が差し入れてくれたおやつに手を付けない私を見て、先生が不思議そうに問うた。「そうですか」と納得しかけた先生だが、次の瞬間、私の腹の虫が鳴き叫び、怪訝な表情を浮かべる。
「もしかしてダイエットですか?」
「えっと、まぁ、そんなところです」
「君には不要だと思うけど」
先生の心配は嬉しいが、額のニキビを見せてこれのせいですとは言いたくない。葛藤する私を更に心配した先生が補足する。
「軽い気持ちで始めたダイエットが重い病気を招く例もあります。おやつを抜くのはいいですが、食事はきちんと摂ってくださいね」
「はい、そうします」
約束ですよ、と言って先生は最後のわらび餅を頬張った。
暖房の設定温度が低いからか、お腹が空いているからか、私は問題を解きながら背中を震わせた。次いで鼻の奥がムズムズしてくる。
クシュンッ!
なるべく音を抑えようとしたが効果はなく、先生が振り向いた。
「おや、風邪ですか? 熱は?」
「ァ、ちょ」
止める間もなく額に当てられる手。
「んー、熱はないですね」
先生の指に確実に当たったはずのニキビ。絶対に気づかれた。
「どうしました? 具合悪い?」
ちょっと泣きそうになった私の顔を見て、体調が悪いせいだと思ったらしい先生が優しい声をかけてくれる。ニキビさえなければ喜んで終われたのに。
父を呼ぼうかと聞かれて首を振る、しかめっ面の私。困り顔の先生。
「今日はもう終わりにしますか?」
「大丈夫です。体調は悪くないです」
「ではどうしたんですか、そんな辛そうな顔をして」
「……ニキビ」
私は意を決してワケを話した。
「先生には知られたくなかったです……」
「なるほど」
先生はホッとしたのか小さく息を吐いた。
「私にも、美容の悩みはありますよ」
「えっ、本当に!? どんな悩みですか?」
「フッ、内緒です」
「えっ、ずるい……」
子どもっぽく唇を尖らせる私に、先生は穏やかな顔で言った。
「そういえばあの約束、まだ果たしていませんでしたね」
「あ、発表会の時の」
「ええ。いつがいいですか?」
「じゃあ、土曜日で」
演劇発表会で良い演技をしたご褒美に、丸1日先生を独占させてくれる約束なのだ。私からしたらデートだ。プランは全部私の自由。計画はすでに立ててある。
「わかりました。楽しみにしています」
「はい!」
私はニキビのことなどすっかり忘れて机に向き直った。
夜に再び鏡を見て、約束の日はニキビが治ってからにすればよかったと少し後悔した私だった。
テーマ「鏡」
朝から鏡の前に立った私は、盛大なため息をついた。
白髪だ。また生えている。
いわゆる若白髪というやつだが、自分が一気に歳をとったような気持ちになって憂鬱だ。
実は白髪自体は幼少期からたびたび出現していた。少し前までならあまり気にしなかった問題である。ならばなぜ今こんなに落ち込んでいるか? 原因はあの子にある。
家庭教師のバイトをしている私の担当生徒、煌時くん。彼はもうすぐ中学生になる年頃で、私に想いを寄せてくれている。
未成年との恋愛という危険行為に及ぶつもりはない。だがもし、彼が成人後も変わらぬ目を向けてくれるなら、こちらも誠心誠意応えたいと思っている。それほど彼は魅力的な子だ。
そこで話を戻すと、若いより幼いという言葉のほうがしっくりくる相手との将来を考えた時、私は自分が老いさらばえていやしないかと不安なのである。
しかしながら、努力で埋められない差について案じていても仕方あるまい。私は唇を引き結び、顔全体に化粧水を押し込んで大学へ向かった。
「ハァ……」
朝から鏡の前に立った私は、盛大なため息をついた。
ニキビだ。狭い額で赤々と存在を主張している。
そろそろ思春期に突入しようという齢、仕方のない現象なのかもしれない。でも今日は、先生が来るのに。
好きな人の前では綺麗でいたい。古今東西時代を超えた願望だ。ニキビひとつとっても由々しき問題である。たとえ相手にされなくとも。
「先生もニキビとかできたのかなぁ」
ぽつり、呟いてみる。神がかって美しい先生にも、見た目で悩んだ時期があるのだろうか。そんなことを言ったらきっと先生は、「君のほうが美しいですよ」なんて言って笑うんだろう。
先生はわかってない。私がどれだけ先生を美しいと思っているか。
「……今日からおやつ控えよ」
私はニキビの原因を減らすためにできることをしようと決めた。
「あれ、食べないのですか?」
「はい。ちょっと今、お腹いっぱいで」
先生の指導中、いつものように父が差し入れてくれたおやつに手を付けない私を見て、先生が不思議そうに問うた。「そうですか」と納得しかけた先生だが、次の瞬間、私の腹の虫が鳴き叫び、怪訝な表情を浮かべる。
「もしかしてダイエットですか?」
「えっと、まぁ、そんなところです」
「君には不要だと思うけど」
先生の心配は嬉しいが、額のニキビを見せてこれのせいですとは言いたくない。葛藤する私を更に心配した先生が補足する。
「軽い気持ちで始めたダイエットが重い病気を招く例もあります。おやつを抜くのはいいですが、食事はきちんと摂ってくださいね」
「はい、そうします」
約束ですよ、と言って先生は最後のわらび餅を頬張った。
暖房の設定温度が低いからか、お腹が空いているからか、私は問題を解きながら背中を震わせた。次いで鼻の奥がムズムズしてくる。
クシュンッ!
なるべく音を抑えようとしたが効果はなく、先生が振り向いた。
「おや、風邪ですか? 熱は?」
「ァ、ちょ」
止める間もなく額に当てられる手。
「んー、熱はないですね」
先生の指に確実に当たったはずのニキビ。絶対に気づかれた。
「どうしました? 具合悪い?」
ちょっと泣きそうになった私の顔を見て、体調が悪いせいだと思ったらしい先生が優しい声をかけてくれる。ニキビさえなければ喜んで終われたのに。
父を呼ぼうかと聞かれて首を振る、しかめっ面の私。困り顔の先生。
「今日はもう終わりにしますか?」
「大丈夫です。体調は悪くないです」
「ではどうしたんですか、そんな辛そうな顔をして」
「……ニキビ」
私は意を決してワケを話した。
「先生には知られたくなかったです……」
「なるほど」
先生はホッとしたのか小さく息を吐いた。
「私にも、美容の悩みはありますよ」
「えっ、本当に!? どんな悩みですか?」
「フッ、内緒です」
「えっ、ずるい……」
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「そういえばあの約束、まだ果たしていませんでしたね」
「あ、発表会の時の」
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「わかりました。楽しみにしています」
「はい!」
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