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 びいどろに戻った後、涼子は気分が良くなりさらに酒を飲んだ。
 
「清八さんの話は筋が通っているようで、なにかを隠しています」
 
 遥の唐突な発言に、涼子は驚いた顔をする。
 
「なにかって?」
「こんな言い方はなんですが。栄介くんが亡くなった時、その死よりも田中晶子という看護師の死の方が確実にインパクトがあったはずなんです。ですが清八さんはそのことを特に掘り下げませんでした。呪いなんかより、私は断然そっちが気になりました」
「まあ、確かにそうね」
「私たちのノートについても詳細を聞いてきませんでしたし、誰から聞いたのかとか、そういうのも普通気になるかと思うんですが」
「そう? 別にそんなに深い意味はないんじゃない? 今日は時間もなかったし、また明日訊かれるかもしれないし」
 
 そうですかね、と考え込む遥の表情は晴れない。
 
「まだなんかあるの? あ、お酒がないわ。みのりさんに頂いてこよーっと」
 
 涼子は軽快に部屋から出て行った。
 
 まだあるどころか、おかしいところだらけだと遥は感じていた。
 ただ現状、このままでは栄介や博史のように奈々も八歳の誕生日に死んでしまう可能性が高い。
 遥はスマートフォンを取り出して翔太に電話を掛けた。
 
「もしもーし、先輩? 旅行楽しんでます?」
「だから旅行じゃないってば」
 
 遥は挨拶も早々に要件を言う。
 
「奈々ちゃんの誕生日? それを俺が佳奈さんに訊けばいいんすね」
「うん。でも翔太は佳奈さんに、涼子さんの服を盗んで売った身内の人ってことで知られているでしょう。できるの?」
「あ、そっか。うーん……じゃあ、俺は涼子さんの従兄弟で、もう謝って解決したってことにしますよ」
 
 あっけらかんと言う翔太に、遥は不安を覚える。
 
「そんなんで大丈夫なの? 大体、佳奈さんと奈々ちゃんは任せろなんて自信満々だったけど、どうするつもりだったわけ?」
「え? あー、双眼鏡片手にあんぱんと牛乳、みたいな? 刑事ドラマでよくあるじゃないですか張り込み。あれ憧れてたんすよね、俺」
 
 遥は黙ったままだ。
 
「あれ。知らないすか、あぶ刑事。俺ファンで」
「今度翔太のアパートの部屋につがいのねずみを忍ばせとくわ。仲良く暮らしなさい。じゃあね」
「ちょちょちょちょっ」
 
 冗談きついです、と翔太は必死で謝罪した。
 
「とにかく。しっかり様子みといてよ? 奈々ちゃんの誕生日と、できたら佳奈さんのお母さんが今どこで暮らしているかも分かったら知らせて」
「かしこまりました!」
 
 電話越しにきっと翔太は敬礼していることだろうと想像ができ、遥は笑い声が漏れる前にと電話を切った。
 
 清八の話だと、不老不死になったタイミングはおそらく博史が亡くなったその日。博史の誕生日だ。奈々の誕生日が近いなら、その日までに全容を掴まなければ対処できない。

「あれ」

 気づくと、随分涼子の戻りが遅い。

 遥が様子を見に階段を降りると、こちらの明かりで薄く照らされた廊下の奥に、涼子の背中が見えた。
 遥の気配に、涼子は肩をひくつかせて気づく。振り返ると人差し指を唇に当てた。

 涼子がいるのは工房の入り口。暖簾がかけてあり、部屋の中はパーテーションで見えないが、真っ暗な中から声が聞こえた。
 
「……宿泊は、一週間で予約もらってます。はい……お金、またお願いしますね」
 
 電話が終わってしまった。

 慌てた涼子は遥を引っ張って廊下を走って戻る。死角に入り様子を伺うと、暖簾をくぐって中から出てきたのは亮二だった。少し辺りを見回すと、亮二はそのまま外へと出て行く。
 
「ちょっと、なにやってんのよ! バレるところだったじゃない!」
 
 ひそひそ声で大袈裟に手を動かす涼子に、遥は状況を確認する。
 
「お酒をもらいに来たら工房から声がしたから、ついね。でも聞いていたら、あたしたちのことを話していたから驚いて。そのまま最後まで聞いちゃった」
 
 亮二は電話の相手に『聞いていた通り女性が二人泊まりに来た』そう言っていたという。
 
「あたしのことは不動産屋の娘、遥のことはクリーニング屋の娘、って呼んでいたわ」
 
「……なるほど。とりあえず一度部屋に戻りましょう」
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