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代表

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「ごめんなさい。結局首を突っ込むうえに、車まで」
 
 軽バンに揺られながら涼子は謝った。
 撫子村なでしこむらの役場に向かうと言うと、みのりが車を出してくれたのだ。
 
「良いんですよ。ただ、本当に驚くと思うわ。門を境にまるで別世界、私も数えるほどしか行ったことがないの。まあでも、壁張蔵かべはりぐらは立派ですから見てくるといいと思います。夕食はうちでとられますか?」
「いえ、こちらで済ませます。お気遣い感謝します」
 
 遥がそう言うと、みのりはバックミラー越しににっこり微笑んだ。
 
 役場の前に車をつけてもらい、みのりと別れる。撫子村の石看板を眺めていると、一人の男性が役場の中から走ってこちらに向かってきた。
 
「びいどろにお泊まりの……もしかして、松永様では?」
「ええ、そうですが。あなたは?」
「私、神野要じんのかなめと申します」
 
 勢いよく差し出された名刺には、秘書と肩書が書いてある。
 
「この島の代表である神野剛士じんのつよしは、私の父なんです。私は父の秘書を務めております。ここからは私どもが旅のお世話をさせていただきますよ、あんな民宿では物足りないでしょう。島で一番の旅館が玻璃村はりむらにございます。そちらに移りましょう」
 
 さあさあ、と話を先に進める要の歩みを涼子が止めた。
 
「申し訳ありませんが、今回は友人と自分たちだけで島を堪能したいと思っております。そのお申し出はお断りしますわ」
 
 涼子が言えば、そういうわけにはいかない、と要も食い下がる。
 
「びいどろは工房ですし、お部屋もお食事ももっと良いものをご用意できるんです。どうか私の顔を立ててくださいませんか」
「そんな義理はありません」
 
 ぴしゃっと遮った涼子は、もう我慢の限界だった。
 
「さっきからあなた、『あんな民宿』とか『もっと良いものを』とか、失礼ね! ご親切な女将さんがいらっしゃるし、こちらは充分満足しているの」
 
 大きな身振り手振りに揺れる左腕のパワーストーンを見ながら、要は少々引き気味だ。
 
「おい、要」
 
 涼子の威圧に負けて要がたじろいでいると、要の後ろから初老の男性がゆっくり歩いてきた。
 
「ああ、息子が失礼を。どうにかおもてなしをと気持ちが先走ってしまったようです。どうかご容赦ください」
 
 胸に光るバッジ。神野剛士じんのつよしだ。
 
「せっかくのご旅行に水を差してしまいましたね。これからどちらに?」
「壁書村に」
「そうですか。こう見えて私の先代は壁書村の生まれなんです」
 
 こう見えて、とはいったいどう見えて、なのだろう。そんなことを考えながら遥は剛士に訊いた。
 
「壁書村では現在どれくらいの人数が暮らしているのですか?」
「現在村に暮らしている者はおりません。民家はすべて空き家。田畑や果実、牧場なんかを営む者が役場で許可を得て働きに入るくらいです」
清八せいはちさんという方が居ると聞いたのですが」
「ああ、なるほど。清八さんをお訪ねでしたか。それなら尚更、案内だけでもこの息子にさせてはいただけませんか」
 
 遥が答える前に、涼子が口を開いた。
 
「結構ですわ。気が合わないと思いますので。それでは」
 
 かなめを一ミリも受け入れない姿勢の涼子は、早々と役場に入っていってしまった。
 涼子がいなくなると、かなめは役場の前に止まっている車の元へと足早に向かう。そうして残された遥に、剛士がにこりと話しかけた。
 
「素直なご友人で」
「まあ……あの、ひとつお尋ねしても?」
「なんでしょう」
「あなたも、清八さんは噂通りの不老不死だとお思いですか?」
「さあ……どうでしょうね。でも、一つだけ。彼に関する情報をお教えしますよ」
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